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第八章

ルイスは嗤う

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 ワイアー河はゼノディクスの一級河川に指定されている。王都を縦断する河で、広く長く水量が多く、自然の景観も美しい河だ。

 別の二つの河と合流していて国で一番大きく有名な河で、悠々と流れるその河を見ながらお茶の出来るカフェやレストラン、宿屋など多くの店が軒を連ねる、ここもまた観光名所の一つでもある。


 そんな河沿いのあるとても人気の高いカフェの屋外にある白いパラソル付きのテーブルとイスのセットが並ぶ一つに美しい男が座ってコーヒーを飲んでいる。

 長い脚を組んで、新聞を読みながらのその姿にランチ中のお嬢様方はチラチラと視線を向けているが、気付いているのか、それともどうでも良いのか新聞を読み終えると、たたんで横に置き、残りのコーヒーを飲み終えると顔を上げて路の向こうに視線をやった。

 「ゼスクア、ここだ」

 片手を上げて呼ぶ。少し先でキョロキョロしていた男がニコリと笑って手を上げた。
 
 「なんだ、ルイス、ここに居たのか、最近宿舎にも連絡がないし、どうしているのかと思っていたんだ」

 「いろいろとあってな、私は城の兵士を辞めたんだ。今は別の仕事をしている」


 ルイスは細かく美しい同色の刺繍の縁飾りが付いた品の良い白のシャツに、トラウザーズ、ウエストコートにロングコートは揃いの絹の生地に意匠を凝らしたやはり細かい刺繍の生地の衣服を着て、足元には品の良い柔らかそうなハーフブーツを履いていた。

一目で高価な品と知れる物だが、そのデザインや細かい造りがゼノディクスの物ではないなと思える品だった。


 ゼスクアもゼノディクスの近衛兵であり、身目も良いが、その近衛の中でもルイスは格別に美しい男だったが、何だろう、以前よりももっと美しく、生活感のないルイスに不思議な感じを受ける。

 一時いっときはエミリアンを追って異常な執着を見せていた。その時はかなり疲れた感じだったが、これは今までにない程の余裕と自信を感じる。

 その迫力と美貌に男であっても目が止まるといった具合だ。

 「そうか、じゃあその仕事がお前に合っているんだな、前よりだいぶ落ち着いたように見えるぞ、安心したよ」

 「そうかな?だったらいいんだけど、エミリアンもそう思ってくれるかな?」

 「…お前まだ一緒に暮らすの諦めてないんだな。まあ、一生懸命働いて真面目にやってる所を見せれば、いつかは一緒になってくれるかもしれないがな…」

 「ああ、だって、私の妻だ。子供だっているんだ、僕によく似ていた…」

  ルイスはテーブルに頬杖をついて少し考えこむような仕草をして、それから笑った。そんな仕草ですら絵になる。

 「お前いつ見たんだよ、会えなかっただろ?彼女ハッサ家の出だそうだぞ」
 
 「ああ、知ってる。でもちょっとだけ彼女には会えたし、子供はこっそり見たんだ。本当に可愛い盛りだ」

 「…そうだな、お前とそっくりの金髪で、顔立ちも似ていたな。大きくなったらお前みたいに男前になるだろうなと思う」


 「そうか、ありがとう。所でさ、ゼスクアに頼みがあったんだ」

 「頼み?でもエミリアンには会わせられないぞ」

 「わかっているよ、そうではなくてゼクスアに頼みなんだ」

 「私に出来る事であればな、なんだ?」

 「うん、これなんだけど…」


 ゼスクアはルイスがハッサ家でしでかした騒ぎも、城の兵士寮からも荷物を残して消えている事も知らなかった。

 今日は休みの日で、ルイスから日時指定で会いたいと言う手紙が届いたので来ただけだ。

 だから全く何も警戒などしていなかった。

 ルイスと話をしているうちに、次第に頭がぼんやりとして来たなと思ったのを最後に、気が付いたらいつの間にか近衛兵の兵舎の自分の部屋まで戻って居たことに驚いた。


 ルイスに会いに行って話をしていた途中までは覚えているのだが、その後どうしたのか、いつの間にここに戻って来たのか全く覚えていない事に頭をかかえた。



 一方目的を果たしたルイスは、焦点の定まらない瞳で、夢遊病者のように帰途についたゼスクアを見て、ちょっと子首をかしげる。

 「ゼスクアがぼーっとしているから、危なくないように誰か送り届けてやってくれないかな?」

 その、誰にともなく呟いた彼の言葉に反応して、ぜスクアの後をユックリと付いて行く人物がいた。フラフラと歩くゼスクアが人にぶつかったりしない様にさりげなく誘導している。



 翌日、ゼスクアが登城し、近衛兵の鍛錬に参加する為に修練場に行こうとした所、急に気分が悪くなった。
ムカムカとした吐き気に襲われ近くの洗面所に走って行ったが、吐き気が治まらず、嘔吐物をゲーゲーと戻している最中についには目の前が真っ暗になり昏倒してしまった。

 運悪く誰も居ず、彼が倒れてから暫くして、彼の口をこじ開け、中から黒いタランチュラの様な大蜘蛛がもぞもぞと這い出て来た。


 『結界が面倒だから、ゼスクアの中を借りちゃった。でも、後遺症はないからきっと許してくれるよね、ああでも何されたか覚えてないから大丈夫か、さあ今からショータイムだよ』


 城の正門前の広場のオープンカフェでコーヒーをしながらルイスは薄っすらと微笑み城壁の向こうを透かし見るように目を眇めた。


 その頃、チリチリと嫌な感覚がアレンの首元を這うように刺激していた。
 
 「異物が侵入したようだが、いったい何処から…」


 アレンの手の平から、光が天井を突き破るように発せられ城の上空に魔法陣が現れる。


 探すには小さすぎる蜘蛛をまるでピンポイントで探したレーザーの様に、そこからいかづちが落とされた。

 城前の広場で朝のコーヒーを楽しむ客達は口々に何かを叫びながら城を指さしている。

 それを見ながら、ルイスは嗤っていた。


 いかづちが落ちた場所にいた蜘蛛は、黒焦げになる所か、巨大化して周囲の建物を踏みつぶし始める。

 魔法師団が駆け付け蜘蛛退治が始まると、そこから瘴気が立ちのぼり始め周囲を溶かし始めた。酷い悪臭とガスが充満し、広場からも皆逃げ出し始める。

 アレンは一時魔法師団を撤退させ、大蜘蛛を結界で縛った。

 城に配置してある特殊な結界石を発動させると、蜘蛛の動きが止まり瘴気が消えて行く。

 「カルド、燃やし尽くせ」

 「はっ!火蜥蜴の陣」

 カルドの指揮で赤いローブの魔法師団があっという間に地面に浮き出た魔法陣に配されると、爆炎の柱が立ち上がり大蜘蛛の姿すら残さずに一瞬で消した。


 後に残ったのは壊れた周囲の建物と怪我人だった。


 「そろそろいいかな?今は結界石使っちゃったから、とても無防備だよね」


  ルイスは独り言を呟いてイスから立ち上がった。

 

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