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第一章:天醒
第19話:天醒
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皆、よく戦っている。
剣を振るい槍を突いて、草刈り鎌で薙ぎ払う。
一対一では分が悪いなら二対一でも戦っていたし、中にはスキルを使って蹴散らす者も居た。
「はっ!」
シーナも自らが手にしたスキル──【弓術】と【射撃術】の相性と上がっていたスキルランクの相乗効果にて、オークの中でも厄介そうなナイトや長物持ちのソルジャーをハントする。
他の狩人も負けじと矢を放つが、シーナだけが異彩を放っていた。
妖人族の少女から貰い、更にユート自身のスキルを以て造った【インストール・カード】、これでスキルをインストールしたシーナは元来、得られない筈だった【弓術】と【射撃術】の二つを同時に得たのだ。
ユートが助けられなかった少女であり、此方の世界では幼馴染みという立場。
だからユートは作りたての魔導器──インストール・カードを上げた。
流石に他の人間に無料で渡す心算は無い。
今回の事があったから、魔導薬は渡したのだが……
ユートは別に『魔導器作製まっすぃーん!』に成り下がる心算などは無くて、当たり前に欲しければ相応の対価を支払って貰う。
だいいち、魔導薬は基本的に銀貨でも買える値段ではあるが、魔導具やユートの魔導器を同じ様な値段に設定は出来ない。
命の軽視?
人権を軽視する輩にだけは言われたくないものだ。
【弓術】は名前の通りに弓矢の扱いに長け、遠くへ正確に矢を飛ばす技術が高くなるスキル。
【射撃術】は弓に限らず射撃用の武器などの扱い方が上手くなり、それこそ単なる投石ですら相当の攻撃力が見込める筈。
故に【弓術】と【射撃術】は可成り相性が良い。
【剣術】は近接武器だから当然、相性という意味では最悪であろう。
だけど、元からこの手のスキルに長けた妖人族でさえも、この二つを同時に持つ事は稀というか有史以来で存在しない。
或いは持つ者も居たのかも知れないが、目立ちたくないと隠した可能性もあるから見付からなかった……という事かも。
実際、同時に持てない筈のスキルを得てしまって、セリナは村を追放されてしまった訳だから。
いずれにせよ、今現在のシーナは矢が尽きたりしない限りは戦えるし、万が一にも尽きたら【射撃術】を活かして投石も可能。
まあ、弓矢を使った攻撃には劣るのだろうが……
一方のユートは?
「はっ!」
可成りが忘却してしまった【緒方逸真流】だけど、サリュートとの修業のお陰で幾らか再修得している。
そもそもが多対一での、謂わば戦場での技が刀舞と呼ばれたユートの剣技、敵のオーク連中をその技にて屠っていた。
特に一度の抜刀で二度の攻撃を行う【緒方逸真流抜刀術・弐真刀】、この技は抜刀の際に敵の首を斬り落として然る後、納刀の際に別の敵の首を落とすというモノである。
言うは易し。
実際にやろうとすれば、タイミングや抜刀と納刀の速度や敵との対比距離と、様々な事象を計算に入れた上で駆け抜けつつ放つ為、実は可成り難しい。
ユートは比較的に近場で二匹のオークを視るなり、一気に駆け出して剣の柄に手を添え、オークとオークの狭間を駆け抜けた瞬間に抜刀と納刀を刹那で行う。
ユートが通り過ぎたら、オーク二匹の首が落ちた。
「殺り難い……な」
ユートが持つのは刀という訳ではない。
飽く迄も抜刀術が何とかやれる改造を施した剣。
両刃だったのを片刃にして刀っぽくしただけだ。
反りも無い直刀に近く、抜刀術には向かない形状ではあるが、今は文句を言える状況ではなかった。
「五匹……」
走る先にオークが五匹。
「まずは二匹!」
斬っ! 斬っ!
その首を落とす。
「次ぃっ!」
納刀の瞬間に三匹目となるオークの背後にくるりと回り込み、その刹那で剣を背中へと叩き込んだ。
『プギィッ!』
横一文字に両断されて、オークが堪らず叫ぶ。
その時にはユートの姿は四匹目に肉薄、振り下ろされる棍棒をカン! と瞬間的に剣で跳ね上げて上段となった構えから、すぐにも袈裟懸けにオークを斬る。
【緒方逸真流宗家刀舞術・山彦返し】という技だ。
「五匹目!」
四匹目を斬ったその後、やはりユートの姿はその場に無く、五匹目のオークがキョロキョロと捜している中で左斬り上げで殺す。
一連の機動は全て連動をしており、その様はまるで舞い踊るが如く留まる事を知らない。
故に刀舞。
とはいえ、動き回る必要があるからスタミナが無いと使えない技でもある。
【緒方逸真流】を修める者は、基本的に体力を向上させる修業や食事療法などで技術より何よりまずは、体力を引き上げる事を肝要としてきた。
戦場で常に動き回る為、決して動きを途切れさせない為に……だ。
ここで問題となるのは、ユートの修業期間の短さ。
忘れてはならないのが、ユートの転生からアイデンティティーの回復までに、十年を越える時間が過ぎ去っているという事。
そしてアイデンティティー回復までに、ユートは何ら鍛えていなかった。
つまり、実質的に一年にも満たない修業期間で得られたものを使うしかない。
それでもゲーム風に云えば序盤故に、レベルも割と早く上がっていたからこそこうして戦えている訳で、更にはタイプⅡa繊維を得る為のトレーニングもしてきたから、爆発的な力を出しつつ長時間動けている。
だが……
(多勢に無勢……か)
此方側が僅か数十人であるのに対し、オークの側は一万にも達していた。
シーナが危険である遠距離攻撃持ち──アーチャーとメイジを潰してくれたからマシだけど、それにしてもやはり数は脅威。
正に戦いは数である。
それに此方側にも離脱者が何人か出ていた。
まあ、ハイポーションを下がって飲んで治療が完了すれば、再び戦列に加われるから死にさえしなければ薬の数だけ──三回のみでも復帰してくれる。
ポーションの類いは飲めば一気にHP回復という訳にはいかず、飲む事により徐々にHPが回復していく感じである為、一旦戦列を離れたら少し時間を置かないと戻れない。
戦線離脱者とはそういう意味である。
ユートは現状で無傷。
無双という訳ではなく、時折だがユートの死角からの攻撃がある度に、矢が飛んできてオークのド頭とか心臓を、悉くに射ち抜いていたからだった。
つまりはシーナから援護射撃を受けている。
しかも優先順位が他より遥かに高いらしく、例えばユートと青年団員が同時にピンチに陥った場合だと、間違いなくユートの方を選んで攻撃をしていた。
他の弓持ちがフォローをしてるから、それでも村人が窮地に陥ったりはしないのだけど。
助かると云えば助かる、だけど少し申し訳無い。
そんな事を言ってる場合でもないから、取り敢えずは戦働きで返すのみだ。
目の前に革製の鎧を着た剣と盾持ちのオークナイトが現れ、ユートに挑んで来たからそちらに対応する。
オークナイトはそれなりに強い個体だ。
無役のオークがレベルで云えば1~5くらいだとすると、ソルジャーみたいなのが6~12くらい。
ナイトになるとレベルは20以上に跳ね上がる。
ユートでも手に余る程に強くなる訳で、決して油断など赦されない相手。
とはいえ、レベル差とは絶対ではないから斃せないとは云わない。
実際、ユートのレベルはソルジャーなどより高いのだろうが、無防備を晒したら普通に殺されるだけ。
レベルは目安に過ぎないという事である。
能力値だってそう。
オークナイトは能力値が他より当然ながら高くて、腕力だけなら普通にユートを越えていた。
だけど素早さという意味なら、レベルがナイトより低い筈のユートが勝る。
武具やスキルがレベル差をひっくり返す、ゲームでは普通に起きる事が現実でもやはり起きていた。
事実、シーナはレベルがユート程に高くはないが、スキルによる相乗効果により容易くオーク共を殺しているのだ。
オークナイトは革鎧を着込んでいる為、斃したいなら鎧の無い部位を斬る必要があった。
然し……
(逸い!?)
ユートの方が勝っている筈の素早さの数値だけど、明らかにオークナイトが上と云える程に当たらない。
(居る……【統制】スキルを持つ個体が。ロードか、或いはキングとかプリンスだったらヤバいだろうな。せめて相手がジェネラルなら何とか)
ナイトの上位職となるだろうジェネラル。
レベルは30以上。
それでも50を越えるだろうロードよりマシだし、レベル80を越えているとされるプリンスに況んや、キングともなるとレベルは100を越えるとか。
レベル差が絶対ではないにせよ、10くらいならばまだ兎も角として間違っても今のユートに勝てる相手ではないのが、ロードだとかプリンスやキングだ。
しかも【統制】スキルは有象無象な部下を、精強足らしめるくらい厄介となるものである。
単体でも強いのに【統制】スキルを持ち、周囲に居る部下のステイタスを底上げしてしまう。
それが上位の個体となるジェネラル、ロード、プリンス、そしてキングという個体であった。
「ホントせめてジェネラルであってくれよ……」
まあ、物の本にはキングやロードやプリンスなどの【統率】スキル持ちとは、可成り産まれ難い個体であるとは書かれていたので、恐らくはジェネラルであると予測される。
希望的観測だが……
斬っ!
オークナイトを斬り裂きながら呟いたユート。
幾ら素早さが上がっているとはいえ、単純明快な程にステイタスだけが全てを決める訳ではない。
経験値を獲てレベルアップする、それは謂わば戦う者が戦いを学んだ証拠。
その恩恵として、数値が上がっていくのである。
まあ、レベルは兎も角として各ステイタスの数値は明文化されていない。
ある程度は判るのだが、経験値獲得によるレベルの上昇以外に、数値が上がる方法も在るのだから必ずしも同じレベル=同じ強さではないのだ。
「はぁっ!」
斬っ! 斬っ!
この世界に何故か存在している上に、ユートの父親のサリュートが修めていた【緒方逸真流】……
お陰で基礎の技は幾つか再修得が出来たが、やはり戦いは数だとそれが判ってしまう。
嫌という程に。
ユートのレベルは無役のオークからすれば脅威とも云えるが、何しろ数が数なだけに疲労感を感じる。
五〇やそこらなら村人と協力して殺れるが、殺したオークはユートだけで既に五〇〇匹を越えていた。
それでも、オークが七で地面が三とか笑えない。
しかも無役ならの話で、再び現れだしたアーチャーや今尚も猛威を揮っているナイト、槍使いソルジャーは足軽っぽい兵隊だけれど長物だけに厄介。
「くっ、アーチャーが……戦力の温存だと!?」
近くに居た青年団の団長が表情を顰めっ面に。
オークは基本的に莫迦、食う寝る犯るが生活の全てな連中である。
「あんな数が居るなんて、どれだけの女が犠牲になったんだよ!?」
団員の誰かが叫ぶ。
オークもモンスターであるからには、魔素から湧出するのが基本であるけど、人型にも限らないが奴らの中には、ヒトと交わって殖えるタイプも存在するのは常識な訳で、ならば数百とも千とも云えるオーク共は果たしてどう産まれた?
ユートは名も知らない、ゴブリンに犯された哀れな妖人族を思い出す。
自分の今現在持つスキル──【弓術】と【射撃術】の本来の持ち主達。
シーナが母さんが、奴隷とはいえセリナが……あんな醜い豚野郎に犯される?
一瞬、頭に浮かんだのは余りにも不愉快な想像。
(そんな事は……)
我知らず放つ刀舞。
「望まないっ!」
斬っっ!
オークソルジャーが横薙ぎ一閃で両断された。
一時間くらいか、或いは数時間は経ったのかも最早判らないが、遂に息が上がり始めたユート。
他の面々はとっくにリタイアした者も居る中では、青年団の団長共々に頑張った方だろう。
だがそろそろ限界が近付いてきている。
やはり前世に比べてみて弱体化が著しい、特に体力の低下は如何ともし難い。
「チッ!」
すぐ傍にまで斧というか鉞を持つオークファイターが肉薄してて、然しながら疲労感から接近に気付けずにいた。
弾っ!
「──何?」
オークファイターの額に深々と弓が刺さる。
「大丈夫だった?」
「シ、シーナ!? どうしてこんな所まで!」
「仕方ないよ。そろそろ、ユートも限界みたいだったんだから」
「それと君が前線にまで出るのと関係は……」
「この侭じゃ、いずれ押し切られてしまう」
「っ!」
息を呑み込む。
「そうなれば結局は同じ、私はあいつらに殺されたら儲けもの。きっとそれ以上の事になってしまうよね」
「……」
それは間違いない。
言われるまでもなく理解はしているのだ。
「貴方にはアーシエル様から与えられたブキが在る」
「だが、そんな物は見付からなかったぞ!?」
「思い出して?」
シーナの言葉は優しくて柔らかなもの。
「アーシエル様は何て言っていた?」
「確か……目を覚ました所に在るって。捜したぞ? けど何も無い原っぱだったじゃないか!」
「思い出して?」
同じ言葉。
だけど今度は力強い。
「あそこには貴方以外で、いったいナニが在った?」
「だからあそこには僕と、シーナ以外……に……は」
そして気付く。
「そう、貴方以外に在った……居たのは“私”」
「……え? いや、だって武器だろう?」
「そうだよ、武姫が在った……居たんだ」
「ブキ……?」
「武の姫と書いて武姫……私こそが君の武姫だよ」
「あ……」
ユートの手を握るシーナの表情は優しいが、だけど何処か無理をしている。
「私と契約をすればこんな危機すらどうにか出来る、そんな武具が手に入るわ。とはいっても私は事情があって男の子とその手の接触が難しい。だから……契約の言葉を私が紡いだらね、無理矢理にでも唇を奪って頂戴……」
「はぁ?」
「疑問は差し挟まないで、今はこの危機を脱する!」
「わ、判った」
目を閉じるシーナ。
まだ周囲は戦っているからこんな時間を取れてる、だけどチンタラしていたら終わってしまう。
『我が名はシーナ。最後にして最初の閃姫なり……【閃刃の護帝】たる我は此処に装主を認めん。我と汝の間に祝福在れ! 誓約開始』
それは誓約。
それは契約。
目を閉じた侭でシーナが僅かに顔を上げた。
(これ、マジで無理矢理に奪えと!? くっ、侭よ)
逃げられない様に抱き締めると、ビクッと肩を震わせてきた。
それは恐怖心からだ……
ユートは勢いでシーナの唇に自身の唇を重ねる。
「んっ!」
嗚呼、全てが解った。
「天醒っっ!」
武姫の中に在っても最高峰の武姫、即ち【閃姫】というのがシーナ達を呼び示す呼称。
シーナが粒子の様に消えた瞬間、ユートの右手には一振りの美しい刃が煌めく刀が握られていた。
剣を振るい槍を突いて、草刈り鎌で薙ぎ払う。
一対一では分が悪いなら二対一でも戦っていたし、中にはスキルを使って蹴散らす者も居た。
「はっ!」
シーナも自らが手にしたスキル──【弓術】と【射撃術】の相性と上がっていたスキルランクの相乗効果にて、オークの中でも厄介そうなナイトや長物持ちのソルジャーをハントする。
他の狩人も負けじと矢を放つが、シーナだけが異彩を放っていた。
妖人族の少女から貰い、更にユート自身のスキルを以て造った【インストール・カード】、これでスキルをインストールしたシーナは元来、得られない筈だった【弓術】と【射撃術】の二つを同時に得たのだ。
ユートが助けられなかった少女であり、此方の世界では幼馴染みという立場。
だからユートは作りたての魔導器──インストール・カードを上げた。
流石に他の人間に無料で渡す心算は無い。
今回の事があったから、魔導薬は渡したのだが……
ユートは別に『魔導器作製まっすぃーん!』に成り下がる心算などは無くて、当たり前に欲しければ相応の対価を支払って貰う。
だいいち、魔導薬は基本的に銀貨でも買える値段ではあるが、魔導具やユートの魔導器を同じ様な値段に設定は出来ない。
命の軽視?
人権を軽視する輩にだけは言われたくないものだ。
【弓術】は名前の通りに弓矢の扱いに長け、遠くへ正確に矢を飛ばす技術が高くなるスキル。
【射撃術】は弓に限らず射撃用の武器などの扱い方が上手くなり、それこそ単なる投石ですら相当の攻撃力が見込める筈。
故に【弓術】と【射撃術】は可成り相性が良い。
【剣術】は近接武器だから当然、相性という意味では最悪であろう。
だけど、元からこの手のスキルに長けた妖人族でさえも、この二つを同時に持つ事は稀というか有史以来で存在しない。
或いは持つ者も居たのかも知れないが、目立ちたくないと隠した可能性もあるから見付からなかった……という事かも。
実際、同時に持てない筈のスキルを得てしまって、セリナは村を追放されてしまった訳だから。
いずれにせよ、今現在のシーナは矢が尽きたりしない限りは戦えるし、万が一にも尽きたら【射撃術】を活かして投石も可能。
まあ、弓矢を使った攻撃には劣るのだろうが……
一方のユートは?
「はっ!」
可成りが忘却してしまった【緒方逸真流】だけど、サリュートとの修業のお陰で幾らか再修得している。
そもそもが多対一での、謂わば戦場での技が刀舞と呼ばれたユートの剣技、敵のオーク連中をその技にて屠っていた。
特に一度の抜刀で二度の攻撃を行う【緒方逸真流抜刀術・弐真刀】、この技は抜刀の際に敵の首を斬り落として然る後、納刀の際に別の敵の首を落とすというモノである。
言うは易し。
実際にやろうとすれば、タイミングや抜刀と納刀の速度や敵との対比距離と、様々な事象を計算に入れた上で駆け抜けつつ放つ為、実は可成り難しい。
ユートは比較的に近場で二匹のオークを視るなり、一気に駆け出して剣の柄に手を添え、オークとオークの狭間を駆け抜けた瞬間に抜刀と納刀を刹那で行う。
ユートが通り過ぎたら、オーク二匹の首が落ちた。
「殺り難い……な」
ユートが持つのは刀という訳ではない。
飽く迄も抜刀術が何とかやれる改造を施した剣。
両刃だったのを片刃にして刀っぽくしただけだ。
反りも無い直刀に近く、抜刀術には向かない形状ではあるが、今は文句を言える状況ではなかった。
「五匹……」
走る先にオークが五匹。
「まずは二匹!」
斬っ! 斬っ!
その首を落とす。
「次ぃっ!」
納刀の瞬間に三匹目となるオークの背後にくるりと回り込み、その刹那で剣を背中へと叩き込んだ。
『プギィッ!』
横一文字に両断されて、オークが堪らず叫ぶ。
その時にはユートの姿は四匹目に肉薄、振り下ろされる棍棒をカン! と瞬間的に剣で跳ね上げて上段となった構えから、すぐにも袈裟懸けにオークを斬る。
【緒方逸真流宗家刀舞術・山彦返し】という技だ。
「五匹目!」
四匹目を斬ったその後、やはりユートの姿はその場に無く、五匹目のオークがキョロキョロと捜している中で左斬り上げで殺す。
一連の機動は全て連動をしており、その様はまるで舞い踊るが如く留まる事を知らない。
故に刀舞。
とはいえ、動き回る必要があるからスタミナが無いと使えない技でもある。
【緒方逸真流】を修める者は、基本的に体力を向上させる修業や食事療法などで技術より何よりまずは、体力を引き上げる事を肝要としてきた。
戦場で常に動き回る為、決して動きを途切れさせない為に……だ。
ここで問題となるのは、ユートの修業期間の短さ。
忘れてはならないのが、ユートの転生からアイデンティティーの回復までに、十年を越える時間が過ぎ去っているという事。
そしてアイデンティティー回復までに、ユートは何ら鍛えていなかった。
つまり、実質的に一年にも満たない修業期間で得られたものを使うしかない。
それでもゲーム風に云えば序盤故に、レベルも割と早く上がっていたからこそこうして戦えている訳で、更にはタイプⅡa繊維を得る為のトレーニングもしてきたから、爆発的な力を出しつつ長時間動けている。
だが……
(多勢に無勢……か)
此方側が僅か数十人であるのに対し、オークの側は一万にも達していた。
シーナが危険である遠距離攻撃持ち──アーチャーとメイジを潰してくれたからマシだけど、それにしてもやはり数は脅威。
正に戦いは数である。
それに此方側にも離脱者が何人か出ていた。
まあ、ハイポーションを下がって飲んで治療が完了すれば、再び戦列に加われるから死にさえしなければ薬の数だけ──三回のみでも復帰してくれる。
ポーションの類いは飲めば一気にHP回復という訳にはいかず、飲む事により徐々にHPが回復していく感じである為、一旦戦列を離れたら少し時間を置かないと戻れない。
戦線離脱者とはそういう意味である。
ユートは現状で無傷。
無双という訳ではなく、時折だがユートの死角からの攻撃がある度に、矢が飛んできてオークのド頭とか心臓を、悉くに射ち抜いていたからだった。
つまりはシーナから援護射撃を受けている。
しかも優先順位が他より遥かに高いらしく、例えばユートと青年団員が同時にピンチに陥った場合だと、間違いなくユートの方を選んで攻撃をしていた。
他の弓持ちがフォローをしてるから、それでも村人が窮地に陥ったりはしないのだけど。
助かると云えば助かる、だけど少し申し訳無い。
そんな事を言ってる場合でもないから、取り敢えずは戦働きで返すのみだ。
目の前に革製の鎧を着た剣と盾持ちのオークナイトが現れ、ユートに挑んで来たからそちらに対応する。
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無役のオークがレベルで云えば1~5くらいだとすると、ソルジャーみたいなのが6~12くらい。
ナイトになるとレベルは20以上に跳ね上がる。
ユートでも手に余る程に強くなる訳で、決して油断など赦されない相手。
とはいえ、レベル差とは絶対ではないから斃せないとは云わない。
実際、ユートのレベルはソルジャーなどより高いのだろうが、無防備を晒したら普通に殺されるだけ。
レベルは目安に過ぎないという事である。
能力値だってそう。
オークナイトは能力値が他より当然ながら高くて、腕力だけなら普通にユートを越えていた。
だけど素早さという意味なら、レベルがナイトより低い筈のユートが勝る。
武具やスキルがレベル差をひっくり返す、ゲームでは普通に起きる事が現実でもやはり起きていた。
事実、シーナはレベルがユート程に高くはないが、スキルによる相乗効果により容易くオーク共を殺しているのだ。
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然し……
(逸い!?)
ユートの方が勝っている筈の素早さの数値だけど、明らかにオークナイトが上と云える程に当たらない。
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レベルは30以上。
それでも50を越えるだろうロードよりマシだし、レベル80を越えているとされるプリンスに況んや、キングともなるとレベルは100を越えるとか。
レベル差が絶対ではないにせよ、10くらいならばまだ兎も角として間違っても今のユートに勝てる相手ではないのが、ロードだとかプリンスやキングだ。
しかも【統制】スキルは有象無象な部下を、精強足らしめるくらい厄介となるものである。
単体でも強いのに【統制】スキルを持ち、周囲に居る部下のステイタスを底上げしてしまう。
それが上位の個体となるジェネラル、ロード、プリンス、そしてキングという個体であった。
「ホントせめてジェネラルであってくれよ……」
まあ、物の本にはキングやロードやプリンスなどの【統率】スキル持ちとは、可成り産まれ難い個体であるとは書かれていたので、恐らくはジェネラルであると予測される。
希望的観測だが……
斬っ!
オークナイトを斬り裂きながら呟いたユート。
幾ら素早さが上がっているとはいえ、単純明快な程にステイタスだけが全てを決める訳ではない。
経験値を獲てレベルアップする、それは謂わば戦う者が戦いを学んだ証拠。
その恩恵として、数値が上がっていくのである。
まあ、レベルは兎も角として各ステイタスの数値は明文化されていない。
ある程度は判るのだが、経験値獲得によるレベルの上昇以外に、数値が上がる方法も在るのだから必ずしも同じレベル=同じ強さではないのだ。
「はぁっ!」
斬っ! 斬っ!
