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第三部 ~ボヘミティリア王国侵攻編~

豪商人との財政相談

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 海城王の墓の前でユーグリッドとユウゾウは熱い結束を結ぶと、王は財務室に赴いていた。

 その木の扉の中からは恨み節のような声が聞こえてくる。

「ああクッソォッ、全然報奨金の処理の仕事が終わらねぇ。テンテイイの野郎腑抜けになりやがってぇ、帳簿の判子間違えだらけじゃねえか。

 ああクソッ、なんで俺が奴の尻拭いしねぇといけねぇんだ? 余計な仕事増やすんじゃねえよちくしょう......」

 君主が扉の前に立っているのを知ってか知らずか、財務大臣は大きな声でぼやき声を発している。

「リョーガイ、入るぞ」

 ユーグリッドは部屋の主から許可が降りる前からさっさと入ってしまう。

 見るとそこには羽筆ぺんを耳にかけて、机の上にばら撒かれている何十枚もの紙とにらめっこをしているリョーガイの姿があった。

「ああ、陛下ですか? あいにくですけど、私は今忙しいんですよ。テンテイイの奴が仕事すっぽかしてどっかに行っちまいやがりましたからね。財務室に紙束投げ出して消えちまいやがりました。全く俺はまだ宰相にはなってねぇっつうの!」

 リョーガイは持っていた紙の束を乱暴に机に投げつける。バラバラと音が立ち、ますます机の上が乱雑になった。

「何だ? 宰相の仕事が嫌なのか? それならお主にも無理強いするわけにもいかないな。お主への200万金両の借金の返済の件も、これで1つかたがついたわけだな」

「ああいやいや、誰も宰相にならねぇとは言ってませんよ? ただ大事な仕事ほっぽり出したカマみてぇな野郎を一発ぶちかましてやりたいってだけの話です」

 リョーガイは大げさに片手を左右に振って主君の冗句を全力で否定する。それが一通り終わると、またリョーガイは紙とのにらめっこを始めた。

「リョーガイ、今のうちにお主と話しておきたいことがある」

「んん~? 何ですか~?」

 リョーガイは紙面から目を離さずに王に失礼な返事をする。頭をポリポリ搔きながらめんどくさそうに紙の文面に目を走らせている。

「今後のアルポート王国の財政の再建について意見を聞いておきたい。此度の遠征ですっかりアルポート王国の国庫は空になってしまったからな」

「ああ~、それですか~? まあ、心配しなくとも俺が何とかしますよ」

 アルポートの財政危機など何でもないといった調子でリョーガイは紙に羽筆を走らせながら返事をする。

「まあ、国庫がすっからかんになったっつっても、アルポートの毎月の財政収支が赤字ってわけでもないですしぃ、今のアルポートの経済の成長っぷりなら毎月10万はカタいですねぇ。まあ、覇王から金毟り取られねえ限りはアルポートの財政がトチ狂っておっぬことはねぇでしょうぜ。

 あっ、いっときますけどもう陛下には二度と金なんざ貸しませんからね。あの500万金両は全部俺のもんですよ」

「ああ、わかっている。覇王が滅亡寸前の今、お主に金の無心をする必要はない。だが、まだ俺には懸念事項がある。それをお主に伝えに来たのだ」

「何ですかぁ? 俺に金以外のことで相談なんてあるんですかぁ? まさか女房とでも喧嘩して破局寸前になっちまいでもしたんですかぁ?

 それなら陛下のケツ蹴っ飛ばしてお断りしますぜ。陛下は俺の娘との縁談断ってんですから。んなことしたら面の皮厚いったらありゃしない」

「馬鹿を申せ、そんなことがあるわけがないだろう? お主もキョウナンが懐妊したことぐらいは知っておろう? 俺が心配しているのはキョウナンのことではなくて、お主が海賊王の元に亡命するかもしれないということだ」

 リョーガイが突然の主の引き止めの懇願にポカンとした口を開く。だがその口は一瞬で更に大きく広がり、ブハハハハと大声で体を仰け反らせながら笑い声を上げたのだった。

「俺が海賊王んとこに亡命? 陛下、それこそ馬鹿言っちゃいけませんぜ? アルポート王国は今勝ち馬に乗ってんだ。その大穴当てた俺が今更賭け金全部海に投げ捨てて、わざわざ物騒な噂ばっかり広がってる海賊王んとこにトンズラこくとでも思ってんですか?」

「ああ、正直思っていた。お主は覇王の国庫から既に500万金両を奪い終わった後だ。剰えこれからアルポート王国は覇王の大軍に包囲される羽目になるのだからな。これから戦争が起こる己の身の危険すら招きかねないこの弱小国に、何より自分の命が大事なお主がここに留まる理由はないと思ったのだ」

 王は本気で家臣に海を渡ってほしくないと考えており、その思いの丈をぶつける。

 だがその捨てられる寸前の子犬のような頼りない主君の顔を見遣ると、またしても豪商人はブハハハハと笑ったのだ。

「海賊王? 馬鹿言っちゃいけねぇ! 俺もやっこさんとは結構なこと面合わせてきましたが、アワシマの王城入って寿命が縮まなかった日があった試しがねぇ。毎回毎回やっこさんとの貿易は命がけってもんだ。あんないつサーベル抜いてくるかわからねぇ男の元にいたら、1年も経たねぇ内に俺の心臓が止まっちまいますよ。

 海賊王に比べりゃ死にかけの覇王の大軍なんて可愛いもんですぜ。自分の命をはかりにかけりゃ、明らかにアルポートにいたほうがマシってもんですよ」

 そのどこまでが本気で冗談なのかわからないリョーガイの打ち明けに、ユーグリッドは安心を覚える。

「そうか、リョーガイ。お主がアルポート王国に居続けてくれるなら俺も助かる。アルポート王国の財政はお主なしでは成り立たぬのだからな」

「はいはいはいはい、どうせ俺はユーグリッド陛下のヒモですよ。アルポートの金の成る木は俺でございますよ。そんなことは陛下や海城王が王になる前から百も承知の助もべらんぼうめですよ。やれと言われた仕事は渋々でもやり遂げてやりますよ。

 ですけど、その代わり私が提示した後3つの貸しはきちんと陛下から返してもらいますからね。まさか陛下も忘れちまったわけではありませんよね?」

 今度はリョーガイが本気で主君の忘却を心配しながらおずおずと尋ねる。

 だがユーグリッドはその狩猟犬が突然犬鍋にされたかのような面構えの家臣に笑い声を上げる。

「ああ、ちゃんと全部覚えているぞ。その1つの覇王の国庫をお主の好きにしていいという約束は既に果たした。後は俺の生涯を掛けてお主の反逆罪の恩赦を永久に保証し、テンテイイを辞職させお主に宰相の位を与え、そしてお主の前に覇王の首を差し出してやる。この3つを成すことは今のアルポート王国であれば容易なことだ。枕を高くして安心して待っているが良い」

「ハハハ、陛下も言うようになったじゃありませんか。覇王にビビって海城王の首差し出してた腰抜け坊っちゃんだとはとても思えませんよ」

 リョーガイはアルポート王国で禁句になっている王の父親殺しの軽口を言う。

 だがユーグリッドはそれも寛容に笑い飛ばし、もはや家臣の無礼千万な悪態を咎めもしない。借金と反逆から始まった二人の交流関係は、まるで長年連れ立った悪友のようであり、妙に相性が良く意外と断ち切れない仲睦まじさを表していたのだった。

「じゃあなリョーガイ、仕事の邪魔をして悪かったな。お主はこれからもアルポート王国のためにせいぜい金を稼いでくれ」

「あ~はいはい、わかってますよ。陛下もどうせ覇王に殺されるぐらいなら、私の借金の金打きんちょうきっちり返してからにしてくださいよ」

 互いに憎まれ口を叩きながら、二人は別れを告げる。王がバタンと扉を閉めた瞬間、またしてもリョーガイのうめき声のような愚痴が聞こえてくる。今掻きむしっているはずの頭のジャリジャリとした音さえも聞こえてきそうな悩みっぷりだ。

(さて、もう少し他の者たちとも顔合わせをしておくか。覇王との決戦にはまだ時間がある)

 ユーグリッドは覇王との戦争に備え、その戦いの意志を更に強めるべくアルポート王国の中を回り始めたのだった。
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