21 / 47
21 見つかってしまった
しおりを挟む
ムツバスーパーを出発して、どのくらい経っただろう。
足が痛い。自転車のタイヤがフラフラする。頭もグラグラしてきた。うまく物が考えられない。
だからかもしれない。そのことに気づくのが遅れたのは。
「うう、わかんないよぉ……」
空は暗い紺色に沈んでいる。歩いている人の顔さえハッキリと見えない。
つまり、黒いアパートは、暗がりに紛れてしまったのだ。
日が暮れれば、ユウマくんの家を探し出すことはむずかしくなる──そのことに気づいたのは、駅の近くに着いてからだった。
(一旦、出直せばよかった……)
そうしたら、今頃は家に帰って、「公園に遊びに行ってた」ってごまかせたかもしれないのに。
疲れに任せて、自転車のハンドルに、ぐったりとおでこをつける。ケータイの画面に浮かぶ時刻は、6時30分。
(ムツバスーパーを出てから、もう、1時間以上さまよってるんだ……)
全速力で家に帰っても、7時を過ぎる。
「カムギ駅ー、カムギ駅ー」というアナウンスが、すぐ近くのホームから流れてくる。続いた楽しげな発着音に、ますます力が抜けそうになる。
(残る手がかりは、『風船みたいな形のすべり台がある公園』だけど……)
そんなもの、どこにもない。ステゴザウルスと、キリンと、タコ。このあたりで変わった形のすべり台といえば、その3種類だけだ。
「疲れた……」
自転車の冷たいハンドルに、おでこを押しつける。家に帰ったら、どうなるか。お父さんとお母さんに、何をしていたのかと問い詰められて、ケータイを没収されて、そして……あとのことは考えたくもない。
とにかく、今はユウマくんのところへ行くことだけに集中しよう。タクマくんを助けるんだ。
「……よし!」
あとちょっと、がんばろう。歯を食いしばって、自転車のペダルに足を乗せた時。
「芽衣っ‼︎」
突き刺すように呼ばれて、ペダルから足がずり落ちた。
おそるおそる振り向く途中で、ガシッと肩をつかまれる。
怖くて首が動かない。目をずらして、ビクビクしながらうしろを見ると、眉をつり上げたお母さんが立っていた。
「何やってんの、あんたはっ!」
「ひいっ!」
肩がはねた勢いで、疲れきった体が大きくよろめいた。こけてしまうと思ったけれど、お母さんが自転車のハンドルを支えてくれた。
そのまま、また何か怒鳴ろうとするお母さんのうしろから、慌てたような声が飛んできた。
「母さん、ストップ。ここで騒ぐと迷惑になるから、ひとまず車に乗ろう。芽衣もおいで」
私とお母さんへ、お父さんが手招きをしている。お父さんの向こうには、銀色のバンが停まっている。うちの車だ。
あれに乗れば、家へ帰れる。お母さんのつくった晩ごはんを食べて、お風呂につかって、フカフカのベッドで眠って……甘い想像へと心がかたむいていくのを、ぎゅっと目を閉じて、踏みとどまる。
「でも、私……」
「晩ごはん、遅くなるでしょ! 舞衣も待ってるのよ」
ユウマくんのところに行かなきゃ。逃げてしまおうか。だけどお母さんが、指が白くなるくらいに自転車のハンドルを捕まえていて、どこへ行くこともできない。
それに、2人を振り切る気力も体力も、もう残っていない。
(もうダメだ……)
全身から力が抜けていく。お母さんにうながされて、私は自転車を降りた。酔っ払った人みたいにふらつきながら、お父さんたちに連れられて、車に乗りこむ。
折れた心に浮かぶのは、ひとつだけ。
(ユウマくん、ごめん……)
どうしているんだろう。タクマくんも。大丈夫かな。
うしろの座席に座ってバックミラーを見ると、お父さんたちが、私の自転車をトランクにしまっていた。
しばらくして、お父さんが車に乗ってきた。運転席に腰を落ち着けて、ふーっと息を吐いている。
助手席のお母さんは、バン! と乱暴にドアを閉めて、
「何よ、このGPSアプリ。感度悪いわ! こんなにウロウロする羽目になるなんて」
と、自分のケータイに向かって怒った。その隣で、お父さんが困ったように笑う。
「まあ、ないよりはマシだよ。それがなかったら、芽衣がどこへ行ったか見当もつかなかったんだから。芽衣も、ケータイを持っててくれてよかった」
「それはそうだけど……」
お母さんは、ふてくされたようにため息をついた。それから、ジロリと私を睨んだ。
「芽衣、あんたね。こんなところで何やってるの? 何考えてるの⁉︎」
私は黙った。疲れのせいもあって、言葉が出てこない。
それを反抗だと思ったのか、お母さんの怒りは、ますますヒートアップしていく。
足が痛い。自転車のタイヤがフラフラする。頭もグラグラしてきた。うまく物が考えられない。
だからかもしれない。そのことに気づくのが遅れたのは。
「うう、わかんないよぉ……」
空は暗い紺色に沈んでいる。歩いている人の顔さえハッキリと見えない。
