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116話

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 楽しかった夏休みも終わり、いよいよ学校が始まった。そして瑠華達にとっては、受験シーズンに本格的に入る事になる。

「それで結局奏は受験せんのか?」

「んー…だって近くの高校ってかなり遠いでしょ? それに学力的にも不安だし……」

 受検する高校は、そろそろ決めておかなければ流石に不味い時期に差し掛かってくる。一応夏休みの間も受験勉強は課題の傍らで行ってはいたのだが、結局奏は受験しない事にした。

「瑠華ちゃんは? 確か先生から推薦の話あったよね?」

「そうじゃなぁ…」

 瑠華は学業において優秀な成績を修めているので、先生方から推薦の話を貰っていた。しかしながらその高校は、当然のように偏差値が高い。
 奏が受験を諦めた理由の一つとして、瑠華と同じ高校に通える可能性が低いからというのもあった。

「正直な話をすれば、奏が居らんのならば受ける理由もないのじゃよ」

「えっ、私基準?」

「当然じゃろ。知識を付けるだけならば通わずとも問題は無いのでな」

 瑠華は一応学校には通っているものの、実際は必要が無い行為だ。故に瑠華にとっての判断基準は奏である。

「えー? そんなに私と一緒に居たいのー?」

「そうじゃよ」

「ぇ、あ…ぁ……」

 ニヤニヤとした表情で尋ねたものの、直球の返しが来て言葉が詰まる。瑠華としては何も間違った事を言ったつもりはないので、ただ首を傾げるのみだ。

「まーたイチャイチャしてる…」

「おや、雫。久しいの」

「まぁ実際夏休みの間会ってないしねぇ。それでそこの茹で上がった蛸みたいになってるかなっちはどったの」

「特に何もしとらんぞ」

「瑠華っちのその言葉は一番信用出来ないんだよなぁ…」

「しずちゃぁん…」

「おおヨシヨシ。無自覚タラシは酷いねぇ」

「………」

 真っ赤な顔で抱き着いてきた奏を雫が受け止め、わざとらしく頭を撫でる。まるで自分が悪人かのように見えるその状況に何も思わない訳では無いが、藪蛇になるのも御免なので黙る賢いドラゴンさんである。

「まぁ話は大体聞こえてたから実際の所状況は把握してるんだけど」

「ならばここまでのやり取りは何じゃったのか…」

「ふふふ…さてさて。まぁこうして私がわざわざ来た本題なんだけど、聞いてくれる?」

「何じゃ? スポンサーについてか?」

「そだよー。ほら、かなっちもシャキッとする!」

「ぁい…」

 ちゃっかり抱き着いたままの奏を引き剥がし、瑠華の方へと送り返す。

「新しい製品についての相談だよ。前にかなっちが紹介してくれたのとはちょっと違う系統のやつ」

「あぁ、あれか。しかし違う系統とはなんじゃ?」

「えーっとね、前に榛名ダンジョンに行った時、コガネンに苦戦…はしてないけど、普通の人には倒しずらいっていうのがあったでしょ?」

「あぁ、確かにそのような事もあったな」

「それをどうにか出来る道具と、コガネンからのドロップ品を実際に用いた物のサンプルを用意したんだ」

「成程…確かに実例があれば何かと意欲を刺激しやすいやもしれん」

「でしょ? てことでこれね」

 そう言って雫が取り出して渡してきたのは、小さな正方形の箱だった。

「これは?」

「簡易ボックスっていう試作品。容量はそこそこあるんだけど、一回切りしか使えない次元収納の一つだよ。これに紹介して欲しいもの入ってるから」

「ほほう?」

 瑠華が受け取ってそれを眺める。僅かばかりの魔力は感じられたが量としては許容範囲内であり、かなり無駄を省いて精巧に作られているように感じた。

(中々な代物じゃな。開け閉めに関する部分を削除する事で軽くしておるようじゃ。やはり人とは面白いのぅ)

 瑠華としてもその努力は目を見張るものがあった。

「じゃ、よろしくー!」

 パタパタと最後の部活に向かう雫を見送って、簡易ボックスを荷物に仕舞う。

「今週末で良いか?」

「えと…うん」

「凪沙も共に行くじゃろうし。…そう言えば、凪沙は進路をどうするのかのぅ?」

「あー、聞いた事無いね。凪沙は頭良い方だし、進学しそうではあるけれど…」

 だが凪沙も今は探索者として動いている。将来的に瑠華達と同じ道に進む事も十分に考えられた。

「ていうか瑠華ちゃんほんとにいいの?」

「なにがじゃ?」

「その…私と一緒に居たいからって進学しないの」

「ふむ…まぁ問題なかろう。探索者として稼ぐ方が、妾としては性に合うようじゃしの」

 普通に高校に行って働く事も考えはした。だが何処へ行こうとも好奇の目で見られる事が確定している以上、平穏に過ごす事は難しいだろう。ならばこのまま探索者として働き、【柊】の管理をした方が楽しそうだと瑠華は思った。
 ―――そして何よりも、残された短い時間を出来る限り共に過ごしたいのだ。

「でも…」

 だが奏としては、寂しさは当然としてあるが、それ以上に瑠華の足枷になりたくは無いと思っていた。
 折角の機会を、自分のせいで捨てて欲しくないと。

「奏。これは妾の人生じゃ。決めたのは妾であり、それを気に病む必要は無い」

「それは、そうだけど…絶対先生からも言われるよ?」

「その程度で揺らぐ程、妾の気持ちは甘くないぞ?」

 そう言う瑠華の顔には、不敵な笑みが浮かんでいて。

「っ…その顔狡い」

「奏がこの顔に弱いのは知っておるからのぅ」

「確信犯め…」

 一転してクスクスと笑う瑠華に奏はじとっとした眼差しを向けるも、内心はドキドキしっぱなしである。

(心臓持たないよ…瑠華ちゃんのばか…)

 必死で冷静に努めようとするも、心臓の鼓動だけはどうしようもなくて。

「…ほんと、ばかみたい」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでも無い!」

「何故妾が怒鳴られるんじゃ…」


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