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88話

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 平原ダンジョンは一階層だけで構成される珍しいダンジョンである。そんなダンジョンは奥に進む程に出現するモンスターの強さが上がっていき、その種類も異なるのが最大の特徴だ。

「故に奥に進む程、モンスターに挟まれやすくなるというのが難点じゃな」

「そう、なん、だ…っ! はぁ…はぁ…」

「指、痛い……」

 最後のホーンラビットを倒したところで、息を荒くした奏が膝を着いた。いくら初心者向けのモンスターとはいえ、流石に十数体に連続して襲い掛かられれば疲労困憊にもなる。
 それは凪沙も同様で、ずっと弓を引き続けたせいで指がジンジンとした痛みを訴えていた。

「思いの外仲間を呼んだのぅ」

 ホーンラビットを呼び続けたのは、戦線から一歩引いたところにいた個体だ。既にそれは見かねた瑠華によって倒されており、もうこれ以上ホーンラビットが集まる事は無いだろう。

 :お疲れ様やで。
 :スパルタは健在か…
 :とはいえガチの初心者だったらかなり危ない場面だったよな。

「ダンジョン協会に報告しておくか…頼めるかえ?」

 :任された。
 :瑠華ちゃんが俺たち頼るなんて初めてじゃね?

「妾が行くと何かと面倒事に巻き込まれそうじゃからの」

 瑠華は自分が何かとやらかしているという自覚はある。なのでダンジョン協会で報告などしようものなら、誰かに捕まりそうだという確信があったのだ。

 :まぁ、うん。
 :ダンジョン協会は一応探索者を護る為の機関でもあるから深追いはしないだろうけど……
 :周りは違うよなぁ。
 :報告するとなれば〖認識阻害〗を切る必要があるだろうしね。

 本人確認が必要なのだから、流石に認識を誤魔化す事は出来ない。それ故に、瑠華は視聴者の誰がに任せる事にした。証拠は配信映像で十分だろう。

「というか瑠華ちゃん、あの氷のヤツ使えば楽だったんじゃないの?」

 疲労からある程度回復した奏が、地面に倒れながらジト目で瑠華を見上げた。

「氷…《絶氷地獄コキュートス》の事かえ? あれは環境を大きく変化させてしまう故、そう簡単には使えんのじゃ」

 :コキュートス?
 :詳しくは前回の配信アーカイブ参照。
 :アレやばいよね…
 :うち氷の魔法使えるメンバーいるけど、もしあれ使うなら魔力が圧倒的に足りないって言ってたわ。
 :瑠華ちゃんの魔力量ってどれくらいなんだろ……

「瑠華ちゃんの魔力量? 言ってなかったっけ? 魔力量測定器壊すくらいあるよ」

 :……魔力量測定器って壊れるの?
 :理論上は。
 :それほぼ現実には不可能って意味じゃねぇか!

「実際どれくらいあるか瑠華ちゃん分かる?」

「……感覚にはなってしまうが、《絶氷地獄》程度ならば誤差でしかないのぅ」

 :あの規模の魔法が、誤差…?
 :あれ連発するだけでダンジョン攻略出来そうなんだが。

「環境を大きく変化させてしまう魔法じゃと先程も言ったであろう。連発する事は迂闊には出来んよ」

 :そもダンジョンの環境を変化させるってだけで異次元なんだが。
 :それな。
 :瑠華ちゃんだもの。
 :魔法の言葉すぎんだよなぁ…
 :草。

「実際瑠華ちゃんって魔力切れなった事無い?」

「無いな」

 瑠華が魔力切れになる事は、まず有り得ない。何せ消費する量よりも回復する量の方が多いのだから。

「…瑠華お姉ちゃん。私も魔法使いたい」

「ん? ……まだ無理じゃな。しかし素質はある。ダンジョンに潜り続ければ自然と獲得出来るじゃろ」

 弓矢という遠距離攻撃を扱う関係上、同じ遠距離攻撃である魔法の感覚を理解するまでそう時間は掛からないだろう。

「先の戦闘では冷静に狙いを定められておったしの。この調子で努力するのじゃぞ」

「ん。頑張る」

「ねぇ私は? 私頑張ったけど褒めてくれないの?」

「あの程度で折れる奏ではなかろう?」

「そうだけど! 私も瑠華ちゃんに褒められたいの!」

 ヤダヤダと駄々をこねるその姿は幼い子供にしか見えず、瑠華が呆れた表情を浮かべた。

「はぁ……」

 溜息を吐きつつも、お望み通り瑠華が奏の頭へと手を伸ばして優しく撫でる。それだけで先程とは打って変わって大人しくなるのだから、現金なものだと苦笑した。

「魔法の精度も申し分無い。それに慌てているようでも、しかと凪沙に気を配っておったのう。奏も良く頑張っておるよ」

「ん…えへへ……」

「……かな姉がここまで緩んだ顔してるの見た事ないかも」

 :てぇてぇ…
 :いつも以上に蕩けてるな。
 :久しぶりなんじゃない?
 :俺も瑠華先生に撫でて褒めてもらいたい…
 :お? 挟まる男は要らねぇぞ?
 :処すか。いやまぁ気持ちは分からんでもないが。

「……瑠華先生。確かに瑠華お姉ちゃんって先生似合いそう」

「そうかの? あまり人に好かれる性格はしておらんと思うのじゃが…」

「んー…そうでもないと思うけど。頭ごなしに否定しないし、褒めて伸ばすタイプだから、人気は出そう」

 :それはある。
 :押し付けるよりかは、寄り添って答えまで導いてくれそう。
 :軽い事でも優しく微笑みながら褒めてくれそう。
 :そして怒ったら怖そう。

「あ、瑠華ちゃん怒るとマジで怖いよ」

 突然緩んだ表情から真顔になった奏が、真剣な声色でそう忠告した。その言葉に、凪沙も同意するように首を縦に振る。

「怖い」

「……妾、怒った事があったかの?」

「あれだよ。昔晩御飯の時に小さい子がふざけて料理落として、笑顔浮かべたままそのふざけてた二人の首根っこ掴んで外に放り投げた事あったじゃん」

 :こっわwww
 :なんだろう、容易に想像出来るんだがwww

「あれは怖かった。マジで」

「めっちゃ泣いてたよね…普段温厚なだけに、あの時はマジで吃驚した」

「……あぁ、あれか。確かあの時は危うく【柊】を吹き飛ばしかけたのぅ」

「「えっ…」」

 :冗談…だよ、ね?
 :瑠華ちゃんなら冗談に聞こえないのが……
 :……瑠華ちゃん怒らせたらヤバいって事だけは分かった。
 :それな。



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