44 / 46
第六章
1.終わりと始まり1
しおりを挟む
暗くなってから、神社を出て東神家に向かった。
神社で百家くんが簡単な結界の張り方を教えてくれた。刀印と言って両手の中指と人差し指を立てる。じゃんけんのチョキを出した時に指を閉じた形のままの状態で、右を刀に左を鞘に見立てて向かい合わせにして左手の握った部分に右の指を差し込む。重なった両手を左の腰に当てて、右手を抜き五芒星を描くという手法だった。
それを使えば、悪いものが入って来れないし、取り憑いていたモノを祓うことができるのだそうだ。
両足を肩幅に開いて踏み締め、何度もその場で素早く出来るように練習した。
「えっと、私が百家くんの真似事でこれをやってもちゃんと効くのかな?」
半信半疑の気持ちを思わず口にする。
「大丈夫。自分の周りに天地のエネルギーが取り巻いて守ってくれるイメージでやってみるといい。それに白狐もお前を気に入っているから、手伝ってくれる。絶対大丈夫だ」
「うん、分かった。ありがとう」
こういうのは気持ちが大切だ。そう思うとなんだか身体がすっきりとして力が漲ってきたような感じがする。
百家くんの話だと、東神家の奥様に取りついた悪霊は、恐らく長年あの人に憑いていたのだろうという話だった。
魂が蝕まれすでに人の気持ちを失い、悪霊の入れ物へと変わっているかもしれない。悪霊は東神家を祟り血筋を途絶えさせるために戻ってくる。残っている東神家の直系はご当主とお兄さんだ。暗く歪んだ苦しい道へと引きずられれた彼らの人生がどうか元に帰りますようにと強く願う。
そんな強い想いを胸に、到着した東神家の地に降り立った。百家くんのお祖父さんとお母さんも神職の装束を身に着けていて、空気がぴんと張りつめている。
玄関で出迎えてくれたお二人は、私を見て驚いた顔をした。
「き、君は・・・なんてことだ・・・こんな事があるのか?」
ご当主は口元に震える手を当てて黙り込んだ。目には涙が浮かんでいる。
お兄さんを見ると、眼鏡の奥の瞳は懐かしい者でも見るような、そんなやさしくて悲しそうな眼差しだった。
「眼鏡を外したら、本当に亡くなった兄によく似ている・・・戻って来てくれたんだと・・・思ってしまうよ」
「・・・うん」
そうなんだな、と、不思議な話なのに驚かなかった。私はそうなるべくしてここに還って来たんだなと思ったのだ。
この顔は自分の父親に似ているのだと思い込んでいたけれど、似ているのは目が大きいということだけで、不思議なことに、時折垣間見る生まれる前の自分の顔に酷似していたのだ。それはこの世に同じ魂を抱えたまま再び還ったという一つの目印だったのだろうか。
今なら分かる。私へと生まれてくる前に、心を残してきた場所。だからここへ戻った。
幼くして亡くなった前世の少年の心の一部が流れ込んでくる。
「この気持ちが前世のものなら、二人に会えてとても嬉しいって感じてる。お兄さん、いや、春くん。そしてお父さんに・・・」
しらず自分の頬に涙が流れているのに気づき、手の甲で拭こうとしたら、お兄さんがハンカチを出して渡してくれた。
「・・・ありがとう」
「良かった。逢えて良かった・・・僕は今とても幸せだ・・・」
お兄さんはそう呟くように言った。
百家神社の人達は何も言わなかった。ただ黙って聞いているだけだった。
少し落ち着くと今からの準備が始まった。百家くんは不思議な歩き方で部屋を歩き『結界』を張ると、通る声で呪文のような不思議な長い言葉の羅列を発した。すると部屋の中に金色に輝く五芒星が浮き上がり暫くして消えた。
ご当主もお兄さんも息をのんで見ている。こんな不思議な体験は初めてなのだろう。
「お二人は私がいいと言うまでこの部屋から絶対に出ないで下さい。お願いしたように、今日この屋敷に使用人の人達は誰もいませんね?」
「ええ、皆家に帰って貰いました」
「分かりました。私達は今から東神家に憑いている怨霊を鎮める作業をして来ます。怨霊にとりつかれた夫人と、今からそちらに向かう私たちの安全を祈って頂けますか?そして、大昔、井戸の中に落とされた、貴方たちの先祖にも心からの供養をお願いします」
「「はい」」
黙ってお互い頷くと、二人を残し部屋の襖を閉じた。
「神火清明、神水清明、神風清明」
閉じた襖に向かい、五芒星の描かれた扇子を使って手首を返して扇ぎ、百家君はこの言葉を何度か繰り返した。
「よし、行こう」
百家君は私を振り返ってそう言った。
「斜陽、私とお父さんは手筈通り外の結界を開け閉めするから、そっちは任せたからね」
「ああ」
奄美さんは、最初から車の中で待機している。車には紫さんがお札を貼りつけていたので大丈夫なのだろう。
「外に集まって来ているよ、白狐が抑えてる。開けたら直ぐにあんた目指して来るから、ちゃんと麻美ちゃんを守りなさい」
「言われなくても分かってる」
ぷいっと百家くんが顎を上げたので、いつもの百家くんだなとなんだか安心した。
「行くよ!」
紫さんの声と共に、一瞬で空気が変わった。
神社で百家くんが簡単な結界の張り方を教えてくれた。刀印と言って両手の中指と人差し指を立てる。じゃんけんのチョキを出した時に指を閉じた形のままの状態で、右を刀に左を鞘に見立てて向かい合わせにして左手の握った部分に右の指を差し込む。重なった両手を左の腰に当てて、右手を抜き五芒星を描くという手法だった。
それを使えば、悪いものが入って来れないし、取り憑いていたモノを祓うことができるのだそうだ。
両足を肩幅に開いて踏み締め、何度もその場で素早く出来るように練習した。
「えっと、私が百家くんの真似事でこれをやってもちゃんと効くのかな?」
半信半疑の気持ちを思わず口にする。
「大丈夫。自分の周りに天地のエネルギーが取り巻いて守ってくれるイメージでやってみるといい。それに白狐もお前を気に入っているから、手伝ってくれる。絶対大丈夫だ」
「うん、分かった。ありがとう」
こういうのは気持ちが大切だ。そう思うとなんだか身体がすっきりとして力が漲ってきたような感じがする。
百家くんの話だと、東神家の奥様に取りついた悪霊は、恐らく長年あの人に憑いていたのだろうという話だった。
魂が蝕まれすでに人の気持ちを失い、悪霊の入れ物へと変わっているかもしれない。悪霊は東神家を祟り血筋を途絶えさせるために戻ってくる。残っている東神家の直系はご当主とお兄さんだ。暗く歪んだ苦しい道へと引きずられれた彼らの人生がどうか元に帰りますようにと強く願う。
そんな強い想いを胸に、到着した東神家の地に降り立った。百家くんのお祖父さんとお母さんも神職の装束を身に着けていて、空気がぴんと張りつめている。
玄関で出迎えてくれたお二人は、私を見て驚いた顔をした。
「き、君は・・・なんてことだ・・・こんな事があるのか?」
ご当主は口元に震える手を当てて黙り込んだ。目には涙が浮かんでいる。
お兄さんを見ると、眼鏡の奥の瞳は懐かしい者でも見るような、そんなやさしくて悲しそうな眼差しだった。
「眼鏡を外したら、本当に亡くなった兄によく似ている・・・戻って来てくれたんだと・・・思ってしまうよ」
「・・・うん」
そうなんだな、と、不思議な話なのに驚かなかった。私はそうなるべくしてここに還って来たんだなと思ったのだ。
この顔は自分の父親に似ているのだと思い込んでいたけれど、似ているのは目が大きいということだけで、不思議なことに、時折垣間見る生まれる前の自分の顔に酷似していたのだ。それはこの世に同じ魂を抱えたまま再び還ったという一つの目印だったのだろうか。
今なら分かる。私へと生まれてくる前に、心を残してきた場所。だからここへ戻った。
幼くして亡くなった前世の少年の心の一部が流れ込んでくる。
「この気持ちが前世のものなら、二人に会えてとても嬉しいって感じてる。お兄さん、いや、春くん。そしてお父さんに・・・」
しらず自分の頬に涙が流れているのに気づき、手の甲で拭こうとしたら、お兄さんがハンカチを出して渡してくれた。
「・・・ありがとう」
「良かった。逢えて良かった・・・僕は今とても幸せだ・・・」
お兄さんはそう呟くように言った。
百家神社の人達は何も言わなかった。ただ黙って聞いているだけだった。
少し落ち着くと今からの準備が始まった。百家くんは不思議な歩き方で部屋を歩き『結界』を張ると、通る声で呪文のような不思議な長い言葉の羅列を発した。すると部屋の中に金色に輝く五芒星が浮き上がり暫くして消えた。
ご当主もお兄さんも息をのんで見ている。こんな不思議な体験は初めてなのだろう。
「お二人は私がいいと言うまでこの部屋から絶対に出ないで下さい。お願いしたように、今日この屋敷に使用人の人達は誰もいませんね?」
「ええ、皆家に帰って貰いました」
「分かりました。私達は今から東神家に憑いている怨霊を鎮める作業をして来ます。怨霊にとりつかれた夫人と、今からそちらに向かう私たちの安全を祈って頂けますか?そして、大昔、井戸の中に落とされた、貴方たちの先祖にも心からの供養をお願いします」
「「はい」」
黙ってお互い頷くと、二人を残し部屋の襖を閉じた。
「神火清明、神水清明、神風清明」
閉じた襖に向かい、五芒星の描かれた扇子を使って手首を返して扇ぎ、百家君はこの言葉を何度か繰り返した。
「よし、行こう」
百家君は私を振り返ってそう言った。
「斜陽、私とお父さんは手筈通り外の結界を開け閉めするから、そっちは任せたからね」
「ああ」
奄美さんは、最初から車の中で待機している。車には紫さんがお札を貼りつけていたので大丈夫なのだろう。
「外に集まって来ているよ、白狐が抑えてる。開けたら直ぐにあんた目指して来るから、ちゃんと麻美ちゃんを守りなさい」
「言われなくても分かってる」
ぷいっと百家くんが顎を上げたので、いつもの百家くんだなとなんだか安心した。
「行くよ!」
紫さんの声と共に、一瞬で空気が変わった。
4
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?
後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。
目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。
日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。
そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。
さて、新しい人生はどんな人生になるのかな?
※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします!
◇◇◇◇◇◇◇◇
お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。
執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。
◇◇◇◇◇◇◇◇
9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます!
9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた
ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。
俺が変わったのか……
地元が変わったのか……
主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。
※他Web小説サイトで連載していた作品です
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~
桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。
そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。
頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります!
エメルロ一族には重大な秘密があり……。
そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。
穏やかな田舎町。僕は親友に裏切られて幼馴染(彼女)を寝取られた。僕たちは自然豊かな場所で何をそんなに飢えているのだろうか。
ねんごろ
恋愛
穏やかなのは、いつも自然だけで。
心穏やかでないのは、いつも心なわけで。
そんなふうな世界なようです。
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる