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第三章
3.ガブラメルドの街
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アバルドおじさんが連れて行ってくれたのは、建物は年季が入っているけれど、大きくて、りっぱな宿屋だった。
サントルデ村での生活は、前世の小作人の生活とは違い(あまり細かい所までは覚えていないけど)、天と地程に違って豊かな生活だったのだ。
生まれた時から、父さまに生活の面倒を見て貰い、あたたかい愛情に包まれて、美味しい物を食べ、柔らかい寝床で眠り、何不自由ない暮らしだ。
ただ、竜王城(サンテロッサ)での事は所々頭に残っていて、威圧するような大きな石の城で、中も贅を尽くされた物で出来ていて、何もかもが大きな造りで、身体に合わなかったのを覚えている。
それにしても、ガブラメルドの街のように、人々が行きかう大通りや、大きな建物に賑やかな街を見るのは、生まれて初めての事で、見る物全てが珍しかった。
パンを売る店、肉を売る店、野菜を売る店、食器を売る店、洋服を売る店、家具を売る店、刃物を売る店etc…
何か一つの物だけを扱って売るというお店や、一つ一つの建物の立派さ、街の全てが小綺麗で、続く石畳に、馬車や人。
今までの生活環境とかけ離れた場所は、何もかもが珍しく、驚きを感じた。
行き交う人々の、着ている洋服もさまざまで、村で見ていたような簡素な物とは違い、特に、女性の来ている煌びやかで、華やかな色とりどりに花をちらしたような恰好は、とても興味深かった。
髪も複雑に編み上げられて、花飾りや細工を凝らした帽子などを被った人もいて、きょろきょろしてしまう。
見た事のない動物を肩に乗せたり、連れて歩く人、初めて見る物が多く、父さまの手を握って歩く。
サンディとアバルドおじさんは私達の後ろを歩いた。
通り過ぎる人は、父さまを見ると思わず目を見張り、立ち止まる人もいた。
そして、私を見て目を細めて可愛いと言っているのが聞こえ、それが何度も続くと、そのうち何だか恥ずかしくなった。
繋いでいる手に、ぎゅっと力が入る。
「どうした?」
「父さま、もう宿に帰っていい?」
「勿論だ、疲れたか、ん?」
すぐに、父さまが抱き上げたので、首にしがみ付いて肩に顔をふせた。
父さまのいい香りがする。額を擦り付けた。
その時もあちらこちらから視線を感じた。
もしかしたら、疲れていたのかもしれない。
そのまま、ゆらゆらと歩く揺れが心地よく、父さまにくっついているのが安心出来たのか、眠ってしまったようだ。
すこしして、父さまに宿に連れて帰られ、ベッドに降ろされた。
靴を脱がし、洋服も上着を脱がせて、優しく布団を掛けてくれたのがわかった。
なぜか起きているのと、眠っているのとの狭間にいる様な感じがする、起きなくてはと思うのに身体が動かない感じだ。
そのまま、身体が横たえられると、ずっと深い所へ落ちて行く様な不思議な感覚がした。
だめ、もどらないと、ああ、なのに、どんどん何処かに引き寄せられる…
そうして気がつくと、暗闇の中、私は立ち尽くしていた。
石で出来た、暗く地中深くに、太陽が完全に遮断された場所だと思った。
カビ臭い、湿り気を帯びた冷たい場所に居る様な気がする。
どこかで、ピチョンと雫が落ちるような音がした。
ゾクリと悪寒がして、身体が震えた。
『 ワ タ シ ノ ツ ガ イ・・・ 』
急に腹に響く低い声が頭に響いた。
ハッと足下を見ると、暗闇の中、眩いばかりの長い黄金の髪が散らばっている。
目で辿ると、石の床にほの青く輝く、魔術で描かれた六芒星の内側に、身体中を呪詛の鎖で縛られ、大の字に拘束された、とても美しい男の人が顔を此方に向けて、とても悲しそうな顔で私をじっとみつめていた。
その姿には見覚えがあった。
一瞬、身体がぶるりと震えて足がすくむ。
「あ、あなたは・・・」
その男の視線には、今まで向けられた事のない程の、深く暗いものが潜んでいて、視線が絡んだ瞬間、例えようのない恐怖心が這いあがって来た。
『 コ イ・・・オ マ エ ハ・・・ワ タ シ ノ・・・』
「嫌だ!!」
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!
