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第4章 Dead or Alive
ペット
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――ビリリ。
惑星ヒューリの地下三層で、壁に貼られた賞金首の貼り紙を通りかかったついでに破いた青年は、そのまま路地裏に入って行ったかと思うと、フッと姿を消した。
その賞金首の貼り紙には、必ず付き物のホログラム写真ではなく、引き伸ばされておよそ輪郭しか分からぬ不鮮明な2D写真が示され、身長・体重・年齢・人種・風貌が記載されているだけだった。名前さえない。代わりに、Dead or Aliveの文字が大きく載っていた。
それが風に吹かれて飛んでいく。細く行き止まりになっている袋小路だったが、その紙屑も不意に消え失せた。
物好きにも、行き止まりまで入って調べてみれば分かったかもしれない。一人分の幅しかない路地が、更に五十メートルほど右へ伸びていることを。閉所恐怖症でなくとも、息苦しさを感じるほどの圧迫感だった。
だが青年は躊躇いなく奥へ進み、本物の行き止まりの壁に掌を当て、掌紋認証で床をスライドさせる。ヒビで巧妙にカムフラージュされた入り口の下には、パイプ製のハシゴが続いていたが、青年は身軽に飛び降りた。
白くてだだっ広い実験台の並ぶ部屋に入ると、自動で灯りが点灯する。
そして例の狭いモニタールームに入り、ラドラムたちが惑星ヒューリから逃げ出す様を見て取って、僅かに人工眼球を眇めた。
その他に表情らしい表情はなく、何を考えているのか分からない。
地下三層は、惑星ヒューリの最下層で、犯罪危険レベルはマックスだった。道を歩けば何らかの犯罪に当たる危険度だ。
そこでの暮らしが青年の心を変えたものか、元より心を持たぬ電子脳なのか。
モニタールームを出ると、青年は壁際に並んだ円筒形の水槽の前に立って、タッチパネルを操作した。
――ゴボボ……。
その中には人影が幾つも培養され、瞼を閉じて誕生の時を待っているのだった。
* * *
惑星イオテスの一番小さなオアシスまで、一行はレンタル・ラクダに乗って移動していた。
炎天下の気温は四十五℃を超え、容赦なく日差しは照り付ける。ローブ内蔵のクーラーのお陰で体感温度は涼しかったが、厄介な事に砂嵐は視界を十メートルまで狭めていた。
テクノロジーが全てを制御する時代にあって、その原始的な移動方法は、一行を酷く疲弊させていた。
ラドラムとプラチナは、もちろん一緒のラクダだ。長身なプラチナが二瘤ラクダの後ろに乗って、手綱を取っているのだった。
キトゥンは、プラチナのローブの中からちょろりと尻尾だけを覗かせて、優雅に昼寝の最中だった。
「ロディ、あとどれくらい!?」
風音に負けぬよう、マリリンが先頭のロディに向かって声を張り上げる。
ロディは方位磁石を出して、確かめる。
「方向は合ってる……もうそろそろだ!」
その時、忽然と一同の前に高い壁が現れた。慌てて、みなが手綱を引いてラクダを止める。
ドーム状の巨大な建造物が、ぽっかりと浮かび上がった。入り口はラクダ一頭分サイズで、ホバーカーなどは通れないだろう。
一行はラクダを降りて、原始的なドア・ノッカーを打ちつけた。ややあってこれも原始的な小さな覗き窓から、男がぎょろぎょろした目を覗かせた。
「何の用だい?」
「観光だ」
「こんな何もない惑星に?」
「都会育ちなんでな。一度、砂漠を見てみてぇと思って」
ぴしゃりと覗き窓が閉じられた。
「……入んな」
手動でドアが開けられて、一行は招き入れられた。
ドームの中では風は吹いていなかったが、隙間から入るのだろう、あらゆるものが砂を被って景色はベージュに染まっていた。
「それで、砂漠はどうだったい?」
面白そうに小男がロディを見上げる。彼は僅かに顔を顰めた。
「あんまり良いもんじゃねぇな」
「へへ、だろうと思った。自然の脅威を甘く見ない事だな」
「ご忠告、痛み入るね……」
レンタル・ラクダを返し、連邦ドルで料金を支払うと、一行は砂に塗れたローブを脱いで、このオアシスに一軒の宿屋を目指した。念の為、サングラスはかけたままだ。
一番小さいとは言え、カイン・ベルナールの生まれたこのオアシスは、宇宙港から最も近く水が豊富に湧き出る事から、旅人たちの文字通りの休息所になっていた。
アーケードになった商店街を抜け道にしてそぞろ歩くと、威勢のいい店主たちの呼び声が、一行の足を度々止めさせる。
その内の一軒、ペットショップが一行の目に止まった。
驚いた事に、大きな強化ガラスで仕切られたショーケースの中には、見目いい少年や少女たちが、愛想笑いを浮かべてニッコリと客たちに手を振っているのだった。
「人間狩りか?」
思わず呟いたラドラムに、マリリンが答えた。
「まさか。連邦法で、禁止されてるワヨ」
「いらっしゃいませ!」
ニコニコと、ペットショップには付き物の、若い娘が跳んできた。
「うちは、血統書付きのペットだけを扱っておりますよ。人間狩りなんて、とんでもない。お一人、如何?」
「ロリコン趣味はねぇよ」
ロディが一蹴するが、娘は怯まなかった。
「それなら、ちょうど今日入った、二十代ものがございますよ。綺麗なブロンドの毛並みで、愛玩するもよし、労働させるもよしの、貴重な逸品です。ほら、たった今ケージに出される所です」
娘が指し示す空っぽのケージのバックヤードドアが開いて、癖のある長いブロンドにフォレストグリーンの瞳、獣のようにきょろきょろと新しい環境を確かめる青年が現れた。
「ラッ……!」
「馬鹿」
大声を上げそうになるマリリンの口元を、ロディが反重力グローブの嵌められた手で塞いだ。
ラドラムが、顔を蒼くして訴える。
「ロディ、買ってくれ」
「ああ。……気が変わった、こいつをくれ」
「ありがとうございま~す!」
娘はニッコリと笑って言った。
「ご自宅用ですか? ラッピングは致しますか?」
「そのままでいい、早くあいつをしまってくれ」
ラドラムが事を急いて娘に囁いた。
「はい、ではローブとサングラスをサービスさせて頂きますね。ありがとうございました! またのお越しをお待ちしておりま~す!」
娘は罪悪感など一欠片もなく、動物好きの優しげな笑顔でハキハキと接客し、奥から首輪とリードで繋がれた青年を引っ張ってきて、ロディに手渡した。
惑星ヒューリの地下三層で、壁に貼られた賞金首の貼り紙を通りかかったついでに破いた青年は、そのまま路地裏に入って行ったかと思うと、フッと姿を消した。
その賞金首の貼り紙には、必ず付き物のホログラム写真ではなく、引き伸ばされておよそ輪郭しか分からぬ不鮮明な2D写真が示され、身長・体重・年齢・人種・風貌が記載されているだけだった。名前さえない。代わりに、Dead or Aliveの文字が大きく載っていた。
それが風に吹かれて飛んでいく。細く行き止まりになっている袋小路だったが、その紙屑も不意に消え失せた。
物好きにも、行き止まりまで入って調べてみれば分かったかもしれない。一人分の幅しかない路地が、更に五十メートルほど右へ伸びていることを。閉所恐怖症でなくとも、息苦しさを感じるほどの圧迫感だった。
だが青年は躊躇いなく奥へ進み、本物の行き止まりの壁に掌を当て、掌紋認証で床をスライドさせる。ヒビで巧妙にカムフラージュされた入り口の下には、パイプ製のハシゴが続いていたが、青年は身軽に飛び降りた。
白くてだだっ広い実験台の並ぶ部屋に入ると、自動で灯りが点灯する。
そして例の狭いモニタールームに入り、ラドラムたちが惑星ヒューリから逃げ出す様を見て取って、僅かに人工眼球を眇めた。
その他に表情らしい表情はなく、何を考えているのか分からない。
地下三層は、惑星ヒューリの最下層で、犯罪危険レベルはマックスだった。道を歩けば何らかの犯罪に当たる危険度だ。
そこでの暮らしが青年の心を変えたものか、元より心を持たぬ電子脳なのか。
モニタールームを出ると、青年は壁際に並んだ円筒形の水槽の前に立って、タッチパネルを操作した。
――ゴボボ……。
その中には人影が幾つも培養され、瞼を閉じて誕生の時を待っているのだった。
* * *
惑星イオテスの一番小さなオアシスまで、一行はレンタル・ラクダに乗って移動していた。