この世界に何故か存在している上に、ユートの父親のサリュートが修めていた【緒方逸真流】……
お陰で基礎の技は幾つか再修得が出来たが、やはり戦いは数だとそれが判ってしまう。
嫌という程に。
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それでも、オークが七で地面が三とか笑えない。
しかも無役ならの話で、再び現れだしたアーチャーや今尚も猛威を揮っているナイト、槍使いソルジャーは足軽っぽい兵隊だけれど長物だけに厄介。
「くっ、アーチャーが……戦力の温存だと!?」
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「あんな数が居るなんて、どれだけの女が犠牲になったんだよ!?」
団員の誰かが叫ぶ。
オークもモンスターであるからには、魔素から湧出するのが基本であるけど、人型にも限らないが奴らの中には、ヒトと交わって殖えるタイプも存在するのは常識な訳で、ならば数百とも千とも云えるオーク共は果たしてどう産まれた?
ユートは名も知らない、ゴブリンに犯された哀れな妖人族を思い出す。
自分の今現在持つスキル──【弓術】と【射撃術】の本来の持ち主達。
シーナが母さんが、奴隷とはいえセリナが……あんな醜い豚野郎に犯される?
一瞬、頭に浮かんだのは余りにも不愉快な想像。
(そんな事は……)
我知らず放つ刀舞。
「望まないっ!」
斬っっ!
オークソルジャーが横薙ぎ一閃で両断された。
一時間くらいか、或いは数時間は経ったのかも最早判らないが、遂に息が上がり始めたユート。
他の面々はとっくにリタイアした者も居る中では、青年団の団長共々に頑張った方だろう。
だがそろそろ限界が近付いてきている。
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「チッ!」
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弾っ!
「──何?」
オークファイターの額に深々と弓が刺さる。
「大丈夫だった?」
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「仕方ないよ。そろそろ、ユートも限界みたいだったんだから」
「それと君が前線にまで出るのと関係は……」
「この侭じゃ、いずれ押し切られてしまう」
「っ!」
息を呑み込む。
「そうなれば結局は同じ、私はあいつらに殺されたら儲けもの。きっとそれ以上の事になってしまうよね」
「……」
それは間違いない。
言われるまでもなく理解はしているのだ。
「貴方にはアーシエル様から与えられたブキが在る」
「だが、そんな物は見付からなかったぞ!?」
「思い出して?」
シーナの言葉は優しくて柔らかなもの。
「アーシエル様は何て言っていた?」
「確か……目を覚ました所に在るって。捜したぞ? けど何も無い原っぱだったじゃないか!」
「思い出して?」
同じ言葉。
だけど今度は力強い。
「あそこには貴方以外で、いったいナニが在った?」
「だからあそこには僕と、シーナ以外……に……は」
そして気付く。
「そう、貴方以外に在った……居たのは“私”」
「……え? いや、だって武器だろう?」
「そうだよ、武姫が在った……居たんだ」
「ブキ……?」
「武の姫と書いて武姫……私こそが君の武姫だよ」
「あ……」
ユートの手を握るシーナの表情は優しいが、だけど何処か無理をしている。
「私と契約をすればこんな危機すらどうにか出来る、そんな武具が手に入るわ。とはいっても私は事情があって男の子とその手の接触が難しい。だから……契約の言葉を私が紡いだらね、無理矢理にでも唇を奪って頂戴……」
「はぁ?」
「疑問は差し挟まないで、今はこの危機を脱する!」
「わ、判った」
目を閉じるシーナ。
まだ周囲は戦っているからこんな時間を取れてる、だけどチンタラしていたら終わってしまう。
『我が名はシーナ。最後にして最初の閃姫なり……【閃刃の護帝】たる我は此処に装主を認めん。我と汝の間に祝福在れ! 誓約開始』
それは誓約。
それは契約。
目を閉じた侭でシーナが僅かに顔を上げた。
(これ、マジで無理矢理に奪えと!? くっ、侭よ)
逃げられない様に抱き締めると、ビクッと肩を震わせてきた。
それは恐怖心からだ……
ユートは勢いでシーナの唇に自身の唇を重ねる。
「んっ!」
嗚呼、全てが解った。
「天醒っっ!」
武姫の中に在っても最高峰の武姫、即ち【閃姫】というのがシーナ達を呼び示す呼称。
シーナが粒子の様に消えた瞬間、ユートの右手には一振りの美しい刃が煌めく刀が握られていた。
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はぁ?とりあえず寝てていい?
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<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
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