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第5章 人間狩り

秘密の噂

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 そしてラドラムは、やや声を明るくしてクリスティンに声をかけた。

「ところで、昼飯は食べたか? 俺たち、これからその辺で圧縮食料を食べるんだが、もしよかったら、ここで一緒に食べてもいいか?」

「えっ……」

 思いがけない申し出に、クリスティンはブラウンの瞳を瞬いた。
 三日前から一人きりで、備蓄食を食べていたクリスティンは、頬を紅潮させて頷いた。

「うん。いいよ! 僕、椅子持ってくる!」

「プラチナ、手伝ってやってくれ」

「はい、ラドラム」

 ひしゃげた家屋の地下シェルターに続く階段を下っていくクリスティンの後を、プラチナが追っていった。

「寂しかったのネ、やっぱり」

「お前さん、プラチナがヒューマンタイプになってから、丸くなったな」

「よせよ。俺は俺だ。たまたま、昼飯の時間だっただけさ」

 ラドラムはうそぶいたが、これからプラチナをバージョンアップする時は、彼に任せようと決めていた。
 地下シェルターから、二人がリングタイプの簡易椅子を持って上がってくる。
 スイッチを押すと、らせん状にリングが伸び、椅子の形状になって止まった。
 テーブルは、作業台の一つをやや低くして、みんなで囲む。

「プラチナ。船で待ってるペットたちにも、食事を出してくれ」

「はい、ラドラム。……ご飯です、ワン、ツー、スリー、フォー」

 プラチナが艦橋に残してきたペットたちに呼びかけ、食事を温めだした。
 圧縮食料を持参した皿に乗せミネラルウォーターをマリリンにかけて貰って、三日ぶりの賑やかな食卓に頬を綻ばせていたクリスティンだったが、その会話を聞くと僅かに眉を顰めた。

「……ペットを飼っているの? 人間?」

「ああ、いや。ちょっと事情があってな。やむを得ず預かってるんだ」

 ラドラムが答えると、クリスティンはホッとしたような表情をした。

「そう。僕の母さん、たぶん人間狩りにあったんだ。凄く綺麗だったから」

「亡くなったんじゃないの?」

 マリリンが訊ねると、彼は堰を切ったように話し出した。

「僕が十四の時、母さん、買い物に行ったまま、突然居なくなったんだ。父さんは、僕の誕生日プレゼントを買いに行ったんだから、出ていった訳ない、きっと人間狩りにあったんだって言ってた」

 それはラドラムにも共通する状況だった。
 『ちょっと飲みに行ってくる』
 そう言ってミハイルは出て行き、そのまま帰る事はなかったのだ。

「探したのか?」

「うん。サーチャーを雇って半年探したけど、その内探すのを断られた。死んだと思って諦めろ、って」

「父さんは何て言ってた?」

「父さんも一緒だよ。プロが半年も探して駄目なら、諦めるしかない、って……。僕の前では普通にしてたけど、僕、知ってるんだ。夜、リビングで母さんのホログラム見ながら、父さんが泣いてた事」

「うっ……ぐすっ……」

 マリリンが、ライトブルーのハンカチを目に当て涙を拭った。

「それで父さんも、今回の事故で亡くしたってぇ訳か……」

 ロディも悲痛な表情で呟く。
 プラチナがベビーキャリアの中のキトゥンに、キトゥン用に持ってきたフルーツを一切れずつ手渡し、食べては次をねだる賑やかな声だけが、この会話に救いを与えていた。
 クリスティンはほんのりと微笑んで、隣のキトゥンを覗き込む。

「可愛いね。誰の赤ちゃん?」

「イエティ……」

「プラチナ!」

 馬鹿正直に答えそうになるプラチナを、鋭くラドラムが制止する。顔を巡らせたプラチナと目を合わせ、ラドラムは微かに首を横に振った。口止めの意思疎通は出来たようで、プラチナは口をつぐむ。
 だがラドラムも、どちらかと言えば嘘は苦手だ。咄嗟に上手い誤魔化しが浮かばずに、取り敢えず不自然にならないように言葉を続けた。

「俺の子みたいなもんだ」

「へぇ?」

 その曖昧な物言いに、クリスティンはやや不思議顔だ。
 ところが思いもかけなかった所から、煙が燻り始めて嫉妬の炎になる。

「ラドラム。『俺の子みたいなもん』とは、どういう意味ですか。やはり、父親はラドラムなのですか?」

「いや……だから、言葉のあやだ。俺の子じゃないけど、もう俺の子みたいなもんだろ?」

 ラドラムは焦って、プラチナに目配せする。
 だがプラチナは、それを不誠実な態度と判断した。

「分かりません。人間は婚姻前でも、子供を作っては『認知』したり、『養育の義務』が課せられる事があるとデータにあります。キトゥンの父親なのですか、ラドラム。正直に話してください。それによって私は……」

「ストップ! プラチナ!」

 人間で言えば『ママ友』とでも言うべき存在のマリリンの叱咤に、プラチナは言い足りない言葉を飲み込んで唇を閉じる。

「マリリン」

「今詳しくは話せないけど、キトゥンの父親がラドじゃない事は、アンタも知ってるじゃない。ラドは子供の頃から、アンタ一筋ヨ」

 事の成り行きに、クリスティンが汗を滲ませている。

「あ……ご、ごめんなさい。何か僕、いけない事訊いちゃったみたい」

「良いのヨ、クリス。プラチナの頭がお堅いだけなのヨ」

「私の骨格の話ですか?」

「ダ!」

「ほらプラチナ、キトゥンがご飯食べたがってるワヨ。キトゥンに集中しなさいヨ」

「……はい」

 一同に数瞬、間の抜けた沈黙が落ちる。
 しばらくは戻された圧縮パスタの立てるほかほかとした湯気だけが漂っていたが、ラドラムは咳払いをひとつして、話を戻した。

「この辺じゃ、人間狩りはよくあるのか?」

「いいや。人間狩りは、連邦警察の目の届かない、辺境でやるんだよ」

「だよな」

 そこまでは、ラドラムも知っていた。

「でも、たまーにあるんだ。誰かが居なくなっちゃう事」

「初耳だな」

「五年にいっぺんくらい。サーチャーが言ってた。でも何処の惑星やコロニーでも、原因不明で居なくなっちゃう人はいるから、珍しい事じゃないとも言ってた」

「そうか……クリス」

「何? ラド」

 ラドラムは、一度皿を置いて、身を乗り出してクリスの肩に手をかけた。

「俺の親父も、このコロニーで居なくなったんだ。お前と同い年くらいの俺を、一人残して。母さんの手がかりにもなるかもしれないから、他に何か知ってる事があったら、些細な事でも聞かせてくれ」

「……」

「どうした?」

 困ったような顔をして黙りこくるクリスティンの顔を、ラドラムは覗き込んだ。

「噂はあるけど……」

「どんな噂だ?」

 クリスティンは、誰かの目を気にするように、きょろきょろと辺りを見回した。

「僕が言ったって分かったら、僕も居なくなるかもしれない……」

「どういう意味だ? ……このコロニーの誰かが、関係してるんだな?」

「……うん」

 小さな声で言って、しきりに周りを気にする。およそ監視カメラも何もかも壊れてしまった、焼け野原のような街並みを。それほど、クリスティンにとっては脅威の存在なのだろう。
 ラドラムは席を立って、クリスティンの元へしゃがみ込んで視線を合わせた。

「大丈夫だ、監視カメラも壊れてる。俺たちにだけ、教えてくれ」

「誰にも言わない?」

「ああ、男と男の約束だ」

 それを聞くと、クリスティンは表情を引き締めて、ラドラムを見た。一人前に扱ってくれるラドラムを、信頼したようだった。

「噂なんだけど……」

 ラドラムの耳に両手を添えて、秘密は二人に共有された。
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