炎天下の気温は四十五℃を超え、容赦なく日差しは照り付ける。ローブ内蔵のクーラーのお陰で体感温度は涼しかったが、厄介な事に砂嵐は視界を十メートルまで狭めていた。
テクノロジーが全てを制御する時代にあって、その原始的な移動方法は、一行を酷く疲弊させていた。
ラドラムとプラチナは、もちろん一緒のラクダだ。長身なプラチナが二瘤ラクダの後ろに乗って、手綱を取っているのだった。
キトゥンは、プラチナのローブの中からちょろりと尻尾だけを覗かせて、優雅に昼寝の最中だった。
「ロディ、あとどれくらい!?」
風音に負けぬよう、マリリンが先頭のロディに向かって声を張り上げる。
ロディは方位磁石を出して、確かめる。
「方向は合ってる……もうそろそろだ!」
その時、忽然と一同の前に高い壁が現れた。慌てて、みなが手綱を引いてラクダを止める。
ドーム状の巨大な建造物が、ぽっかりと浮かび上がった。入り口はラクダ一頭分サイズで、ホバーカーなどは通れないだろう。
一行はラクダを降りて、原始的なドア・ノッカーを打ちつけた。ややあってこれも原始的な小さな覗き窓から、男がぎょろぎょろした目を覗かせた。
「何の用だい?」
「観光だ」
「こんな何もない惑星に?」
「都会育ちなんでな。一度、砂漠を見てみてぇと思って」
ぴしゃりと覗き窓が閉じられた。
「……入んな」
手動でドアが開けられて、一行は招き入れられた。
ドームの中では風は吹いていなかったが、隙間から入るのだろう、あらゆるものが砂を被って景色はベージュに染まっていた。
「それで、砂漠はどうだったい?」
面白そうに小男がロディを見上げる。彼は僅かに顔を顰めた。
「あんまり良いもんじゃねぇな」
「へへ、だろうと思った。自然の脅威を甘く見ない事だな」
「ご忠告、痛み入るね……」
レンタル・ラクダを返し、連邦ドルで料金を支払うと、一行は砂に塗れたローブを脱いで、このオアシスに一軒の宿屋を目指した。念の為、サングラスはかけたままだ。
一番小さいとは言え、カイン・ベルナールの生まれたこのオアシスは、宇宙港から最も近く水が豊富に湧き出る事から、旅人たちの文字通りの休息所になっていた。
アーケードになった商店街を抜け道にしてそぞろ歩くと、威勢のいい店主たちの呼び声が、一行の足を度々止めさせる。
その内の一軒、ペットショップが一行の目に止まった。
驚いた事に、大きな強化ガラスで仕切られたショーケースの中には、見目いい少年や少女たちが、愛想笑いを浮かべてニッコリと客たちに手を振っているのだった。
「人間狩りか?」
思わず呟いたラドラムに、マリリンが答えた。
「まさか。連邦法で、禁止されてるワヨ」
「いらっしゃいませ!」
ニコニコと、ペットショップには付き物の、若い娘が跳んできた。
「うちは、血統書付きのペットだけを扱っておりますよ。人間狩りなんて、とんでもない。お一人、如何?」
「ロリコン趣味はねぇよ」
ロディが一蹴するが、娘は怯まなかった。
「それなら、ちょうど今日入った、二十代ものがございますよ。綺麗なブロンドの毛並みで、愛玩するもよし、労働させるもよしの、貴重な逸品です。ほら、たった今ケージに出される所です」
娘が指し示す空っぽのケージのバックヤードドアが開いて、癖のある長いブロンドにフォレストグリーンの瞳、獣のようにきょろきょろと新しい環境を確かめる青年が現れた。
「ラッ……!」
「馬鹿」
大声を上げそうになるマリリンの口元を、ロディが反重力グローブの嵌められた手で塞いだ。
ラドラムが、顔を蒼くして訴える。
「ロディ、買ってくれ」
「ああ。……気が変わった、こいつをくれ」
「ありがとうございま~す!」
娘はニッコリと笑って言った。
「ご自宅用ですか? ラッピングは致しますか?」
「そのままでいい、早くあいつをしまってくれ」
ラドラムが事を急いて娘に囁いた。
「はい、ではローブとサングラスをサービスさせて頂きますね。ありがとうございました! またのお越しをお待ちしておりま~す!」
娘は罪悪感など一欠片もなく、動物好きの優しげな笑顔でハキハキと接客し、奥から首輪とリードで繋がれた青年を引っ張ってきて、ロディに手渡した。
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