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3章 飛ばされた部屋
ニニさんへ
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お帰りまでにお話をする時間がなく、手紙で失礼します。
今回のことは、本当に申し訳ありませんでした。
両親が「ウィルブローズの妻をここへ呼ぶ」と言った時、僕は一切反対しなかった。それだけではなく、弟に変身してニニさんの反応を見る、という提案をしたのは僕なんです。
両親が一番気にしていたのは、あなたが魔術師の妻として、ふさわしい女性かどうか。
ですが僕は、あなたがウィルブローズをどう思っているのかを知りたかった。弟の財産や名声を利用するつもりかどうか、見極めたかった。
これ以上、弟が家族という存在に振り回されるのを見たくなかったのです。
ウィルブローズが魔術師としての訓練を始めたのは、あの子が三つの時でした。
そのころにはすでに、我が国の力ある魔術師はたったの二人。どちらも齢八十を超えておいででした。
副魔術師長のジェフローラ様でさえ、不利な戦況を覆すほどのお力はなく……軍事力の低下は、目前にまで迫っていたと聞きます。
自分で言うのも情けないですが、僕に大した力はありません。ですから両親は、すぐに僕に見切りをつけました。
そして、早急にウィルブローズを一人前の魔術師にするため、全力を注いで弟に教育をほどこしました。
両親の注目を一身に集める弟に、嫉妬しなかったわけではありません。けれど、それ以上に恐ろしかった。
両親の指導は行き過ぎていました。幼い弟を激しく怒鳴りつけ、時には体罰を与え、部屋に閉じ込め……そうしてまで教えこんでいるのは、大量殺戮の技術なのですから。
戦場の現実を肌で感じていた父と母が、焦るのは無理もなかった。
周辺国に我々の弱体化を悟られれば、間髪入れずに宣戦布告がなされ、我が国は焦土と化したでしょう。
けれど、この上なく厳格に育てられたウィルブローズは、「強さこそ正義」「弱いこと、間違うことは罪だ」という考えに凝り固まってしまいました。
護衛兵たちを事あるごとに非難していたのも、そのせいでしょう。
救いは、弟が聡い子どもだったことです。ジェフローラ様のお力も大きかったでしょうが、ウィルブローズは「自分の価値観は極端なのでは」と、自ら間違いに気がついてくれた。
そうして、周りに対する態度を少しずつ改めていきました。
それからです。ウィルブローズは、この家へ寄りつかなくなりました。
領内の古い屋敷を買い取り、一人で住み始めたのです。自分で使用人を選び、僕たちの援助を突っぱねて……。
当然ですよね。今までされてきたことが、普通ではないと知ったのですから。
それに、暴力の記憶というのは、簡単には薄れません。あなたをさらわれて、それでもこの家へウィルブローズがやって来なかったのは、捨て切れない恐怖も一因としてあったのだと思います。
弟の僕らに対する気持ちは、今でも変わりないでしょうが……我が国と周辺国との関係は、次第に安定していきました。両親が頭を冷やす時間もできました。
そこに加えて、ウィルブローズが家を出たことで、父と母は我に返ったのでしょう。二人はウィルブローズに謝罪しようとしました。足繫く弟の屋敷へ通い、何度も手紙を送りました。
もちろん僕もです。弟が痛めつけられているというのに、ずっと見て見ぬふりをしてきた。至らぬ兄だったと、謝りました。
けれど……一度閉じた心は、そう簡単にほぐれてはくれません。ウィルブローズは、僕たちの手紙へ一切返事をよこさず、両親が屋敷を訪れても居留守を決め込みました。
無理に押し入ることもできず、両親も僕も、遠くからウィルブローズの身を案じるしかありませんでした。
そんな時、突然陛下からの祝電が届いたのです。ウィルブローズが結婚したことへのお祝いでした。
親族全員が驚きました。まるで、天と地が逆転したかのような大騒ぎ。すぐ、ウィルブローズに連絡を入れました。結婚相手はどんな女性なのかと。
世間知らずのウィルブローズが、狡猾な女に騙されているのなら、すぐに離縁させるつもりでした。
しかし、ニニさんに申し上げた通り、まったく返事は来ず……使い魔を送り、遠目に様子を見てはいたものの、それすら魔術で追い払われる有様。
両親の不信は募りました。ウィルブローズが新しく家を建てたのも、大量に服や装飾品を買い込んだのも、妻に乞われたからではないか、と。
そして、そんな人間をレリアス家に入れるなどとんでもない、と憤りました。
そこで今回、実力行使に出た次第、というわけです。
ニニさんには、大変なご迷惑をおかけしました。ですが、お会いできてよかった。
ウィルブローズに変身した僕に対して、あなたは温かく接してくれた。そして、ものの4日で僕の正体を暴いてくださいました。
あなたはウィルブローズという一人の人間と、誠心誠意向き合ってくださっている。僕たちが弟に与えるべきだったものを、あなたは与えてくれている。
ニニさん、ウィルブローズと結婚してくださって、心から感謝します。この先、誰があなたたちの結婚に反対したとしても、僕はニニさんの味方です。
もし、我が家に嫌気がさしていらっしゃらなければ、また弟と顔を見せに来てくだされば幸いです。
ジェフローラ様にならい、あなたの友、アートハル・レリアスより
今回のことは、本当に申し訳ありませんでした。
両親が「ウィルブローズの妻をここへ呼ぶ」と言った時、僕は一切反対しなかった。それだけではなく、弟に変身してニニさんの反応を見る、という提案をしたのは僕なんです。
両親が一番気にしていたのは、あなたが魔術師の妻として、ふさわしい女性かどうか。
ですが僕は、あなたがウィルブローズをどう思っているのかを知りたかった。弟の財産や名声を利用するつもりかどうか、見極めたかった。
これ以上、弟が家族という存在に振り回されるのを見たくなかったのです。
ウィルブローズが魔術師としての訓練を始めたのは、あの子が三つの時でした。
そのころにはすでに、我が国の力ある魔術師はたったの二人。どちらも齢八十を超えておいででした。
副魔術師長のジェフローラ様でさえ、不利な戦況を覆すほどのお力はなく……軍事力の低下は、目前にまで迫っていたと聞きます。
自分で言うのも情けないですが、僕に大した力はありません。ですから両親は、すぐに僕に見切りをつけました。
そして、早急にウィルブローズを一人前の魔術師にするため、全力を注いで弟に教育をほどこしました。
両親の注目を一身に集める弟に、嫉妬しなかったわけではありません。けれど、それ以上に恐ろしかった。
両親の指導は行き過ぎていました。幼い弟を激しく怒鳴りつけ、時には体罰を与え、部屋に閉じ込め……そうしてまで教えこんでいるのは、大量殺戮の技術なのですから。
戦場の現実を肌で感じていた父と母が、焦るのは無理もなかった。
周辺国に我々の弱体化を悟られれば、間髪入れずに宣戦布告がなされ、我が国は焦土と化したでしょう。
けれど、この上なく厳格に育てられたウィルブローズは、「強さこそ正義」「弱いこと、間違うことは罪だ」という考えに凝り固まってしまいました。
護衛兵たちを事あるごとに非難していたのも、そのせいでしょう。
救いは、弟が聡い子どもだったことです。ジェフローラ様のお力も大きかったでしょうが、ウィルブローズは「自分の価値観は極端なのでは」と、自ら間違いに気がついてくれた。
そうして、周りに対する態度を少しずつ改めていきました。
それからです。ウィルブローズは、この家へ寄りつかなくなりました。
領内の古い屋敷を買い取り、一人で住み始めたのです。自分で使用人を選び、僕たちの援助を突っぱねて……。
当然ですよね。今までされてきたことが、普通ではないと知ったのですから。
それに、暴力の記憶というのは、簡単には薄れません。あなたをさらわれて、それでもこの家へウィルブローズがやって来なかったのは、捨て切れない恐怖も一因としてあったのだと思います。
弟の僕らに対する気持ちは、今でも変わりないでしょうが……我が国と周辺国との関係は、次第に安定していきました。両親が頭を冷やす時間もできました。
そこに加えて、ウィルブローズが家を出たことで、父と母は我に返ったのでしょう。二人はウィルブローズに謝罪しようとしました。足繫く弟の屋敷へ通い、何度も手紙を送りました。
もちろん僕もです。弟が痛めつけられているというのに、ずっと見て見ぬふりをしてきた。至らぬ兄だったと、謝りました。
けれど……一度閉じた心は、そう簡単にほぐれてはくれません。ウィルブローズは、僕たちの手紙へ一切返事をよこさず、両親が屋敷を訪れても居留守を決め込みました。
無理に押し入ることもできず、両親も僕も、遠くからウィルブローズの身を案じるしかありませんでした。
そんな時、突然陛下からの祝電が届いたのです。ウィルブローズが結婚したことへのお祝いでした。
親族全員が驚きました。まるで、天と地が逆転したかのような大騒ぎ。すぐ、ウィルブローズに連絡を入れました。結婚相手はどんな女性なのかと。
世間知らずのウィルブローズが、狡猾な女に騙されているのなら、すぐに離縁させるつもりでした。
しかし、ニニさんに申し上げた通り、まったく返事は来ず……使い魔を送り、遠目に様子を見てはいたものの、それすら魔術で追い払われる有様。
両親の不信は募りました。ウィルブローズが新しく家を建てたのも、大量に服や装飾品を買い込んだのも、妻に乞われたからではないか、と。
そして、そんな人間をレリアス家に入れるなどとんでもない、と憤りました。
そこで今回、実力行使に出た次第、というわけです。
ニニさんには、大変なご迷惑をおかけしました。ですが、お会いできてよかった。
ウィルブローズに変身した僕に対して、あなたは温かく接してくれた。そして、ものの4日で僕の正体を暴いてくださいました。
あなたはウィルブローズという一人の人間と、誠心誠意向き合ってくださっている。僕たちが弟に与えるべきだったものを、あなたは与えてくれている。
ニニさん、ウィルブローズと結婚してくださって、心から感謝します。この先、誰があなたたちの結婚に反対したとしても、僕はニニさんの味方です。
もし、我が家に嫌気がさしていらっしゃらなければ、また弟と顔を見せに来てくだされば幸いです。
ジェフローラ様にならい、あなたの友、アートハル・レリアスより
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