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第二章 

7.薬の効き目と温かい場所

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それから、ほどなくして、サントルデ村の数少ない子供の一人が、ヤトトジカ病に罹った。

アバルドがいつもの夕食の支度時間よりも早くに駆け込んで来たと思ったら、叫んだのだ。

「ジェイ、大変だ、ヤトトジカ病が出た!薬は、薬は、まだ駄目なのか?」

 慌てて泥だらけの靴で入って来たアバルドにジェイの片眉が上がった。だが、事が事だけに、仕方あるまい。

「薬は何種類か作ってはいるが…まだ、出来たとは言えないのだが。患者は誰だ?」
 
「ジブルガの八歳の息子だ。あいつ・・・だまって森に入って遊んで居たらしい。熱を出したんで、念の為にジブルガのカミさんが子供の服を剥がしたら、そしたら、マクマダニの噛み痕が2ケ所あったんだ。俺も確認した・・・」

 ジブルガは、アバルドの村の5人の猟仲間の内の一人だ。


「八歳か…あまり時間に猶予がないな、薬はまだ試作段階で子供に使うのはあまり気が進まない。だが仕方ない。ジブルガの家族には、病気の事を他に触れ回らないように言っておけ。薬の事も話すを禁じる。助からないかもしれないが、それでも薬を試すのか?」

「何もしなければ、確実に死に至る。それも苦しんで死ぬんだ。…すまない、なんとか助けてやって欲しい」

「それは、わからん。まだ誰にも試していない薬だ。覚悟はしておくように必ず言わなければならないぞ」

「ああ、分かった。頼む」

 ジェイフォリアがアバルドに渡した薬は24包あった。一回分ずつ紙に包まれた少量の粉薬だ。

 「この包の粉薬を3時間置きに飲ませろ。リンゴのジャムの瓶を付けてやる、ぬるめの湯にジャムと一緒に溶かして舐めさせろ、水分が摂れるようならたくさん飲ませるんだ。利尿剤が入っているから小便が多く出るはずだ。漏らしてもすぐに床を変えられるように布を重ねて敷く様に言っておけ」

 「分かった、ありがとう、行って来る」

 アバルドは薬とジャムを受け取ると、泥だらけの靴で、そのままドタドタと泥をこれでもかと落として出て行った。

 リンゴのジャムはジェイフォリアが王都の家から持って来た最高級品だ。

最近ではネズミが気に入り、紅茶に落として飲んでいたがまあいいだろう。

この辺りでは甘味はほとんど手に入らない。粉薬は少々苦いので子供には飲み辛いだろうと思ったのだ。

 ジェイフォリアは扉を開けて風魔法と水魔法を合わせて、アバルドの落として行った泥を掃き出し、ついでに浄化かけた。

 猟から帰って山の汚れを落とさずに家に入って来るとは、困った者だが、さすがに今回は仕方ない。

それよりも、薬が効けば良いが…と思うジェイフォリアだった。



   ※   ※   ※



 その後、経過から言うと、ジブルガの八歳の息子のジャニスは、幸運な事に無事元気になる事が出来た。後遺症等も殆ど無いと言っても良い位だ。こんな事は有り得ない事だった。子供の死を覚悟していたジブルガ夫婦は、ジェイフォリアとアバルドに何度も何度も礼を言った。

 まだ、体力の残っている段階で気付いたのが良かったのか、それともジャムが美味しかったのか…。

 三時間おきの薬の時間を心待ちにしていたと言う。

 薬を摂りはじめてから何度も行く小便も、支えてやれば自力でいける程だった。

 マクマダニに噛まれた患部は親が気付いた時には腫れあがっていたが、アバルドが翌日の朝、様子を見に行った時には腫れが少し引きはじめていた。

 その時、ジェイに渡され、持って行った『解毒や抗菌と肌の再生にも効く塗り薬』をジェイに言われた様に塗布し、朝晩布を替えさせたのだが、普通なら腐って崩れる傷口が、三日後には痕は残るかもしれないが、目立たない程度になるだろうと思える程に治りはじめていた。

 この一件は、アバルドがジブルガに薬を持って行った時点で、病気と薬の事は誰にも言ってはならないと口止めした事により、誰にも知られる事はなかった。

 たまたまアバルドがジブルガの家に行く直前に子供の病気が発覚した事がよかったと思われる。

 もしも、村の誰かの口から『ヤトトジカ病が治る薬がある』等と漏れたりしたら、大変な事になっていただろう。


 ジブルガも、息子のジャニスはもう駄目かもしれないと、正直思っていた。

 だがアバルドから、もしかしたら運が良ければ治せるかもしれない薬がある、保証はないが使うか?と言われた時、それでも良いので薬を使わせて欲しいと願った。

 何もしなければ、魔力をもたない息子が亡くなるのはもう分かっていたのだ。

今まで何度もそう言う場面に遭遇してきたのだから。

 礼はいらないので、病気の経過を詳しくアバルドに伝える事と、今回の病気と薬の事を黙っていてくれる事をジェイから希望していると、アバルドから伝えられたので、確かに守る事を約束した。

 だいたいまだ開発段階の薬だったので、どの程度投与した人体に効力が出るのかが分からなかったのだが、八歳の子供にヤトトジカ病の薬を投与する場合の分量の目安としてそれを手に入れる事ができたのだ。

 今後はとりあえず、ジェイフォリアは叔母にこの情報と薬を渡し、シャナーン大陸で発病した者に薬を投与して、患者から多くの情報を取る必要がある。

 そして、この薬はヤトトジカ病だけにとどまらず、おそらく魔力なしの者のかかる他の病気に対しても効力を発揮するものと思えた。



 


 一方、時間が戻るが、アバルドは、ジブルガの息子がヤトトジカ病を発病した事を知った日、とても慌てていた。

 山の猟から帰って、狩った獲物を少し分けようと思い、ジブルガの家に行き、子供のヤトトジカ病の発病を知り、そのままの汚れた格好で、ジェイの家に駆けつけて泥だらけの靴で乱入し、ジェイの家を荒らしてしまった事に気づいたのは、薬をジブルガに届け、子供に飲ませたのを見届けてから、ジェイの家まで戻った時だ。

「あ、いけね、ちゃんと水浴びて着替えして来よう…ニコを汚れた手でさわれねえしな」

 いったん踵を返して自分の家に戻る事にした。その時になって夕食も作って居なかった事に気づいた。だが、ジェイの事だ、適当に家にある物で何か作っているだろう。取り合えず、水浴びして身体を清め、着替えてからジェイの家に向かった。

もちろん、靴は汚れていない別の靴に履き替えて。


 ジェイの家に着くと、家の中から良い匂いがする。明かりの点いた暖かい人気のある家に帰ると言うのは、いいものだ。

「ただいま」

 そう声を掛けて家に入る。居間と台所は繋がっているので、すぐにテーブルに着いているジェイとネズミが見えた。

 ニコはジェイの膝の上に居る。手足をパタパタさせながらご機嫌な様子だ。にこにこしながら、アバルドを見て、「じぃーじー」とか言っている。ちがうから、それ。

「ああ、遅くなったな、疲れただろう?スープとパンだが食べるか?」

 柔らかく煮た根菜を潰した物を小さいスプーンでニコの口元にそっと運んでやりながら、ジェイが聞いてくる。

 ニコは美味しそうに、口をもにゅもにゅさせている。

「ぢう、ぢうぅ」

 ネズミもなんか言っている。

 たぶん、「おつかれさん」とでも言っているのだろう。


「いい匂いだ。貰うよ、めちゃくちゃ腹へった、今日は夕食作れなくてスマン」

「いや、友人の子供が大変なんだから、当然だ。子供は薬は飲めたのか?」

「大丈夫だ、ちゃんと飲んだよ、甘いのが嬉しかったのか、これだけか?なんて言ってたな」

「そうか、それなら良かった。また明日子供の状態を教えてくれ」
 
「分かった」
 
 手を流しで洗い、スープを皿によそって戸棚のパンを皿の縁に乗せる。スプーンをもう片方の手で引き出しから出して持って席に座った。勝手知ったるって言うか、第二のじぶん家(ち)と言う感じだ。

 湯気の立つ黄金色の透明なスープに、入っているベーコンの脂の玉がきらきらと輝き、玉ねぎやニンジン、ジャガイモなんかが小さく刻まれ沢山入っている。具沢山だ。口の中に入れると具材が柔らかく舌で口蓋に押し当てるだけで潰れる。

 スープは優しい味がした。ちょっと硬めのパンを千切ってスープに浸して食べると、とても旨かった。

 汁を吸ったパンを口に入れて噛むと、野菜の旨味が出た出汁がじゅわーと染み出し、そのままだとただパサついた硬いパンも、出汁を吸って柔らかく広がって、噛んだときにしっかりとした弾力と、うまみと酵母の香を感じる。

 これだけでも、腹が膨れるだけ食べ続けられそうな程旨い。

 でも、それは自分でない誰かが、手を掛けて作ってくれた、温かい食べ物を食べるから感じられる物だ。温かい部屋の温もりと人の会話がこんなにも嬉しいものだとは・・・。

 ジェイフォリアは、何についても、一度教えれば次に自分がそれをする時には、間違えずその通りに、いやそれ以上に出来る型(タイプ)の人物だ。

猟にしても、食事の用意にしても、その他の家事にしても、その記憶力の良さと器用さには感心する。

 「うまいな、ニコもおいちいか?」

 アバルドがジェイに抱かれて座っているニコに声を掛ける。

 「じぃー、んまー」

 ニコが目をくりくりさせて頭を上下に振るのが、文句なしに可愛い。

 ジェイがテーブルでニコが頭を打たないように、そっと手を添える。

 「そうか、旨いか、しっかり食べろよ」

 抱き上げてチューでもしたい可愛さだ。

 ほんと、赤ん坊ならではのぷにぷにした頬や、お人形みたいに可愛い姿も、血が繋がった爺(じじい)でなくても自慢したくなる位可愛い。

 その夜は酒を飲まずに、食後はお茶にした。もしも、ジブルガの息子の容態が急変した時に備えておかなくてはならない。

 そう言えば、ジブルガの子供に、ねずみのジャムをやってしまったよなと、戸棚を見ると、ネズミの手の届く下の方に、新しい大きなジャムの瓶がふたつ置かれていた。

 アバルドも、ネズミがジャムを気に入っていたのを知っていたのだ。

 その一つの瓶には、見るからに美味しそうな白い果肉の、中心が紅く色づいたのが良く見える様に、果肉を縦半割にして瓶の側面に押し付け見えるように並べられたていた。とても大きな白いイチジクの甘煮が並んでいる。

見るからに、超高級品ですと言った瓶詰めだ。金の型押しのラベルが眩しい。

「ネズミがジャムがないと言って、怒るので新しいのを出しておいた。イチジクの甘煮とプラムのジャムだ」

 ジェイが笑って言うので、ネズミを見ると、さっそくイチジクの甘煮の瓶の蓋を、キュイキュイ捩じって器用に開けて、中の大きいイチジクの果肉を取り出し、皿に盛って持って来た。

「甘くて旨いぞ、疲れた時には甘い物を食べると落ち着く。食べてみると良い」

 ジェイの言葉にフォークで突き刺し、その大きな塊を口に入れた。

「これは…うまいな」
 
 ふうわりと、甘い花の様な香と果肉からジュワリと出るとろ甘い煮詰めた汁。

「そうか、それは良かった。妻の好物だったのだ。ちょっとおかしなくらい沢山ジャムや果物の甘煮を購入していたので、そのまま持って来た。一緒に食べてくれると嬉しい」

「あー、たぶん子供(ニコ)とお前に食べさせるつもりだったんじゃないか?自分の好きな物は家族にも食べさせたくなるからな」

「…そうだな」

 視線を伏せたジェイの長い睫毛の影が頬に落ちる。
 
 凄い美人(男だけど)とかわいい孫(仮)…とネズミの住む、なんだか落ち着ける、アバルドの『ただいま』と言える場所は、とても居心地が良かった。





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