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さて、リリィはどこにいるのかな――?
私はなるべく猫の目線を意識するようにして、川沿いの遊歩道を少し歩いてみることにした。
「猫は場所に居付く」と言う通り、猫の生活圏はそんなに広くない。だからリリィも元の住処であるタワーマンションからそう離れた場所にはいないはずだった。
ただし、屋外は野良猫の縄張りというものがあるから、侵入者であるリリィが堂々と行動するのはまず無理だ。
となるとやはり、リリィは建物の軒下や隙間、ちょっとした植え込みや茂みの陰に身をひそめている可能性が高い。
そう考えた私は、遊歩道を離れ、小さなビルやマンション、住宅などが所狭しと並ぶ雑多な住居地域に入った。
このゴチャゴチャした感じ、猫が隠れるのには格好の場所だろう。
「リリィ、リリィ――」
私はその近辺をぐるぐる回りながら、猫の隠れそうな場所に目星をつけて呼びかけた。だが、ひとさまの建物や敷地の中に入るわけにはいかないから、探せる場所には当然制約がある。
しかも万が一リリィがそういった場所に隠れていたとしても、飼い主でもない私の呼びかけに応じて出てきてくれるかどうかは分からない。
“藁の中から針を探す”という例えほどではないかもしれないが、相当厳しい状況なことは確かだ。
結局それから一時間、人に馴れした太めのノラ猫を三匹ほど見つけた所で、私は右のかかとに痛みを感じ、捜索を中断した。
「イタたた……」と、顔をしかめながら、私はガードレールに寄りかかり、右足のパンプスを脱いでかかとを見てみる。
すると案の定、皮がすりむけストッキングの上まで血がにじみ出ていた。
慣れないヒール付きの固いパンプスで長い間歩き続けたため、靴擦れを起こしてしまったのだ。
まったく! 就活生という理由だけで、なんでこんなに見た目だけで歩きにくい靴を履かなければならないのだろう、とパンプスに八つ当たりしていると――
「あ! 葵ちゃん!」
という、リクト君の声が聞こえた。
顔を上げると、そこにリクト君の元気のよい姿があった。私と違い、彼はまったく疲れを感じていないらしい。
「どう? リリィの手掛かりはなんかあった?」
と、聞いてくるリクト君に、私は首を振って答えた。
「いえ……残念ながら。全然ダメですね」
「そっか。まあ俺も同じだけどさ。ノラ猫はやたら見つかるのにね――あれ、足、どうしたの?」
リクト君は私の足に気づいて言った。
「あ、もしかして靴擦れしちゃった?」
「ええ、でもたいしたことありません」
「いや、かなり痛そうじゃん……」
と、リクト君は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、猫探しなんかに付き合わせたばっかりに」
「違うんです。これは就活のため普段履かないような靴を無理して履いたせいなんです。ですからどうか気にしないでください」
「いや、そういうわけにはいかないでしょ――あ、そのままちょっと待ってて。そこのコンビニで絆創膏買ってくるから」
リクト君はそう言うと、止めるもなくダッシュしてどこかへ行ってしまった。
そしてほんの数分後、軽く息を切らしながら戻ってきた。
「さ! 俺が責任もって絆創膏貼るから、足見せて」
「ええ! いや、いいです!」
「いいからいいから」
リクト君は悪気のない様子で、私の足元にしゃがみこんだ。
膝が少し出るくらいのスカートとストッキング姿とはいえ、出会ったばかりの男の人に足を出すなんて、恥ずかしいことこの上ない。
ところが次の瞬間、リクト君は「あっ」と短く叫び、何もしないでパッと立ち上がった。
どうやら私の足を間近で見て、急に恥ずかしくなったらしい。そして――
「ゴメンゴメン。考えてみれば女の人にこんなことすんの失礼だし、下手すりゃセクハラだよね」
と、微妙に顔を赤らめて言った。
最初、公園で私に突然声をかけてきたくせに、今さらこの反応。
軽いように見えて実は真面目というか、妙に人懐っこいくせして意外と女性に免疫がないのだろうか?
「いえ……あの、とりあえずその絆創膏を下さい。お金は払いますから」
「お金なんていいって!」
リクト君はそう言うと、私に絆創膏を二枚ほど渡してくれた。
「すみません、あとは自分でやりますね」
とはいえ、私はストッキングを履いている。
まさかこの場で生足になるわけにはいかないので、とりあえずストッキングの上から絆創膏を貼った。
それでも傷口はかなりガードされた。パンプスを履き直してみてもあまり痛みはない。
「これでもう大丈夫です。ありがとうございました」
私はスーツのしわを伸ばしながらお礼を言い、ついでに一つ質問をしてみた。
「あの――さっきから一つ聞きたかったんですが、“キセキの探偵社”っていったいどんな経緯で設立したんですか? 探偵ってかなり珍しい職業だと思うんですが……」
「ああ、それは――」
リクト君は一瞬逡巡したのち、口を開いた。
「詳しく話せば長くなるんだけどさ、一番の理由は俺が昔っから探偵業に憧れて、どうしても探偵になってみたかったってことかな」
「はあ……憧れ、ですか」
憧れを貫いていきなり探偵という職業に就いてしまうなんて……。
私にはとてもマネができない、限りなく羨ましい生き方だ。
私はなるべく猫の目線を意識するようにして、川沿いの遊歩道を少し歩いてみることにした。
「猫は場所に居付く」と言う通り、猫の生活圏はそんなに広くない。だからリリィも元の住処であるタワーマンションからそう離れた場所にはいないはずだった。
ただし、屋外は野良猫の縄張りというものがあるから、侵入者であるリリィが堂々と行動するのはまず無理だ。
となるとやはり、リリィは建物の軒下や隙間、ちょっとした植え込みや茂みの陰に身をひそめている可能性が高い。
そう考えた私は、遊歩道を離れ、小さなビルやマンション、住宅などが所狭しと並ぶ雑多な住居地域に入った。
このゴチャゴチャした感じ、猫が隠れるのには格好の場所だろう。
「リリィ、リリィ――」
私はその近辺をぐるぐる回りながら、猫の隠れそうな場所に目星をつけて呼びかけた。だが、ひとさまの建物や敷地の中に入るわけにはいかないから、探せる場所には当然制約がある。
しかも万が一リリィがそういった場所に隠れていたとしても、飼い主でもない私の呼びかけに応じて出てきてくれるかどうかは分からない。
“藁の中から針を探す”という例えほどではないかもしれないが、相当厳しい状況なことは確かだ。
結局それから一時間、人に馴れした太めのノラ猫を三匹ほど見つけた所で、私は右のかかとに痛みを感じ、捜索を中断した。
「イタたた……」と、顔をしかめながら、私はガードレールに寄りかかり、右足のパンプスを脱いでかかとを見てみる。
すると案の定、皮がすりむけストッキングの上まで血がにじみ出ていた。
慣れないヒール付きの固いパンプスで長い間歩き続けたため、靴擦れを起こしてしまったのだ。
まったく! 就活生という理由だけで、なんでこんなに見た目だけで歩きにくい靴を履かなければならないのだろう、とパンプスに八つ当たりしていると――
「あ! 葵ちゃん!」
という、リクト君の声が聞こえた。
顔を上げると、そこにリクト君の元気のよい姿があった。私と違い、彼はまったく疲れを感じていないらしい。
「どう? リリィの手掛かりはなんかあった?」
と、聞いてくるリクト君に、私は首を振って答えた。
「いえ……残念ながら。全然ダメですね」
「そっか。まあ俺も同じだけどさ。ノラ猫はやたら見つかるのにね――あれ、足、どうしたの?」
リクト君は私の足に気づいて言った。
「あ、もしかして靴擦れしちゃった?」
「ええ、でもたいしたことありません」
「いや、かなり痛そうじゃん……」
と、リクト君は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、猫探しなんかに付き合わせたばっかりに」
「違うんです。これは就活のため普段履かないような靴を無理して履いたせいなんです。ですからどうか気にしないでください」
「いや、そういうわけにはいかないでしょ――あ、そのままちょっと待ってて。そこのコンビニで絆創膏買ってくるから」
リクト君はそう言うと、止めるもなくダッシュしてどこかへ行ってしまった。
そしてほんの数分後、軽く息を切らしながら戻ってきた。
「さ! 俺が責任もって絆創膏貼るから、足見せて」
「ええ! いや、いいです!」
「いいからいいから」
リクト君は悪気のない様子で、私の足元にしゃがみこんだ。
膝が少し出るくらいのスカートとストッキング姿とはいえ、出会ったばかりの男の人に足を出すなんて、恥ずかしいことこの上ない。
ところが次の瞬間、リクト君は「あっ」と短く叫び、何もしないでパッと立ち上がった。
どうやら私の足を間近で見て、急に恥ずかしくなったらしい。そして――
「ゴメンゴメン。考えてみれば女の人にこんなことすんの失礼だし、下手すりゃセクハラだよね」
と、微妙に顔を赤らめて言った。
最初、公園で私に突然声をかけてきたくせに、今さらこの反応。
軽いように見えて実は真面目というか、妙に人懐っこいくせして意外と女性に免疫がないのだろうか?
「いえ……あの、とりあえずその絆創膏を下さい。お金は払いますから」
「お金なんていいって!」
リクト君はそう言うと、私に絆創膏を二枚ほど渡してくれた。
「すみません、あとは自分でやりますね」
とはいえ、私はストッキングを履いている。
まさかこの場で生足になるわけにはいかないので、とりあえずストッキングの上から絆創膏を貼った。
それでも傷口はかなりガードされた。パンプスを履き直してみてもあまり痛みはない。
「これでもう大丈夫です。ありがとうございました」
私はスーツのしわを伸ばしながらお礼を言い、ついでに一つ質問をしてみた。
「あの――さっきから一つ聞きたかったんですが、“キセキの探偵社”っていったいどんな経緯で設立したんですか? 探偵ってかなり珍しい職業だと思うんですが……」
「ああ、それは――」
リクト君は一瞬逡巡したのち、口を開いた。
「詳しく話せば長くなるんだけどさ、一番の理由は俺が昔っから探偵業に憧れて、どうしても探偵になってみたかったってことかな」
「はあ……憧れ、ですか」
憧れを貫いていきなり探偵という職業に就いてしまうなんて……。
私にはとてもマネができない、限りなく羨ましい生き方だ。
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