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第三章

1.10才の冬 サントルデ村

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 この頃、サントルデ村は、竜人国の噂でもちきりだったりする。

 私たちが住むシャナーン大陸の王都、サバルディアーノの宮殿に竜騎兵の一団がやって来たと言う噂だ。

 ファルルカナンの世界には、知られているだけで、竜人族の大陸ヴァルドフ、エルフの大陸シャナーン、ドワーフの大陸アイグ、獣人の大陸ゼルドラ、人間の大陸スルニードがある。

 その中で竜人族は、この生態系の頂点に立つ。ぶっちぎりの戦力を持つ種族と言うわけだ。

 そして、どの種族にも竜人は恐れられ、(とても)嫌われていた。

 どうあがいてもその暴力的な力の差で、太刀打ちできない他の四大陸に対して、竜人族は竜の力を振りかざし、気に入らなければ物理で押して押して押し通し、道理が通らなくても力で押して貫き通して来た。

 結果…人族、エルフ族、獣人族、ドワーフ族の四国は1200年前に同盟を結んだ。

 力技で来るなら、残る四大陸で手に手を取って、竜人国には物資を流通させないと言う協定を結んだのだ。

 竜人族には物の生産性がほぼなかった(物は全部壊すけど、細かい物は作れない、みたいな…)。

 それでも、このまま暴虐を尽くすなら、五大陸に眠る宝玉を一か所に合わせて、この世界自体を亡ぼすと言う、本気の脅しをかけたのだ。この場合、一か所と言うのはヴァルドフ大陸になる。

 正面切って戦えば、勝ち目はないが、それなりに力のある魔術師は各国には居て、それらがこっそりと竜大陸に侵入しようとすれば、出来ない事もない。

 言い伝えとして残る宝玉は、確かに五つの大陸の王家がそれぞれに保管しており、その宝玉が全て一つの大陸に集められた時、この世界は安定を無くし、滅びるだろうと言われている。
 
 結果、竜人達は大人しくするようになったものの、竜人の番(つがい)に関しては、昔と変わらず、他国で番を見つければ、勝手に攫って連れ帰ると言う事が変わらず起きていた。

 竜人にとって番は特別なもの。

 獣人にも番はあるが、特に長命な種族の竜人にとって、永い渇きと、孤独をいやす番は、獣人の番よりも特別に大切な意味を持つモノとされ、神聖視された(だが、それは竜人の勝手な言い分で、獣人族に言わせれば、ふざけんな!このやろうである)。

 竜人族はその個体の持つ力が強すぎて、他の種族を蔑視し、我らこそが特別な種族なのだと驕り高ぶってしまったのだ。

 中にはまともな竜人もいるが、竜人族の選民意識は取り払いようがなかった。

   そんな竜人族の竜騎兵の一団が、エルフの国に来たとなれば、ろくな事では無いだろうと言う話が、エルフの国中に駆け回ったと言う訳になる。

   けれど、そんな噂がこの辺境に届いたのは、実際に竜騎兵の一団がシャナーンに降り立ち、王に謁見を申し出て、謁見を済ませて帰り、それからひと月以上経ってからだった。

 竜人族の竜騎兵の一団は、二日王都に滞在し、帰って行ったらしい。その時も竜人とは思えない程礼儀正しい様子だったという。




         ※            ※            ※





   もうすぐ、この地方が秋から冬へと季節が変わる頃には、冬越しの為に美味しくなった獣たちが、森や山をうろついていることだろう。

   十歳になった私は、父さまとアバルドおじさんに、猟に連れて行ってもらう約束をしていた。

 猟に使う道具の扱い方や手入れの方法等、とても興味深い。根気よく父さまは優しい声で繰り返し教えてくれる。どんな時もそうで、その優しい声を聴いているのが私は大好き。

 猟に行くのが楽しみで、わくわくどきどきする。魔力の使い方も、いろんな術の構築のやり方も父さまに少しずつ習っている。

 特に大切なのは、自分の身体を守る防御魔法を無意識下で張れるようにということだった。これが出来る様にならなければ猟には連れていかないと言われていたので、それを聞いた日から欠かさず練習をした。

 イメージとしては、薄い魔力の膜で身体を覆うような感じだ。それから数か月、なんとか父さまの思って居る基準に達したようでOKをもらえた時は「やったー!やったー!」と大喜びした。

 それから攻撃魔法や、動物や人の倒し方というのも教わっている。最初は怖かったけど、やって良いことと、いけないことを知るには大切なことだと教わった。

 父さまがヤトトジカ病の薬を作ってから数年経ち、魔力を持たないエルフが今まで恐れていた病を予防したり、罹っても助かるようになった。

 サントルデ村では香草油や薬草の収益でそういった必要な薬の仕入れも行い、病に備える事が出来る様になっている。山から連れて戻ったヤギは頭数を増やし、乳や肉を皆で分ける事が出来るようになったのも楽しみの一つだ。


 今後も、村の皆で積み重ねて来たことで収益が増えれば、村の宝でもある子供達にも色々な教育を受けさせられるようになるだろうと、アバルドおじさんが喜んでいた。とても素晴らしいことだと思う。

 初めて猟に連れて行ってもらえる日には、サンディもリュックをしょって山に入る準備をしていた。私も自分の準備をしている所だ。

 父さまもアバルドおじさんも強い魔力を持って居るので、猟をする時の服装が普通の人が猟をするよりかなり軽装らしい。

 でも私は子供なので、ちゃんとした準備をするべきだと父さまにもおじさんにも言われた。まずは一通りの準備をして、試してみてから慣れたら自分に合ったやり方を考えて行けばよいのだと言われて、そうだなと思った。

 大変そうだけど、何でも自分でやってみたい。獲物を狩って、処理して、美味しく食べるという一通りの流れも経験したい。

 私には夢がある。父さまみたいに、色んな事を勉強して、人の役に立つことをしたい。

 初めて猟に行った日は、散々だった。一通りの注意を受けてから一緒に行動したけど、ついて歩くだけなのに転んだり、枝に服を引っ掛けたりと自分の注意力の無さにほとほと嫌気がした。

 どれだけ日々父さまやアバルドおじさん、サンディに守られているのか嫌というほど分かった。

 アバルドおじさんにも、『危なっかしくて見ていられないなあ』と言われた。

 サンディがおじさんにグジグジ文句を言った。

「そう怒るなって、可愛いから心配なんだよ、俺は」

「じうじううっ」

 ダンダン、と足を踏み鳴らしてサンディが抗議している。

「くすくす。ありがとうサンディ、でも今日は自力で付いて行く約束だったし、ちゃんと自分の実力の無さを分かってないと、怪我の元だからね」

「じうじう」

 アバルドおじさんとサンディが会話?するのを聞いているととても面白くていつも笑ってしまう。




 その冬はそうやって猟を主に勉強して過ごした。猟の基本。罠を使った猟のやり方、肉を捌いたり、剥皮も何度か経験した。道具に魔力を通して使うという経験はその後の生活にとても役に立った。

 猟で大事なのは、命を奪う時には苦しめずになるべく一発で仕留める事。生活の為に猟をするのは人の都合なのだ。害獣駆除にしても、同じだ。動物の領域を犯しているのは人なのだから。

 そうして春が過ぎ、夏が終わる。暑い日差しが陰り、冷えた風が吹く頃になり、生活に転機が訪れた。

 父さまが私を連れて、王都にある自分の家に帰る必要が出てきたというのだ。

 そもそも、私は王都に家があるなどと知らなかったし、父さまがここに住んでいる理由については、村の人が知っている理由と同じ物しか教えられていなかったので、驚きすぎてぼーっとしてしまい、他のリアクションがとれなかったが、詳しい説明は夕食後にすると言われたので、それを待つことにした。

 それは、少し前に届いた叔母さまからの手紙の内容に理由があったようだ。

 夕食を摂った後、父さまの話を居間で聞く事になった。

「ニコ、今朝お前に言った話をする。大切な話なので落ち着いて聞いて欲しい」

「うん、父さま、分かりました」

「アバルドも聞いてくれるか?」

「もちろんだ」

 食後のお茶の時は、いつもサンディがいそいそと甘い物を選んで、小皿によそってくれる。

 今までも色々な種類のジャムや果物を食べて来たが、どれも優しい甘さの美味しいものばかりだった。

 朝食の時に、パン代わりのクラッカーにバターを厚目に塗った上にこんもり置いて食べるのが好きだ。

 同じ様にパンに乗せて食べても美味しい。その時は少しパンをストーブの上で焼いてカリッとさせてからが好みだ。

 お茶を頂きながらそんな事を思っていると、父さまがお話を始めた。

「ニコ、まずはお前がシャナーンで生まれた時の話をしよう」

「はい、父さま」

 そこから、私が死産で生まれて息を吹き返したこと、それ以降の話が、父さまの静かな声で語られた。

「お前が生まれた時、お前の魂の傍には三つの気配があった。一つはネズミ、もう一つは狂った竜の執念、もう一つは呪術師の探索の目だ。私は、後の二つの気配で、竜人族の大陸で、起きたであろう事をだいたい予測する事が出来た」

「・・・」

 私は、父さまの瞳を見つめ、次の言葉を黙って待った。細かい事は分からないけど、よくない話だと思った。

 おじさんは黙って目を閉じて、父さまの話を聞いている。

「ネズミ以外はすぐに祓ったが、呪術師はその場をすぐにシャナーンのサバルディアーノだと特定していたはずだ。だから私はニコを奪われる事を懸念して、より強い結界を張れる霊山の麓を選んで、ここにニコを隠したのだ」


「…うん…父さまはニコをずっと守ってくれてる」

 それだけは、何よりも確かな事だ。

 眠っていても、起きていても、村の中で遊んで居て父さまの見えない場所に居ても、いつも父さまの強い守護の力は私をやさしく取り巻いていた。

 そして、その父さまの魔力と深い愛情と、おじさんやサンディが私を慈しんでくれる心、村の人達の真っすぐで温かい心や、自然の澄んだ空気が、私の魂の奥に付いている傷を少しずつ癒してくれた。

 そうでなければ、育って行く過程で、私もその魂の傷のせいで狂ってしまっていたかもしれないと思った。
 
「・・・『竜の大罪』という言葉がある。それは竜が自分の番を殺す事だ。竜人の世界では最も業が深く、罪が重い」

「つがい?」
 
 私の中で抜けていた言葉のかけらがピタリと嵌った。それこそが私を不安にしていた根深いものだった。

「そう、魂の番とも言われ、本来ならば何よりも大切な者だ。その大切な番を殺す事を『竜の大罪』と呼び、その罪を犯した竜人は魂を呪われ、狂竜となるそうだ」

「…竜人はきらい、とても怖かった…」

 かけらの記憶しか残っていないけれど、心の奥に沁みついた恐怖は残っている。

 父さまは震える私を、ソファーの上で膝の上に乗せ、やさしく抱きしめてくれた。

「ニコは、竜人の番に殺された者の魂を持って生まれたのだ。竜人はエルフよりも長命で生きている限り同じ魂を追うだろう」

「えっ嫌だ、こわいよ」

 私はそれ以上くっつけないだろうほどの密着度で、父さまに張り付いた。森のコアランが樹に張り付いているようだろう。

「大丈夫だ。私がニコを守る。竜に渡したりはしない」

「…ジェイ、だが、狂竜はとてつもない魔力を持つというぞ。お前が・・・もし大魔術師だとしても防げるのか?」

 ここで、はじめてアバルドおじさんが口を挟んだ。大魔術師とは何だろう?

「竜ごときに私が負けるとでも?」

「ははは、そうだろうな。俺もニコを守る。俺の家族だからな」

「そうか、お前の気持ちは嬉しい。竜騎士共がシャナーンにやって来た話を、叔母からの手紙で詳しく知ったのだが、奴らにしては先ぶれと言う殊勝な態度だった様だ。話の内容は『狂竜となった竜の、シャナーンに居る番が成人する前に、竜人族の預言者とシャナーンの国防の責任者とで話し合いを持ちたい』という事らしい。この話はクロニクス公爵家に王家から内々に相談があったそうだ」

「話し合い?何を話すっていうんだ?分からんな」

「狂竜を殺す協力をして欲しいと言う話だろう。自尊心の塊である竜人がシャナーンに頭を下げに来たのだ。あの預言者はニコが王家に関係する者だと視て知っている。五年後にニコが成人すれば、狂竜の封印はもつまい。狂っていても番を追い求める哀れな生き物だ。番を探して破壊行動を起こせば5大陸の被害は計り知れない」

「自分の国の厄介事じゃないか、自分達で何とかすればいい」

「所が狂竜を簡単に殺せるのは、その番だけだと言われている。狂竜が解き放たれれば世界が滅ぶ、王族の狂竜とはそれほどの力を持っているのだ。」

 私は、その恐ろしい話を父さまにしがみついて聞いていた。

「わ、私が、その竜を、こ、殺したら、いいんだよね」

 話を聞いていて、もうそれしかないだろうと私は思った。じゃないと世界が滅ぶのだ。

「ブッ、ゲホゲホ」

 なぜかアバルドおじさんがお茶を喉に詰まらせたようだ。

「ニコにそんな事はさせない。父さまはとても強いから、蜥蜴等に負けたりしないのだよ」

 ぶるぶると首を左右に振って、私は叫んだ。

「だめよ!綺麗で優しい父さまに、そんな事させられない!」




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