黒い瘴気が周りを満たして行くのがわかる。
早くここから出て行かなくては、そう思った時、突然誰かが、そこから身体を掴み、引き上げてくれた。
「父さま!」
目を開けると、やはり自分は父さまに助けられていた。
「父さま!父さま!」
「大丈夫だ、大丈夫、ニコはここにいる、お前が見たのは幻だ」
私は、宿のベッドの上に居て、父さまにしがみ付いていた。
身体からいやな汗が吹き出し、頭もじっとりと湿り気を帯びている。
そのまま、背中を撫でて貰いながら、落ち着くまでそうしていたが、先程 ベッドに横になってから、さほど時は経っていなかった様だった。
「ここは方角と風の流れが良くないのだな。竜の執着は幻を見せる。怖い思いをさせた、もう大丈夫だ」
浄化をかけてもらい、着替えてさっぱりした。
父さまが掌で私の額を押さえる様にして何かを唱えると、フッと心の重さから解放された様な気がした。
落ち着いてから、夕食を食べにアバルドおじさんと、サンディも一緒に宿の食堂に行った。
そこは雑多な人々が、ワイワイガヤガヤとビールや食事と楽しむ広いホールで、人の活気のある気が充満し、先ほどの恐怖心が和らいだ。
四人(サンディも入る)で食堂の壁際のテーブルに座り、おじさんが纏めて色々な食べ物を注文してくれた。
「鹿と太耳兎のソーセージの盛り合わせと、イモ揚げ大盛り、シシ肉と根菜の煮物四人前とおつまみ盛り合わせ。飲み物はビール、ジョッキ二つと、リンゴ水二つ、あと甘味は焼きリンゴのパイ包み、とりあえず」
「何が、とりあえずだ、お前が責任持って食べろ」
「残ったら俺が片付けるさ、任せろ。ここのソーセージはとても旨いんだ、ここで作ってるんだぜ、それに焼きリンゴのパイ包みはニコとネズミが絶対大好きだ」
アバルドおじさんは、自信満々に言い放つ。
後で、追加でアバルドおじさんは別の料理も頼み、テーブルの上は料理で一杯になった。
でも本当に、料理のどれも、ソーセージもこたえられないおいしさだった。
私は、どの料理も少量ずつ貰って、味見した。
熱々のソーセージはフォークで突き刺すだけでプチリと、膨張して詰まった肉に張りつめた皮が裂ける音がして。
肉汁がジュワリと穴から流れ出る様は、視覚的にもおいしそうで、一口かんでパリッと言う皮が弾ける音と、口の中に広がるソーセージの肉汁とぷりぷりした食感は期待を裏切らなかった。混ぜてある香草で、濃い獣臭さは感じず、その混ざった香がいいアクセントになっている。
「うーんっ、おいしいねえっ」
おもわず、口いっぱいにほおばりながら、言った。
「そうか、良かったな」
行儀が悪いとは、思ったが、父さまはそれに関しては何も言わなかった。
「ちうっ!」
「そーだろう!」
ビール飲みながら、くし形に切って揚げてある、イモ揚げをバクバク食べ、上機嫌でソーセージや、煮物も平らげて行くおじさんは、とても頼もしい。
父さまは、マイペースでソーセージを齧りながらビールを飲み、煮物も食べていた。
近くのテーブルの人達が、父さまを指さしトローンとした暑苦しい視線で見ていた。
「オレ、ソーセージになりたい」
とか、いみふめいな言葉はたぶん聞きまちがいだとおもう。
店の給仕のお姉さんが、たくさんいたけど、父さまより綺麗な人はいなかった。
街の中でもそうだったから、やっぱり村の人が言っていたように、父さまは誰が見ても『女神様の様に美しい』のだろう。
サンディは、最後の〆のリンゴのパイ包みがお気に入りで、『じう、じう』言いながら体を少し揺らしていたので、父さまに注意されていた。
たくさん食べて、飲んで、もうお腹いっぱいになった所で、お金を払って部屋に戻った。
支払いは、面倒なので父さまが全ておじさんにあらかじめ巾着を渡して頼んでいる。
宿の部屋は、おじさんは廊下を挟んで反対側の部屋で、父さまと私とサンディは同じ部屋だ。
ベッドは二つあったけど、私は顔を洗い歯を磨いて、父さまに浄化をかけてもらうと、父さまの寝る方のベッドに潜り込んだ。
もう一つのベッドはサンディに譲り、今日は父さまと一緒に眠る事にしたのだ。
「王都の家に行っても、一緒に眠ってくれる?」
「ああ、ニコが怖くなくなるまで一緒に眠ろう」
「うん」
父さまがベッドに入って来たので、脇に入り込み胸に顔を預けた。
あの、暗い石の部屋に零れた黄金の髪が目の前にちらついて頭から追い出す。
やっぱり、父さまが居てくれる、ここが一番安心だ、私は父さまに身体を預けて直ぐに眠りについた。
サントルデ村での生活は、前世の小作人の生活とは違い(あまり細かい所までは覚えていないけど)、天と地程に違って豊かな生活だったのだ。
生まれた時から、父さまに生活の面倒を見て貰い、あたたかい愛情に包まれて、美味しい物を食べ、柔らかい寝床で眠り、何不自由ない暮らしだ。
ただ、竜王城(サンテロッサ)での事は所々頭に残っていて、威圧するような大きな石の城で、中も贅を尽くされた物で出来ていて、何もかもが大きな造りで、身体に合わなかったのを覚えている。
それにしても、ガブラメルドの街のように、人々が行きかう大通りや、大きな建物に賑やかな街を見るのは、生まれて初めての事で、見る物全てが珍しかった。
パンを売る店、肉を売る店、野菜を売る店、食器を売る店、洋服を売る店、家具を売る店、刃物を売る店etc…
何か一つの物だけを扱って売るというお店や、一つ一つの建物の立派さ、街の全てが小綺麗で、続く石畳に、馬車や人。
今までの生活環境とかけ離れた場所は、何もかもが珍しく、驚きを感じた。
行き交う人々の、着ている洋服もさまざまで、村で見ていたような簡素な物とは違い、特に、女性の来ている煌びやかで、華やかな色とりどりに花をちらしたような恰好は、とても興味深かった。
髪も複雑に編み上げられて、花飾りや細工を凝らした帽子などを被った人もいて、きょろきょろしてしまう。
見た事のない動物を肩に乗せたり、連れて歩く人、初めて見る物が多く、父さまの手を握って歩く。
サンディとアバルドおじさんは私達の後ろを歩いた。
通り過ぎる人は、父さまを見ると思わず目を見張り、立ち止まる人もいた。
そして、私を見て目を細めて可愛いと言っているのが聞こえ、それが何度も続くと、そのうち何だか恥ずかしくなった。
繋いでいる手に、ぎゅっと力が入る。
「どうした?」
「父さま、もう宿に帰っていい?」
「勿論だ、疲れたか、ん?」
すぐに、父さまが抱き上げたので、首にしがみ付いて肩に顔をふせた。
父さまのいい香りがする。額を擦り付けた。
その時もあちらこちらから視線を感じた。
もしかしたら、疲れていたのかもしれない。
そのまま、ゆらゆらと歩く揺れが心地よく、父さまにくっついているのが安心出来たのか、眠ってしまったようだ。
すこしして、父さまに宿に連れて帰られ、ベッドに降ろされた。
靴を脱がし、洋服も上着を脱がせて、優しく布団を掛けてくれたのがわかった。
なぜか起きているのと、眠っているのとの狭間にいる様な感じがする、起きなくてはと思うのに身体が動かない感じだ。
そのまま、身体が横たえられると、ずっと深い所へ落ちて行く様な不思議な感覚がした。
だめ、もどらないと、ああ、なのに、どんどん何処かに引き寄せられる…
そうして気がつくと、暗闇の中、私は立ち尽くしていた。
石で出来た、暗く地中深くに、太陽が完全に遮断された場所だと思った。
カビ臭い、湿り気を帯びた冷たい場所に居る様な気がする。
どこかで、ピチョンと雫が落ちるような音がした。
ゾクリと悪寒がして、身体が震えた。
『 ワ タ シ ノ ツ ガ イ・・・ 』
急に腹に響く低い声が頭に響いた。
ハッと足下を見ると、暗闇の中、眩いばかりの長い黄金の髪が散らばっている。
目で辿ると、石の床にほの青く輝く、魔術で描かれた六芒星の内側に、身体中を呪詛の鎖で縛られ、大の字に拘束された、とても美しい男の人が顔を此方に向けて、とても悲しそうな顔で私をじっとみつめていた。
その姿には見覚えがあった。
一瞬、身体がぶるりと震えて足がすくむ。
「あ、あなたは・・・」
その男の視線には、今まで向けられた事のない程の、深く暗いものが潜んでいて、視線が絡んだ瞬間、例えようのない恐怖心が這いあがって来た。
『 コ イ・・・オ マ エ ハ・・・ワ タ シ ノ・・・』
「嫌だ!!」
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!
黒い瘴気が周りを満たして行くのがわかる。
早くここから出て行かなくては、そう思った時、突然誰かが、そこから身体を掴み、引き上げてくれた。
「父さま!」
目を開けると、やはり自分は父さまに助けられていた。
「父さま!父さま!」
「大丈夫だ、大丈夫、ニコはここにいる、お前が見たのは幻だ」
私は、宿のベッドの上に居て、父さまにしがみ付いていた。
身体からいやな汗が吹き出し、頭もじっとりと湿り気を帯びている。
そのまま、背中を撫でて貰いながら、落ち着くまでそうしていたが、先程 ベッドに横になってから、さほど時は経っていなかった様だった。
「ここは方角と風の流れが良くないのだな。竜の執着は幻を見せる。怖い思いをさせた、もう大丈夫だ」
浄化をかけてもらい、着替えてさっぱりした。
父さまが掌で私の額を押さえる様にして何かを唱えると、フッと心の重さから解放された様な気がした。
落ち着いてから、夕食を食べにアバルドおじさんと、サンディも一緒に宿の食堂に行った。
そこは雑多な人々が、ワイワイガヤガヤとビールや食事と楽しむ広いホールで、人の活気のある気が充満し、先ほどの恐怖心が和らいだ。
四人(サンディも入る)で食堂の壁際のテーブルに座り、おじさんが纏めて色々な食べ物を注文してくれた。
「鹿と太耳兎のソーセージの盛り合わせと、イモ揚げ大盛り、シシ肉と根菜の煮物四人前とおつまみ盛り合わせ。飲み物はビール、ジョッキ二つと、リンゴ水二つ、あと甘味は焼きリンゴのパイ包み、とりあえず」
「何が、とりあえずだ、お前が責任持って食べろ」
「残ったら俺が片付けるさ、任せろ。ここのソーセージはとても旨いんだ、ここで作ってるんだぜ、それに焼きリンゴのパイ包みはニコとネズミが絶対大好きだ」
アバルドおじさんは、自信満々に言い放つ。
後で、追加でアバルドおじさんは別の料理も頼み、テーブルの上は料理で一杯になった。
でも本当に、料理のどれも、ソーセージもこたえられないおいしさだった。
私は、どの料理も少量ずつ貰って、味見した。
熱々のソーセージはフォークで突き刺すだけでプチリと、膨張して詰まった肉に張りつめた皮が裂ける音がして。
肉汁がジュワリと穴から流れ出る様は、視覚的にもおいしそうで、一口かんでパリッと言う皮が弾ける音と、口の中に広がるソーセージの肉汁とぷりぷりした食感は期待を裏切らなかった。混ぜてある香草で、濃い獣臭さは感じず、その混ざった香がいいアクセントになっている。
「うーんっ、おいしいねえっ」
おもわず、口いっぱいにほおばりながら、言った。
「そうか、良かったな」
行儀が悪いとは、思ったが、父さまはそれに関しては何も言わなかった。
「ちうっ!」
「そーだろう!」
ビール飲みながら、くし形に切って揚げてある、イモ揚げをバクバク食べ、上機嫌でソーセージや、煮物も平らげて行くおじさんは、とても頼もしい。
父さまは、マイペースでソーセージを齧りながらビールを飲み、煮物も食べていた。
近くのテーブルの人達が、父さまを指さしトローンとした暑苦しい視線で見ていた。
「オレ、ソーセージになりたい」
とか、いみふめいな言葉はたぶん聞きまちがいだとおもう。
店の給仕のお姉さんが、たくさんいたけど、父さまより綺麗な人はいなかった。
街の中でもそうだったから、やっぱり村の人が言っていたように、父さまは誰が見ても『女神様の様に美しい』のだろう。
サンディは、最後の〆のリンゴのパイ包みがお気に入りで、『じう、じう』言いながら体を少し揺らしていたので、父さまに注意されていた。
たくさん食べて、飲んで、もうお腹いっぱいになった所で、お金を払って部屋に戻った。
支払いは、面倒なので父さまが全ておじさんにあらかじめ巾着を渡して頼んでいる。
宿の部屋は、おじさんは廊下を挟んで反対側の部屋で、父さまと私とサンディは同じ部屋だ。
ベッドは二つあったけど、私は顔を洗い歯を磨いて、父さまに浄化をかけてもらうと、父さまの寝る方のベッドに潜り込んだ。
もう一つのベッドはサンディに譲り、今日は父さまと一緒に眠る事にしたのだ。
「王都の家に行っても、一緒に眠ってくれる?」
「ああ、ニコが怖くなくなるまで一緒に眠ろう」
「うん」
父さまがベッドに入って来たので、脇に入り込み胸に顔を預けた。
あの、暗い石の部屋に零れた黄金の髪が目の前にちらついて頭から追い出す。
やっぱり、父さまが居てくれる、ここが一番安心だ、私は父さまに身体を預けて直ぐに眠りについた。
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