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第1章 ポーター編
013.ギルドマスターと謎のエルフの愉快な歓談
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「ううぅ、なんて健気(けなげ)な子なの……。
流石は私の義理の息子(仮)ね……。もう泣きそう……」
魔力を込めれば任意の音、映像を記録出来る魔具、メモリークリスタルから聞こえている会話に耳を傾けながら、迷宮都市フェルズのギルドマスター、レフライア・フェルズは、感動的ね、尊い、尊いわ、とかつぶやいている。
このクリスタルは、音声のみの物だった。
トイレの個室の壁を映しても、意味はない。
「……いえ、ギルドマスター。もうボロ泣きです」
ギルドマスターの執務室。
ある商会にて、秘密の任務を遂行中の某スカウトは、顔を隠す黒布の上から、手で眉間を押さえ、頭痛がする、と言わんばかりの仕草をする。
「あ、あら、そうね、そうなのね。それなのに、ハンカチ一つ差し出す事も出来ないなんて、気のきかない男ね。
雇い主に対して、紳士的な行動も出来ないのかしら?」
「私は、こんな悪趣味な盗聴をする、ゲスで卑しい、一介のスカウトに過ぎません。紳士である筈がないでしょうがっ!」
多少の怒気を声ににじませ、それでも自分のハンカチを、ギルマスの机の上に投げ出す。
「機嫌が悪いのね。でも、いにしえの尊きハイ・エルフの末裔が、『ゲスで卑しい一介のスカウト』に過ぎないわけないでしょう?」
そのハンカチで、当然のように涙をふいたレフライアは、黒い布で頭部、及び顔面までもグルグル巻きにして、目元以外を隠した、見るからに怪しい風貌の相手に、皮肉げに問いかける。
「血統に意味等ありません。
それに、卑しい行動をしている事に変わりはありませんから」
「でも、スカウトとは本来そういう、縁の下な仕事するものよ。
余り無意味な卑下で、自分を貶(おとし)めても、意味ないと私は思うわ」
「………」
「それに、この養子を申し込む話には、本来、私も同席する筈の話だったのよ。内容を聞く正当な権利が、私にはあります!」
「………」
「なのにゴウセルったら、また先走って…!」
「………」
「まあ、『西風旅団』のメンバーが、ゼン君の引き留めをして、あまつさえ自分達が教師役をして、将来のパーティーメンバーに、なんて素敵な申し出をして、とても遠慮深い感じのするこの子が、その申し出をはにかみながらも受けたんですもの」
当然、この時の様子も、こちらは映像付きで、視聴済なのだ。
「なんか流れと勢いで、この子がさらに喜んで、あの申し出も受けてくれると思ったのね。その気持ちは分からなくもないわ」
レフライアは、その一部始終の記録データが保存された、二つのクリスタルを、手の平の上でもてあそびながら、半ば独白のようにつぶやく。
「でも、それを断って、なんで?!て思ったら、理由が、自分はもう貰い過ぎてるから、恩を返せない、幸せ過ぎて死にそうって、……やだ、また涙が……」
「………」
その気持ちは、彼も分かる、と密かに思った。
自分も、会議室の隣、暗くなって視界のきかない、狭いトイレの個室で、物音を立てて、気づかれたら申し開きのしようもない状態。
ただただ、声を押し殺して、静かに泣いた。
「……そろそろ、いいですか?会長補佐としては、会長が出勤される前には、執務室で待機したいので」
茫然としていたレフライアが、その声でハっと我に返る。
「そ、そうね。でもその前に一つ」
「……なんでしょうか?」
「あなたの任務は、私とゴウセルの事が上手く行って婚約した、あの時点で終わりにしても良かったのよ。
でも継続任務を望んだのは、あなたの方。理由を聞きたいのだけど」
「……ご結婚されるまでの時点が、正確な任務完了になるから、と説明した筈ですが?」
「そう。確かにそう聞いた。私も一応は納得した、つもりでした」
「……?」
レフライアは、面白そうな顔しながら、でも、半ば本気で尋ねてみる。
「私には、ゼン君、っていうすっごく手強(てごわ)そうな強敵(ライバル)が現れて、もしかして実は、あなたもそうだったりするのかしら?」
「……?」
彼は最初、ギルマスの言う意味が、まるで分からず、しかしその頭脳明晰な彼の思考は、意味深な表情のギルマスと、その言葉の意味するところを素早く解析し、その正確な意味を把握してしまった。
「な、何わけのわからない事を、言ってるんですか!」
雇い主であり、自分の遠い親戚で女性に対し、今、本当の本気で怒り、殺意が湧いた!
「あなたが、前の女勇者が持ち込んだという、世界中の女性の数割に感染し、蔓延している、怪しげな趣味の信望者とは思いませんでした!」
「あらあら怖い。いえ、私は別に、あの、や、なんたら教の信者ではないわ。
でも、別に同性愛への偏見を持つものでもないの。
それにエルフなんて、そういう意味では性欲薄くて、精神性の愛を重んじる種族よ。
同性愛のカップルだって、普通にいると聞いた事があったのだけど……」
「……確かに、それは否定しません。
だが、私が会長にその……懸想をしているのだの、そういう事は一切ありません!
長く潜入任務とはいえ、その補佐をしているんです。
会長の人間性は、尊敬していますし、仕え甲斐のある人だとも思っています。
ですが、そのような邪推をされるのは、不愉快です!」
ギルマスの、書類が散在した丈夫そうな机に、思わず両の拳で力いっぱい殴っていた。
「あらあらまあまあ、御免なさい。ちょっとだけ心配になってしまったものだから」
脅しとも取れる行為に対して、レフライアはまるでそんな事がなかったかの様に、ニッコリと艶やかに微笑む。
「……それと」
「な~~に?」
「ゼンとゴウセル会長に対しても、そんな風に言ってしまうのはちょっと酷いのでは?
彼等は、血の繋がりはなくても、もう親子同然の、親と子の愛情、親愛でしょう。
強敵(ライバル)とか言ってしまうのは、その……」
「あらあら。でもね、私としては、ゴウセルから愛情を……強い愛情を受けるのは私一人で充分だったの。
女として当然の独占欲よね。
なのにこんなに強い愛情を……あなたが言うところの、親愛の情ね。を受けている存在が現れたのだから、私の女としての嫉妬や危機感は伝わらないかしら?」
「……それこそ杞憂では?
私の聞くところ、会長の初恋はあなたであり、パーティーを抜けたのもあなたに釣り合わない自分に嫌気がさして、とか、守りたい相手より弱い自分の劣等感だとか、があっての事で、罪滅ぼしに、ギルマスの目の治療法を探して、世界を飛び回り、そして、結局のところ、彼はずっとあなたの事を一、途に思い続けていた様ですから。
まるで、我等、エルフの様ですね」
「……聞いてない」
「だから、無意味な取り越し苦労をしないで、愛されている者の自覚を……」
「全然その話、聞いてないわよ!」
突然、レフライアが爆発した!(比喩的表現)
「え?何の話ですか?」
黒布男は、何故ギルマスが、突然怒りだしたか分からない。
「その、初恋、とか、パーティ-抜けた理由、とか色々諸々!」
「え?そうでしたか?あれ?」
レフライアは、椅子から立ち上がって、ジリジリと彼に詰め寄って来た。
かなり怒っているのだが、ゴウセルの話を聞いてニヤけてもいるので、奇妙な表情をしていて、かなり怖い。
身の危険を感じて、必死に思い出す。
「あ、そうだ、あれです!」
「なによ!」
「ギルマスがやっと、本当にやっと告白した夜!
あの時、商会の執務室で、私に悩みを打ち明ける感じな流れになって、で、その後、お酒を飲むのにも付き合って、そしたらもう、会長の一人語りが、止まらなくなったんですよ。
もうベラベラベラ、俺はあいつの燃えるような紅い髪が好きだっただの、太陽の様に微笑む表情は、まばゆさで目がくらむ、とか、聞いてるこっちの身にもなって欲しい程の……」
「なんで、その報告がないの!」
「え?あ、だってもう上手く事が運んだんですから、必要ないかと……」
「ない訳あるか!」
「……そうですか?そうですね」
冷や汗を浮かべ、愛想笑いを浮かべても、黒布を巻いているので意味がない。
「その時のメモリークリスタルは?!」
出せと手を突き出されても、困ってしまう。
「……急な事だったので、撮っていません……」
「……この無能!」
「それはひどい、あんまりですよ……」
子供の様に、むくれて頬をふくらませている、乙女なギルマスを見ながら、控えめに苦情を言ってみる。
「……レポート」
「は?」
「その時、ゴウセルが言った事、内容、一言一句全部、詳細なレポートを出しなさい!」
「え、いや、あの夜は私も付き合いで飲んでいて……」
無意味な抵抗を試みるも、当然却下だ。
「無駄に頭脳明晰なエルフなんだから、それぐらい出来るでしょ!
なんなら、知り合いの神術士呼んで、無理やりその記憶、掘り起こしてもらうわよ!」
「わ、わかりました。レポート、書かせていただきます……」
「提出、今日の夜までね」
「え、いや、流石にそれは、私、商会の仕事も……」
「今夜、絶対、ね?」
とても怖い笑顔のギルマスに、逆らえる者等いるのだろうか?
彼の受難は続く……
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