28 / 47
28 雨がやんだ
しおりを挟む
「遊ぶことにしてくれない? って……本当は違うことするの? お家の人にうそをつくってこと?」
「うん……美咲と、公園で遊んでることにしたいの。美咲の家からちょっと離れたところ。私がいつも自転車で行く公園。……ダメ?」
そっと尋ねると、美咲は肩をすくめた。
「ダメも何も、今は雨だよ。『公園に行く』だなんて、変でしょ」
「あ、そっか……」
美咲と遊ぶと言えば、自転車で家を出ても不自然じゃない。お母さんをごまかせる。そうしたら、ユウマくんの家へ行けると思ったのに。
ガックリうなだれて、地面を見て──私は息をのんだ。
水たまりの、波紋がない。
耳をすませると、絶え間なくカサを打っていた、パラパラという音も消えている。
そういえば、何か変だと思っていたら、私の肩や髪はほとんど濡れていない。さっき、大きくカサがずれてしまったのに。
「あ! 雨、やんだね」
美咲が声を上げた。やれやれと笑いながら、青いカサをたたんでいる。
私もカサをたたむと、一面の灰色雲の中に、ぽつんと青い空を見つけた。
これなら、「公園で遊んでくる」とお母さんにうそをついても、おかしくない。
「それで……本当はどこに行くの? 芽衣」
美咲へ目を戻すと、顔がいたずらっ子のように輝いている。
「今なら、公園で私と遊ぶことにできるけど」
「いいの? 美咲」
「ちょっと宿題やってから、鉄棒の練習でもしてるよ」
ありがとう! と言いかけた私の前に、美咲の人差し指が突き出される。
「ただし! どこに行くか教えてくれたらね」
「……誰にも言わない?」
「言わない! 絶対!」
美咲の顔が、さらに輝く。私はちょっと不安になった。新しいお父さんの愚痴を、私なんかにベラベラ話すくらいだ。家に帰って、おばさんにしゃべってしまったらどうしよう。
そう思ったけれど、美咲の輝きの中から、「友だちの役に立ててうれしい」という気持ちが伝わってきた。
その気持ちが、今の私には、とてもよくわかった。
美咲なら大丈夫だ。本当のことを言って、力を貸してもらおう。
「あのね、美咲。私、さっき言った友だちのところに行きたいの。謝りたいことがあるの」
それに、これからジソウの人が来ることを教えてあげないと。
「あれ? でも、その子と会えないって言ってなかった?」
「会えないっていうか……会いに行くのを、お母さんが許してくれそうにないんだ」
その友だちに会いに行くと正直に告げたら、家から出してもらえないだろう。だから、うそをつくしかない。
そう言うと、美咲の眉が、ぴょんとはねた。
「そこまでされるの⁉︎ うへー……その友だち、何者?」
「別に……ふつうの子だよ」
美咲は納得いかないような顔をしたけれど、それが私の、ユウマくんへの正直な感想だった。ユウマくんは頑張り屋で、寂しがり屋の、ふつうの男の子だ。
「それでね。もしお母さんが、私のケータイから美咲に電話してきたら、『一緒に遊んでる』って言ってくれないかな? 行って帰るまでに、たぶん2時間もかからないから……」
手を合わせて頭を下げると、美咲はためらいがちに尋ねてきた。
「あぶないこと、しないよね?」
「大丈夫。その子に謝ったら、すぐに帰る」
「……じゃ、いいよ。おばさんから電話があったら、『芽衣と一緒だ』って言っとく」
「ありがとう!」
叫んで、すぐに私は駆け出した。走りながら美咲に手を振って、田んぼの横を通り、住宅街を抜けて、自分の家へ飛びこむ。
「ただいまっ!」
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、2階へ駆け上がる。自分の部屋に入ったところで、お母さんの声が追いかけてきた。
「芽衣! 何をバタバタしてるの?」
「ごめんなさい!」
怒鳴り返しながら、ランドセルを床へ投げ落とす。
(そうだ。一応、メモを書き直しておこう。黒いアパートに、東と海と林……)
ランドセルの筆箱から鉛筆を出して、紙を探す。そういえば、便箋を買ったまま、使わずにしまってあったっけ。
学習机の引き出しの奥から、小鳥のイラストが印刷された便箋を取り出す。
まっさらなビニール袋の中には、一緒に封筒も収まっている。それが目に入った時、ふと考えた。
(もう、ユウマくんと電話はできないけど、手紙なら……)
だけど、私の連絡先なんてユウマくんに必要だろうか。私には、何の力もないのに。
急に怖くなって、指が硬直した。逃げるように窓の外へ目をやる。空はまだ、灰色の雲に覆われている。
けれど、その切れ間から、太陽の光が漏れてきた。白い光の筋を見つめていると、ユウマくんの声がよみがえってきた。
── 今は、前よりも楽しい。
──友だちがいるから。
あの時の、雲間に青空を見つけたかのような明るい声が、「力があってもなくても、ぼくたちは友だちじゃないか」と、背中を押してくれたような気がした。
じわり、と指の硬直がとけた。私は、ビニールの袋を開封した。便箋を2枚取り出して、1枚には、黒いアパート、東海林……と書きつけていく。
もう1枚には、自分の郵便番号と住所、それから「坂本芽衣」と書いた。
それぞれを折りたたんで、ズボンのポケットに突っこむ。自転車のカギを手に取って、1階へ降りると、階段の下でお母さんが腕組みをして、こっちを睨みつけていた。
「うん……美咲と、公園で遊んでることにしたいの。美咲の家からちょっと離れたところ。私がいつも自転車で行く公園。……ダメ?」
そっと尋ねると、美咲は肩をすくめた。
「ダメも何も、今は雨だよ。『公園に行く』だなんて、変でしょ」
「あ、そっか……」
美咲と遊ぶと言えば、自転車で家を出ても不自然じゃない。お母さんをごまかせる。そうしたら、ユウマくんの家へ行けると思ったのに。
ガックリうなだれて、地面を見て──私は息をのんだ。
水たまりの、波紋がない。
耳をすませると、絶え間なくカサを打っていた、パラパラという音も消えている。
そういえば、何か変だと思っていたら、私の肩や髪はほとんど濡れていない。さっき、大きくカサがずれてしまったのに。
「あ! 雨、やんだね」
美咲が声を上げた。やれやれと笑いながら、青いカサをたたんでいる。
私もカサをたたむと、一面の灰色雲の中に、ぽつんと青い空を見つけた。
これなら、「公園で遊んでくる」とお母さんにうそをついても、おかしくない。
「それで……本当はどこに行くの? 芽衣」
美咲へ目を戻すと、顔がいたずらっ子のように輝いている。
「今なら、公園で私と遊ぶことにできるけど」
「いいの? 美咲」
「ちょっと宿題やってから、鉄棒の練習でもしてるよ」
ありがとう! と言いかけた私の前に、美咲の人差し指が突き出される。
「ただし! どこに行くか教えてくれたらね」
「……誰にも言わない?」
「言わない! 絶対!」
美咲の顔が、さらに輝く。私はちょっと不安になった。新しいお父さんの愚痴を、私なんかにベラベラ話すくらいだ。家に帰って、おばさんにしゃべってしまったらどうしよう。
そう思ったけれど、美咲の輝きの中から、「友だちの役に立ててうれしい」という気持ちが伝わってきた。
その気持ちが、今の私には、とてもよくわかった。
美咲なら大丈夫だ。本当のことを言って、力を貸してもらおう。
「あのね、美咲。私、さっき言った友だちのところに行きたいの。謝りたいことがあるの」
それに、これからジソウの人が来ることを教えてあげないと。
「あれ? でも、その子と会えないって言ってなかった?」
「会えないっていうか……会いに行くのを、お母さんが許してくれそうにないんだ」
その友だちに会いに行くと正直に告げたら、家から出してもらえないだろう。だから、うそをつくしかない。
そう言うと、美咲の眉が、ぴょんとはねた。
「そこまでされるの⁉︎ うへー……その友だち、何者?」
「別に……ふつうの子だよ」
美咲は納得いかないような顔をしたけれど、それが私の、ユウマくんへの正直な感想だった。ユウマくんは頑張り屋で、寂しがり屋の、ふつうの男の子だ。
「それでね。もしお母さんが、私のケータイから美咲に電話してきたら、『一緒に遊んでる』って言ってくれないかな? 行って帰るまでに、たぶん2時間もかからないから……」
手を合わせて頭を下げると、美咲はためらいがちに尋ねてきた。
「あぶないこと、しないよね?」
「大丈夫。その子に謝ったら、すぐに帰る」
「……じゃ、いいよ。おばさんから電話があったら、『芽衣と一緒だ』って言っとく」
「ありがとう!」
叫んで、すぐに私は駆け出した。走りながら美咲に手を振って、田んぼの横を通り、住宅街を抜けて、自分の家へ飛びこむ。
「ただいまっ!」
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、2階へ駆け上がる。自分の部屋に入ったところで、お母さんの声が追いかけてきた。
「芽衣! 何をバタバタしてるの?」
「ごめんなさい!」
怒鳴り返しながら、ランドセルを床へ投げ落とす。
(そうだ。一応、メモを書き直しておこう。黒いアパートに、東と海と林……)
ランドセルの筆箱から鉛筆を出して、紙を探す。そういえば、便箋を買ったまま、使わずにしまってあったっけ。
学習机の引き出しの奥から、小鳥のイラストが印刷された便箋を取り出す。
まっさらなビニール袋の中には、一緒に封筒も収まっている。それが目に入った時、ふと考えた。
(もう、ユウマくんと電話はできないけど、手紙なら……)
だけど、私の連絡先なんてユウマくんに必要だろうか。私には、何の力もないのに。
急に怖くなって、指が硬直した。逃げるように窓の外へ目をやる。空はまだ、灰色の雲に覆われている。
けれど、その切れ間から、太陽の光が漏れてきた。白い光の筋を見つめていると、ユウマくんの声がよみがえってきた。
── 今は、前よりも楽しい。
──友だちがいるから。
あの時の、雲間に青空を見つけたかのような明るい声が、「力があってもなくても、ぼくたちは友だちじゃないか」と、背中を押してくれたような気がした。
じわり、と指の硬直がとけた。私は、ビニールの袋を開封した。便箋を2枚取り出して、1枚には、黒いアパート、東海林……と書きつけていく。
もう1枚には、自分の郵便番号と住所、それから「坂本芽衣」と書いた。
それぞれを折りたたんで、ズボンのポケットに突っこむ。自転車のカギを手に取って、1階へ降りると、階段の下でお母さんが腕組みをして、こっちを睨みつけていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
時間泥棒【完結】
虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。
■目次
第一章 動かない猫
第二章 ライオン公園のタイムカプセル
第三章 魚海町シーサイド商店街
第四章 黒野時計堂
第五章 短針マシュマロと消えた写真
第六章 スカーフェイスを追って
第七章 天川の行方不明事件
第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て!
第九章 『5…4…3…2…1…‼』
第十章 不法の器の代償
第十一章 ミチルのフラッシュ
第十二章 五人の写真
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ことみとライ
雨宮大智
児童書・童話
十才の少女「ことみ」はある日、夢の中で「ライ」というペガサスに会う。ライはことみを「天空の城」へと、連れて行く。天空の城には「創造の泉」があり、ことみのような物語の書き手を待っていたのだった。夢と現実を行き来する「ことみ」の前に、天空の城の女王「エビナス」が現れた⎯⎯。ペガサスのライに導かれて、ことみの冒険が、いま始まる。
【旧筆名:多梨枝伸時代の作品】
宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~
橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。
しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ!
だけどレオは、なにかを隠しているようで……?
そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。
魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説!
「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。
今日の夜。学校で
倉木元貴
児童書・童話
主人公・如月大輔は、隣の席になった羽山愛のことが気になっていた。ある日、いつも1人で本を読んでいる彼女に、何の本を読んでいるのか尋ねると「人体の本」と言われる。そんな彼女に夏休みが始まる前日の学校で「体育館裏に来て」と言われ、向かうと、今度は「倉庫横に」と言われる。倉庫横に向かうと「今日の夜。学校で」と誘われ、大輔は親に嘘をついて約束通り夜に学校に向かう。
如月大輔と羽山愛の学校探検が今始まる
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる