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プロローグ

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 ゆら、ゆら。
 ゆら、ゆら。

 静かな夜の中、部屋の隅で、ろうそくの火が小さく揺れる。目の前では、ぴかぴかの懐中時計が揺れる。

 私の手の中で、鎖の動きが止まった。同時に懐中時計の揺れも止まる。
 時計の向こうには、エドワード兄様と妹のローラ。2人して私を見つめている。

 兄様が、こわばった顔で口を開く。

「アリス、どうだ? 気に入ったか?」
「姉様、私も一緒に選んだのよ」

 ローラも、やけに神妙な顔で私に詰め寄ってくる。
 2人とも緊張しているのか、しきりに瞬きをしている。その様子がおかしくて、私は笑いを噛み殺し、大きくうなずいた。

「兄様、ローラ、ありがとう。私だけのアクセサリーを持てるなんて、夢みたい」

 本当に、本当に嬉しい。初めての、自分だけのアクセサリー──しかも懐中時計だなんて。

「そう言ってもらえてよかったよ」

 兄様がホッと息をつく。ローラも、ふんわりと笑みを浮かべる。

「アリス姉様ったら、兄様や父様が舞踏会へ行く時、いつも懐中時計を見てるんだもの。兄様だって、そりゃあ贈りたくなっちゃうわよ」
「だ、だってこんなに綺麗なのよ。ほら、ね?」

 茶化されるほど見ていたなんて、恥ずかしい。話を変えようとして、鎖を持ち上げ、時計を揺らしてみると。
 
「あら?」

 私は手を止めた。ふたにはめ込まれた濃紺の宝石が、一瞬、明るい青に変わった気がしたのだ。

 もう一度、鎖を揺らしてみる。やっぱり見間違いじゃない。小さな宝石は、ろうそくの光を青く弾いた。
 こんなに澄んだ光は見たことがない。冬の夜空の一等星みたいだ。

「この宝石、すごく綺麗ね。もしかしてペルロライト?」
「おっ! 当たりだよ。見ただけでよくわかるなあ」

 感心する兄様へ、私は照れ隠しに肩をすくめた。

「本に特徴が書いてあったのを、たまたま覚えていただけよ」
「たまたまでもすごいわ! 私だったら読み終わった瞬間、ぜーんぶ忘れちゃう」

 おどけたように眉を上げたローラは、すぐにその眉を寄せて、

「だけど、姉様。そういう話、父様と母様の前ではやめた方が……」

 と、心配そうに声をひそめた。私は「わかってる」と苦笑を返した。

「父様たちの前で、知識をひけらかすような真似はしないわ。嫌な顔をされるだけだもの。『貴族の娘が生意気だ』って」

 自分で言いながら、落ち込んでしまう。思わずうつむきそうになる。
 だけど、兄様とローラに心配をかけたくない。私はちょっと大げさにあごを上げた。

「でも、黙っていれば大丈夫よ。私が兄様の本を──たまに父様の本も借りてるなんて、2人とも気付かないわ。お金さえかからなければいいのよ、あの人たちは。私が何をしていても……見ていないんだもの」

 寂しさをこらえて、明るい笑みを浮かべてみせる。

 兄様とローラが、顔を見合わせてため息をついた。けれど、ローラはまたすぐに笑顔になって、私に向き直った。

「それより! この宝石、どう? 姉様は青がお好きだけど、『ギラギラしたのは苦手』とも言ってたし……これなら、ちょうどいいかと思ったの。好みに合うかしら?」
「ええ、もちろん」

 うなずいて、懐中時計に目を落とす。何回見ても本当に綺麗。
 私はローラと笑みを見交わした。今度は心からの笑みを。

「それは何よりだよ。でもさ」

 兄様も安心したように笑って、蓋の宝石ペルロライトを指す。

「いくらアリスでも、こいつの言い伝えまでは知らないんじゃないか?」
「言い伝え?」
「うん。この宝石、時を司るんだって」
「へえ! それは本に書いてなかったわ。さすが兄様ね」
「いや、店主のオヤジに聞いたんだ。といっても、あのオヤジ調子がいいからなあ。本当かどうか怪しいけど」
「ふふ……それじゃ、こうしたら時間が戻ったりして」

 私は鎖を持って、懐中時計を揺らしてみせた。また、兄様が笑った。

「どうかな。同じものがもう1つあれば、奇跡が起きるかもしれないね」
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