つまり、黒いアパートは、暗がりに紛れてしまったのだ。
日が暮れれば、ユウマくんの家を探し出すことはむずかしくなる──そのことに気づいたのは、駅の近くに着いてからだった。
(一旦、出直せばよかった……)
そうしたら、今頃は家に帰って、「公園に遊びに行ってた」ってごまかせたかもしれないのに。
疲れに任せて、自転車のハンドルに、ぐったりとおでこをつける。ケータイの画面に浮かぶ時刻は、6時30分。
(ムツバスーパーを出てから、もう、1時間以上さまよってるんだ……)
全速力で家に帰っても、7時を過ぎる。
「カムギ駅ー、カムギ駅ー」というアナウンスが、すぐ近くのホームから流れてくる。続いた楽しげな発着音に、ますます力が抜けそうになる。
(残る手がかりは、『風船みたいな形のすべり台がある公園』だけど……)
そんなもの、どこにもない。ステゴザウルスと、キリンと、タコ。このあたりで変わった形のすべり台といえば、その3種類だけだ。
「疲れた……」
自転車の冷たいハンドルに、おでこを押しつける。家に帰ったら、どうなるか。お父さんとお母さんに、何をしていたのかと問い詰められて、ケータイを没収されて、そして……あとのことは考えたくもない。
とにかく、今はユウマくんのところへ行くことだけに集中しよう。タクマくんを助けるんだ。
「……よし!」
あとちょっと、がんばろう。歯を食いしばって、自転車のペダルに足を乗せた時。
「芽衣っ‼︎」
突き刺すように呼ばれて、ペダルから足がずり落ちた。
おそるおそる振り向く途中で、ガシッと肩をつかまれる。
怖くて首が動かない。目をずらして、ビクビクしながらうしろを見ると、眉をつり上げたお母さんが立っていた。
「何やってんの、あんたはっ!」
「ひいっ!」
肩がはねた勢いで、疲れきった体が大きくよろめいた。こけてしまうと思ったけれど、お母さんが自転車のハンドルを支えてくれた。
そのまま、また何か怒鳴ろうとするお母さんのうしろから、慌てたような声が飛んできた。
「母さん、ストップ。ここで騒ぐと迷惑になるから、ひとまず車に乗ろう。芽衣もおいで」
私とお母さんへ、お父さんが手招きをしている。お父さんの向こうには、銀色のバンが停まっている。うちの車だ。
あれに乗れば、家へ帰れる。お母さんのつくった晩ごはんを食べて、お風呂につかって、フカフカのベッドで眠って……甘い想像へと心がかたむいていくのを、ぎゅっと目を閉じて、踏みとどまる。
「でも、私……」
「晩ごはん、遅くなるでしょ! 舞衣も待ってるのよ」
ユウマくんのところに行かなきゃ。逃げてしまおうか。だけどお母さんが、指が白くなるくらいに自転車のハンドルを捕まえていて、どこへ行くこともできない。
それに、2人を振り切る気力も体力も、もう残っていない。
(もうダメだ……)
全身から力が抜けていく。お母さんにうながされて、私は自転車を降りた。酔っ払った人みたいにふらつきながら、お父さんたちに連れられて、車に乗りこむ。
折れた心に浮かぶのは、ひとつだけ。
(ユウマくん、ごめん……)
どうしているんだろう。タクマくんも。大丈夫かな。
うしろの座席に座ってバックミラーを見ると、お父さんたちが、私の自転車をトランクにしまっていた。
しばらくして、お父さんが車に乗ってきた。運転席に腰を落ち着けて、ふーっと息を吐いている。
助手席のお母さんは、バン! と乱暴にドアを閉めて、
「何よ、このGPSアプリ。感度悪いわ! こんなにウロウロする羽目になるなんて」
と、自分のケータイに向かって怒った。その隣で、お父さんが困ったように笑う。
「まあ、ないよりはマシだよ。それがなかったら、芽衣がどこへ行ったか見当もつかなかったんだから。芽衣も、ケータイを持っててくれてよかった」
「それはそうだけど……」
お母さんは、ふてくされたようにため息をついた。それから、ジロリと私を睨んだ。
「芽衣、あんたね。こんなところで何やってるの? 何考えてるの⁉︎」
私は黙った。疲れのせいもあって、言葉が出てこない。
それを反抗だと思ったのか、お母さんの怒りは、ますますヒートアップしていく。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。
広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ!
待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの?
「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」
国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる