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第一章

7.雪と静寂と私

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 年末から正月にかけて雪が降った。雪かきスコップの小さいのを使って手伝う。たいして役に立たないのに、お祖父ちゃんが喜んでくれた。物凄く雪が降ると屋根の雪かきを地元の役所に頼まなくてはいけなくなるそうだ。そうすると男手の無い家には屋根の雪下ろしをしてくれる人が派遣される。もちろん幾らかのお金を払う必要がある。

 昔は屋根の下には背よりも高い雪の壁が出来ていたとお祖父ちゃんが言っていた。

 それはそれでとても大変そうだけど、そういうのも見る機会があるだろうか?ちょっと見て見たい。そんな大量の雪を私はまだ見た事がないのだ。

 灰色の空を背景に、黒い枝だけになった樹々の林の群や、針葉樹林の三角が幾つも重なる景色は、まるで墨絵の世界の様だ。寂しそうではあるけど、それはそれで美しいのだ。

 しんしんと果てしなく雪の降る様を縁側から見るのは静寂の世界に一人取り残されたような淋しさがあった。でもそこに佇むのは嫌いじゃなかった。

「お祖父ちゃん見て見て、凄い綺麗。気が遠くなるようだね」

「気が遠くなる?寒いんか?」

「違うよ、なんかさ、雪がさ、次から次に降ってくるのがね、永遠に続くみたいに見えるっていうか・・・」

「ああ、そりゃなんーとなく分かるの。軽トラ運転しとる時に、窓ガラスに次々吸いつくように流れて見える雪もそんな感じがするのお」

「やっぱりそうなんだ!」

「じゃが、麻美は詩人じゃのお、なんかええ感じに聞こえたわ」

「ええかんじに?」

「おお、そうよ」

 それで、ふたりで笑い合って、暫く縁側から外の雪を見ていた。

「お父さん、麻美、お茶が入ったよ。寒いからこっちにおいでよ」

 お母さんの呼び声に振り返る。

 障子の引き戸を開けたまま、お祖父ちゃんが縁側に出ていたので、お母さんが茶菓子やお茶をコタツの上に用意してくれているのが見えた。

「わーい。お祖父ちゃんお茶だ、コタツに行こう」

「おお、そうしょうか」

 お菓子は袋の中に和菓子系が色々とアソートで入っている大袋の奴と、源寺ウナギパイだった。源寺ウナギパイはS字型のウナギがくねった形をしたサクっとするパイ生地にウナギの粉が入っているらしいお菓子だった。このパイを前歯で少しずつ剥がして食べるのが気に入っている。練りこまれて層を作るバターの香と、表面の溶けて固まった砂糖が甘くて美味しい。和菓子アソートは、中に一口サイズのどら焼きや、最中、饅頭なんかが色々入っていて、お得感が半端ない。お祖父ちゃんと二人で好きなお菓子を取り合うのが楽しいのだ。

 それを見てお母さんが笑う。こっちに帰ってからお母さんがよく笑うようになった事が嬉しい。

 コタツっていいよね。最近では宿題もコタツでやるし、ずっとコタツに入っている。おじいちゃんが反対側で新聞を広げて読んだり、テレビを見たりしていて安心感があった。コタツは人を駄目にするかもしれない。だって入ったら出たくないんだよ。

 最初はちょっとなんか独特の匂いがするのが苦手だし、炭が熱くて怖いイメージがして足を掘りごたつの中に落とすのも恐る恐るだったが、ちゃんと金網や足を置く縁があるので大丈夫だった。

 炭が熱くなくなるとお祖父ちゃんが炭に火をいこして持って来て、コタツの中に入れてくれた。炭を入れて持って来る入れ物は七輪(しちりん)だった。

 七輪ってよく漫画なんかに載っている、サンマを焼いたりする道具だ。調べると昔から料理に使う炉として使われて来たらしい。平安時代には既に同じような造りの物が出来ていた様なので驚きだ。珪藻土で出来ているので熱が本体から伝わり憎く保温性に優れているという事だった。

 凄いと思う。凄い道具だ。火鉢も好きだけど、七輪は実用的で美味しい料理の出来る道具だと思う。

 台所の土間で、サバの切り身やソーセージを焼いたら美味しい。ジュージューと脂が炭に落ちると煙たいけど香ばしい香りが広がる。

 寒いけど換気扇を回して、窓を開けて空気を入れ替える。そういうことにすら幸せを感じる。こちらで暮らす様になって、止まっていた時が動き始めた様なそんな気さえするのは何故だろう?

 コタツの布団を剥いで中に炭を入れ込むお祖父ちゃんのやり方をよく見て置く。やり方を教えて貰って、私も出来る様になりたい。ここに居ると知らない事がたくさんあってとても興味深い。

 畳に寝転がり、コタツに頭を突っ込んで金網を火ばさみで外して、中に炭を入れるのは重労働だと思った。

 お祖父ちゃんにそういうと、少しずつ教えると言ってくれた。

 コタツのある部屋では、灰を入れた火鉢の上に網を置いてかき餅を焼いて食べたり、雑煮やぜんざいと言った冬の醍醐味を味わった。

 静かで温かい正月だった。ここが好きだ。

 正月が明けて、学校が始まり、冬の寒さが痛い位に感じる朝を過ごす。キーンと空気が澄み切った感じは何故か不思議と懐かしさを感じた。おかしなものだと思う。

 ズボズボと長靴の足跡を付けてお祖父ちゃんの軽トラまで歩く。ここでは、12月に入る前にはスノータイヤに履き替えるのが当たり前で、車は4WDに切り替え出来るものを購入するのが普通なのだそうだ。

 雪の日が振った時の為に、後ろが軽い軽トラの荷台には切り出した重い丸太を何本か乗せてロープで固定して走る。そうすると後ろが重くなるので安定するのだとお祖父ちゃんが言っていた。4WDなので、雪道に慣れているお祖父ちゃんはなんなく私を道の駅まで学校のある日は迎えに来てくれた。

 雪の日は必ず除雪車が出ているので、その点は安心だった。M町ではちゃんと除雪車が出動する為の予算が毎年組まれているのだそうだ。

 それにしても除雪車が通った跡は、凍った雪に凹凸が出来て舌を噛みそうな程ガタガタと軽トラが揺れた。

 車から降りても暫くは身体が揺れている様な気がした。

「お祖父ちゃん、身体がまだブルブルしてるよ」

「おお、同じじゃの、わはは」


 まだ雪の日は続きそうだ。
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