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33話

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「ふぅぅ…」

 息を吐いて痛いくらい波打つ心臓を何とかして落ち着ける。目の前の存在から放たれるプレッシャーは、私が今まで相対してきた敵とは格が違う。

「グルル…」

 黒いソレ―――黒狼とでも呼ぼうかな。その黒狼が不満気な唸り声を上げながら立ち上がる。その大きさは、立った状態の私と目線が合うくらい。

「っ!」

 先手必勝とばかりに、瑠華ちゃんの魔力を使った[身体強化]を全力展開して一気に近付く。でも一歩踏み出した瞬間の加速は私の想像を遥かに超えていて、到底制御出来るものではなかった。

「あっ!?」

 結果として私は黒狼に近付くどころか通り越して、壁にぶつかるギリギリでなんとか足を止める事が出来た。

「あっぶなぁ…」

 思わずホッと胸を撫で下ろしつつ振り返れば、額に手を当てて呆れた様子の瑠華ちゃんの姿が目に入る。うぅ…カッコイイところ見せたかったのにぃ……。

 気を取り直して黒狼に向き直れば、一切視線を逸らすことなくこちらを見詰めていた。その眼差しには警戒と敵意、それと…多分、少しの呆れが含まれているような気がした。敵にも呆れられてるよ私……。

「気を取り直して…っ!」

 今度は間違わない。瑠華ちゃんの魔力を私が制御し切れる訳が無いんだから、自分の身の丈に合った量の魔力を注ぎ込んで[身体強化]を発動。

「はぁぁっ!」

 今度はしっかりと速度を制御して肉迫し、抜刀の瞬間[身体強化]を腕に集中。まずは小手調べ…っ!?

「うわっ!?」

 刃が黒狼に当たった瞬間、予想していた抵抗が一切感じられずその場で回転してしまう。

「ぇ…?」

 当の黒狼はといえば、私の目の前でその姿が煙と化して掻き消える。気配も無い。でも倒せた訳じゃない。

「何処に…っ!」

 ほぼ勘でしかなかったけれど、ぞわりとした悪寒に従いその場から飛び退けば、その場の地面に刻まれる三本の爪痕。

「へっ!?」

 刻まれる瞬間の向きから黒狼の場所を推定するも、そこに姿は無い。

「姿が見えない…?」

 挙句向こうは攻撃出来て、こちらの攻撃は意味が無い。
 ……あれ、これ無理ゲーなのでは?

「瑠華ちゃぁん!?」

「……よく見て、よく感じよ。

「ほぇ…?」

 あら、意外と答えてくれたね。てっきり頑張れとか言われるかと思ったのに…これもしかして瑠華ちゃんもちょっと予想外な敵だったりする?

「うわっと!」

 またゾワッと悪寒が走り飛び退く。今度は地面に爪痕は刻まれなかったけれど、ゆらりと風景が歪んだのが見えた。
 よく見て、よく感じる…そこに居ない訳じゃない。瑠華ちゃんの助言通りなら――――……

「―――そこ!」

 〖魔刀・断絶〗を発動して、一見何も居ない虚空に向かって刀を振るう。すると明らかに空気抵抗とは違う、“何か”が感じ取れた。

「ほぅ…?」

「ん?」

 なにやら珍しい瑠華ちゃんの感心する声が聞こえた。どうやら正解に近いらしい…?

「そこに居る。でも姿が見えない…」

 空を切る…そこには本当に何も無いの?

 ピリピリと首筋に痛みが走り、背筋からゾワゾワとした悪寒が何かの存在を訴える。でもこれは私の本能なんかじゃない。[身体強化]の副産物だ。なら使い方の問題?

「見えないものを見るなら…」

 [身体強化]は魔力によって身体を“強化する”スキルだ。この強化は一見力で考えてしまうけれど、多分そんな狭い考え方じゃない。
 見えないものを見る。そのために必要なのは、目の強化。

「痛っ!?」

 仮説の元スキルの魔力を目に流すと、途端にズキンとした痛みが走った。

「うぅ…あ、れ?」

 思わず閉じていた目を開けば、視界に飛び込んできたのは大量の“色”だった。これは…?

「っ!」

 思わずボーッとしてしまったけれど、ぞわりとした悪寒が襲いすんでのところで回避する。そして見えたのは、どす黒い色。それがユラユラと漂い、私の周りをグルグルと回っていた。

「これが…っ」

 悪寒とその色が襲い掛かるタイミングは同じだった。これが黒狼で間違いないだろう。でもこれ目がずっと痛い…!

「見えるけど…」

 見えたとしても、こちらの攻撃はするりと色を通り抜けてしまう。一応乱す事は出来ているみたいだから攻撃も防げてるんだけど…これじゃ倒し切れない。

「どうしよ……え?」

 その時目に入ったソレに、思わず言葉を失う。
 様々な色が混じる部屋の中で輝く、ただただ真っ白な

「瑠華ちゃん…?」

 その光の中心に居たのは、瑠華ちゃんだった。そしてどす黒い色はその光にも伸びていたけれど、瑠華ちゃんに届く前に光に掻き消されていた。

 ……もしかして、この色は魔力の色? だとすればどす黒い色も魔力の塊って事で…瑠華ちゃんの魔力ならそれが消せる?

「…やってみよう」

 幸いにも今私の手元には、瑠華ちゃんの魔力がふんだんに込められたネックレスがある。これから魔力を引き出して身体では無く刀に流し込む。

「…だめっ」

 少し注ぎ込んだ段階で嫌な予感がしたので供給を止める。目線を向ければ、手にした刀は淡い白い光を纏っていた。多分これ以上注ぐのは刀が耐えられないんだろうと思う。

「これで、どうっ!」

 その刀を襲い掛かってきたどす黒い色に振るうと、ガキンッと弾かれてしまった。

「うわっ!?」

 驚いて後ろに飛び退きつつ刀の状態を確認する。刃毀れはしていなかったけれど、纏っていた光は無くなっていた。

 何が原因かをじっくり考える余裕は無いけれど、必死で思考を回して解決策を模索する。

「…っ」

 結果として攻撃が掠ってしまい、息が漏れる。でもここで足を止めるのは悪手だという事は、既に学んでいる。

 干渉は出来た。でも膂力が足りない? それともスキルの併用が必要?

「魔力の塊。それに干渉するなら魔力が正解のはず。でも光は無くなった…それが原因?」

 この光は瑠華ちゃんの魔力だ。つまり私に扱える物では無かった可能性がある。とすれば一度瑠華ちゃんの魔力を取り込んで、自分の魔力にしてからなら?

「今度こそ…っ!」

 腕に、脚に、胴に、切り傷が増える。でもアドレナリンのお陰か痛みはそう感じない。

 ネックレスから魔力を身に取り込み、そこから刀に魔力を流す。すると、[身体強化]の魔力と刀の魔力が繋がった感触がした。

 刀身に、蒼白い光が宿る。

「―――〖魔刀・燐光〗っ!」

 勝手に口から言葉が飛び出る。襲い掛かるどす黒い色を、真正面から私の色が迎え討つ。
 激しく色と色がせめぎ合い、互いを飲み込もうとする。でも――――闇は、光に敵わない。

 私の色が、スキルの光が、闇を飲み込む。刀を振り切った瞬間、そこに残ったのは一筋の蒼い色だった。





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