上 下
31 / 61
3章 飛ばされた部屋

ニニさんへ

しおりを挟む
お帰りまでにお話をする時間がなく、手紙で失礼します。

今回のことは、本当に申し訳ありませんでした。
両親が「ウィルブローズの妻をここへ呼ぶ」と言った時、僕は一切反対しなかった。それだけではなく、弟に変身してニニさんの反応を見る、という提案をしたのは僕なんです。

両親が一番気にしていたのは、あなたが魔術師の妻として、ふさわしい女性かどうか。
ですが僕は、あなたがウィルブローズをどう思っているのかを知りたかった。弟の財産や名声を利用するつもりかどうか、見極めたかった。
これ以上、弟が家族という存在に振り回されるのを見たくなかったのです。

ウィルブローズが魔術師としての訓練を始めたのは、あの子が三つの時でした。
そのころにはすでに、我が国の力ある魔術師はたったの二人。どちらもよわい八十を超えておいででした。
副魔術師長のジェフローラ様でさえ、不利な戦況を覆すほどのお力はなく……軍事力の低下は、目前にまで迫っていたと聞きます。

自分で言うのも情けないですが、僕に大した力はありません。ですから両親は、すぐに僕に見切りをつけました。
そして、早急にウィルブローズを一人前の魔術師にするため、全力を注いで弟に教育をほどこしました。
両親の注目を一身に集める弟に、嫉妬しなかったわけではありません。けれど、それ以上に恐ろしかった。

両親の指導は行き過ぎていました。幼い弟を激しく怒鳴りつけ、時には体罰を与え、部屋に閉じ込め……そうしてまで教えこんでいるのは、大量殺りくの技術なのですから。

戦場の現実を肌で感じていた父と母が、焦るのは無理もなかった。
周辺国に我々の弱体化を悟られれば、間髪入れずに宣戦布告がなされ、我が国は焦土と化したでしょう。

けれど、この上なく厳格に育てられたウィルブローズは、「強さこそ正義」「弱いこと、間違うことは罪だ」という考えに凝り固まってしまいました。
護衛兵たちを事あるごとに非難していたのも、そのせいでしょう。

救いは、弟が聡い子どもだったことです。ジェフローラ様のお力も大きかったでしょうが、ウィルブローズは「自分の価値観は極端なのでは」と、自ら間違いに気がついてくれた。
そうして、周りに対する態度を少しずつ改めていきました。

それからです。ウィルブローズは、この家へ寄りつかなくなりました。
領内の古い屋敷を買い取り、一人で住み始めたのです。自分で使用人を選び、僕たちの援助を突っぱねて……。
当然ですよね。今までされてきたことが、普通ではないと知ったのですから。

それに、暴力の記憶というのは、簡単には薄れません。あなたをさらわれて、それでもこの家へウィルブローズがやって来なかったのは、捨て切れない恐怖も一因としてあったのだと思います。

弟の僕らに対する気持ちは、今でも変わりないでしょうが……我が国と周辺国との関係は、次第に安定していきました。両親が頭を冷やす時間もできました。
そこに加えて、ウィルブローズが家を出たことで、父と母は我に返ったのでしょう。二人はウィルブローズに謝罪しようとしました。足繫く弟の屋敷へ通い、何度も手紙を送りました。

もちろん僕もです。弟が痛めつけられているというのに、ずっと見て見ぬふりをしてきた。至らぬ兄だったと、謝りました。

けれど……一度閉じた心は、そう簡単にほぐれてはくれません。ウィルブローズは、僕たちの手紙へ一切返事をよこさず、両親が屋敷を訪れても居留守を決め込みました。
無理に押し入ることもできず、両親も僕も、遠くからウィルブローズの身を案じるしかありませんでした。

そんな時、突然陛下からの祝電が届いたのです。ウィルブローズが結婚したことへのお祝いでした。
親族全員が驚きました。まるで、天と地が逆転したかのような大騒ぎ。すぐ、ウィルブローズに連絡を入れました。結婚相手はどんな女性なのかと。
世間知らずのウィルブローズが、狡猾な女に騙されているのなら、すぐに離縁させるつもりでした。

しかし、ニニさんに申し上げた通り、まったく返事は来ず……使い魔を送り、遠目に様子を見てはいたものの、それすら魔術で追い払われる有様。
両親の不信は募りました。ウィルブローズが新しく家を建てたのも、大量に服や装飾品を買い込んだのも、妻に乞われたからではないか、と。
そして、そんな人間をレリアス家に入れるなどとんでもない、と憤りました。
そこで今回、実力行使に出た次第、というわけです。

ニニさんには、大変なご迷惑をおかけしました。ですが、お会いできてよかった。
ウィルブローズに変身した僕に対して、あなたは温かく接してくれた。そして、ものの4日で僕の正体を暴いてくださいました。
あなたはウィルブローズという一人の人間と、誠心誠意向き合ってくださっている。僕たちが弟に与えるべきだったものを、あなたは与えてくれている。

ニニさん、ウィルブローズと結婚してくださって、心から感謝します。この先、誰があなたたちの結婚に反対したとしても、僕はニニさんの味方です。

もし、我が家に嫌気がさしていらっしゃらなければ、また弟と顔を見せに来てくだされば幸いです。

ジェフローラ様にならい、あなたの友、アートハル・レリアスより
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...