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第一部 ~アルポート王国統一編~
借金100万金両
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ユーグリッドが覇王に海城王の首を捧げ、アルポート王国の玉座の間に戻ると、早速臣下たちがユーグリッドの元にザワザワと集まってきた。
「ご無事でしたか! ユーグリッド様!」
宰相のテンテイイはユーグリッドが無事に生還したことに、開口一番安堵の意を示す。だがそれ以外の諸侯たちの反応はとても冷ややかなものだった。皆、その新しく誕生したアルポート王国の国王に、慣れ親しみのない態度を取っていたのだ、
時は遡り、覇王に降伏する前の午前の時間、玉座の間は大いに荒んでいた。
ユーグリッドは議会に集合した臣下たちに、自らが父親である海城王を殺したことを自首した。その時の諸侯たちの驚愕といえば、覇王軍が襲来した変事にも勝る衝撃だった。
その告白が海城王の息子から発表された時、大将軍タイイケンの怒りは爆発した。ユーグリッドに突然両手剣の双剣を抜剣し、斬りかかって亡き者にしようとしたのである。彼の武人は殺された海城王のことを誰よりも慕っていた。
「この親殺しの逆賊めがァっ!! 海城王様の仇を取ってくれるッ!!」
だが重鎮ソキンがその凶刃を剣で払い除け、テンテイイがタイイケンを必死に説得したことで、何とか玉座が血で汚れる事態にはならなかった。
「なりませぬタイイケン殿! ユーグリッド様をここで殺してしまえば、あなたが逆賊になってしまいますぞ!!」
その事件の後、玉座の間の諸侯たちの意見は真っ二つに別れてしまった。それはユーグリッドの王位継承の問題についてであった。
テンテイイとソキンを中心とした諸侯たちは、アルポート王国の法に則り、ユーグリッドに王位を継承させるべきだと主張した。対してタイイケンと貿易大臣リョーガイを中心とした諸侯たちは、ユーグリッドを海城王を殺害した大罪人として死罪にすべきだと主張した。
議論はしばらく平行線を辿っていたが、結果としてユーグリッドの他に王位を継げる者がいないこと、アルポート王国は絶対王政で成り立つ国であること、そして何より覇王に降伏するためには和平の使者が必要であることを理由として、ユーグリッドが新しいアルポート王になることが急速に取り決められた。
だがそれは飽くまで政治的な事情を総括した判断であり、心の底からユーグリッドの王位継承を祝福する者はいなかった。今覇王軍から帰還したばかりのユーグリッドに不満の色や軽蔑の色を表す諸侯らは数多くいる。
特に大将軍タイイケンの瞳には、今にもユーグリッドに斬りかかりかねないほどの憎悪が籠められていた。もはや新米の王のユーグリッドには、自分を殺そうとしたタイイケンを裁く権威すらなかった。
(これが、今の俺の実力か......)
針の筵を歩くようにユーグリッドは玉座へと進み、そして重々しく腰を下ろした。そこには父の温かみはもう残されていない。ユーグリッドはアルポート王国で、頼る者もいない孤独な王として誕生したのである。
「ユーグリッド陛下、覇王への降伏は上手くいったのでございますか?」
玉座に座ったユーグリッドに、老将ソキンが間髪を入れず尋ねてくる。
「......ああ、覇王はアルポート王国の降伏を受け入れた」
その手短な王の返答にタイイケンを除く臣下たちは安堵の吐息を漏らす。ひとまずの難局を乗り切ったことに皆内心喜びの声をあげていた。
「......だが、覇王はアルポート王国に降伏の条件を突き付けてきたのだ」
しかしユーグリッドがそう言葉を続けると、一斉に玉座の間に再び緊張した雰囲気が漂った。臣下たちの不安を帯びた視線がユーグリッドの元に集められる。
「覇王は我々に100万金両の金を、今日の夕刻5時までに用意しろと言ってきた。覇王の10万の大軍はまだアルポートの地から退いていない」
ユーグリッドは深刻な口調で今の状況を説明する。臣下たちは一様に驚き、互いの顔を見合わせたりざわめきの声を発したりした。
「テンテイイ。今アルポート王国には財産がいくらある?」
ユーグリッドは沈痛な面持ちで宰相に尋ねた。
「そ、それが......今この国は財政難でして、50万金両しかありません」
テンテイイの申し訳なさそうな言葉に臣下たちは絶望した。金がなければ覇王軍が攻めてくる。その単純かつ恐ろしい事実に全ての者が悲壮の念を抱いた。
ある者は自らの死を想像し、ある者はどうやってこの国から逃れられるだろうかと考える。玉座の間の喧騒はますます広がり、諸侯たちの心は戸惑いに満ちた。
だがそうした混乱の中、玉座に向かって一人歩み寄る男がいた。
「陛下、私ならその100万金両の金を今すぐ用意することができますぞ!」
その声の主は貿易大臣のリョーガイだった。臣下たちは一様に彼の豪商人に注目する。
「そ、それは本当ですか! リョーガイ殿!!」
テンテイイが歓喜と逸りの気持ちのままに声を上げる。
「ええ、本当ですとも。私は西海の海賊王との貿易で一財産を築いておりましてな。それだけの金ならば今すぐ用意することができるのですよ」
「そ、それは有り難い! ではリョーガイ殿、早速その資金を用意していただき――」
だがテンテイイが金を催促しようとした時だった。リョーガイは手を前に広げて宰相の言葉を遮る。
「おっとただし、これには一つ条件があります。それは当然ながらこの金はただ単に『差し上げる』のではなく『貸し付ける』ということでございます。私も何分商人の生まれでしてね。貸した金は必ず返してもらいますよ。これは私のアルポート王国に対する商売なのでございます」
リョーガイがニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。そのがめつそうな目つきに諸侯たちは辟易した。
「リョ、リョーガイ殿、このような国難の時に陛下に脅しをかけるような真似は......」
テンテイイが狼狽えながらリョーガイの商売根性を諌める。だがリョーガイは構わず金の貸与の条件を話し続けた。
「もちろん私とて今の状況はわかっておりますとも。アルポート王国が100万金両を用意できなければ、覇王は我々全員を皆殺しにする。私だって命は惜しい。命がなければ金など持っていても一銭の得にもなりゃしません。
だからこそ私は特別に無利息でこの100万金両をアルポート王国に貸し与えるのですよ、ユーグリッド陛下」
リョーガイがユーグリッドに高飛車な目を向ける。そのつり上がった目は獲物を捕らえたハイエナのようであった。
「......お主は先程この100万金両の借金の件を、アルポート王国に対する商売だと申しておったな。ならば問うが、無利息の金を貸しつけてお主に何の得がある?」
ユーグリッドの訝しげな眼差しで豪商人に問う。
だがリョーガイは悠長に首を横に振ってニコニコと答えた。
「いえいえ、深い意味はありませぬ。私はただ命が惜しいだけでございます。言うなれば100万金両と引き換えに自分の命を買うのでございます。私はただ、今まで通りこのアルポート王国で商売ができるのならば、それでよいのでございます」
「............」
ユーグリッドは先程の午前の会議の出来事を思い返す。このリョーガイという貿易大臣は、自分の王位継承の論争の際には反対派に属し、死罪にしろとまで主張していた男だ。
それが今となってはアルポート王国にとってこんな虫のいい話を持ちかけてきており、その二枚舌には不審さを感じるには十分薄ら寒いものがあった。
50万金両しか持たない財政難の国に、その二倍にも上る100万金両を貸し与えた所で、それがきちんと返される保証などない。そんなことはこのやり手の商人の男にもわかっているはずだ。
(小国とはいえ、国を凌ぐほどの財産を持っている男......奴の狙いは金なんかじゃない。もっと別の大きなものを狙っているに違いない......)
ユーグリッドは額に汗を流し、警戒の色を露わにする。
だがリョーガイはにこやかな顔を崩さず王に呼びかける。
「いかがですかな陛下? これは決して悪い話ではありますまい。陛下が借りた分の金だけを、後でそっくりそのまま返してもらおうというだけの話でございます。いかがですかなユーグリッド陛下? 私のこの商談に乗って頂けますか?」
リョーガイは玉座の前の階段を登り、ユーグリッドの傍にまで近づき顔を寄せる。
「もっとも、今の陛下にこの取引を断れる術はありますまい」
そしてユーグリッドに止めを刺すように、リョーガイは王の耳元で囁いたのだった。
「......わかった。お主の100万金両、借りるとしよう」
ユーグリッドは怪しさを感じながらも、その決断を下さざるを得なかった。
「ご無事でしたか! ユーグリッド様!」
宰相のテンテイイはユーグリッドが無事に生還したことに、開口一番安堵の意を示す。だがそれ以外の諸侯たちの反応はとても冷ややかなものだった。皆、その新しく誕生したアルポート王国の国王に、慣れ親しみのない態度を取っていたのだ、
時は遡り、覇王に降伏する前の午前の時間、玉座の間は大いに荒んでいた。
ユーグリッドは議会に集合した臣下たちに、自らが父親である海城王を殺したことを自首した。その時の諸侯たちの驚愕といえば、覇王軍が襲来した変事にも勝る衝撃だった。
その告白が海城王の息子から発表された時、大将軍タイイケンの怒りは爆発した。ユーグリッドに突然両手剣の双剣を抜剣し、斬りかかって亡き者にしようとしたのである。彼の武人は殺された海城王のことを誰よりも慕っていた。
「この親殺しの逆賊めがァっ!! 海城王様の仇を取ってくれるッ!!」
だが重鎮ソキンがその凶刃を剣で払い除け、テンテイイがタイイケンを必死に説得したことで、何とか玉座が血で汚れる事態にはならなかった。
「なりませぬタイイケン殿! ユーグリッド様をここで殺してしまえば、あなたが逆賊になってしまいますぞ!!」
その事件の後、玉座の間の諸侯たちの意見は真っ二つに別れてしまった。それはユーグリッドの王位継承の問題についてであった。
テンテイイとソキンを中心とした諸侯たちは、アルポート王国の法に則り、ユーグリッドに王位を継承させるべきだと主張した。対してタイイケンと貿易大臣リョーガイを中心とした諸侯たちは、ユーグリッドを海城王を殺害した大罪人として死罪にすべきだと主張した。
議論はしばらく平行線を辿っていたが、結果としてユーグリッドの他に王位を継げる者がいないこと、アルポート王国は絶対王政で成り立つ国であること、そして何より覇王に降伏するためには和平の使者が必要であることを理由として、ユーグリッドが新しいアルポート王になることが急速に取り決められた。
だがそれは飽くまで政治的な事情を総括した判断であり、心の底からユーグリッドの王位継承を祝福する者はいなかった。今覇王軍から帰還したばかりのユーグリッドに不満の色や軽蔑の色を表す諸侯らは数多くいる。
特に大将軍タイイケンの瞳には、今にもユーグリッドに斬りかかりかねないほどの憎悪が籠められていた。もはや新米の王のユーグリッドには、自分を殺そうとしたタイイケンを裁く権威すらなかった。
(これが、今の俺の実力か......)
針の筵を歩くようにユーグリッドは玉座へと進み、そして重々しく腰を下ろした。そこには父の温かみはもう残されていない。ユーグリッドはアルポート王国で、頼る者もいない孤独な王として誕生したのである。
「ユーグリッド陛下、覇王への降伏は上手くいったのでございますか?」
玉座に座ったユーグリッドに、老将ソキンが間髪を入れず尋ねてくる。
「......ああ、覇王はアルポート王国の降伏を受け入れた」
その手短な王の返答にタイイケンを除く臣下たちは安堵の吐息を漏らす。ひとまずの難局を乗り切ったことに皆内心喜びの声をあげていた。
「......だが、覇王はアルポート王国に降伏の条件を突き付けてきたのだ」
しかしユーグリッドがそう言葉を続けると、一斉に玉座の間に再び緊張した雰囲気が漂った。臣下たちの不安を帯びた視線がユーグリッドの元に集められる。
「覇王は我々に100万金両の金を、今日の夕刻5時までに用意しろと言ってきた。覇王の10万の大軍はまだアルポートの地から退いていない」
ユーグリッドは深刻な口調で今の状況を説明する。臣下たちは一様に驚き、互いの顔を見合わせたりざわめきの声を発したりした。
「テンテイイ。今アルポート王国には財産がいくらある?」
ユーグリッドは沈痛な面持ちで宰相に尋ねた。
「そ、それが......今この国は財政難でして、50万金両しかありません」
テンテイイの申し訳なさそうな言葉に臣下たちは絶望した。金がなければ覇王軍が攻めてくる。その単純かつ恐ろしい事実に全ての者が悲壮の念を抱いた。
ある者は自らの死を想像し、ある者はどうやってこの国から逃れられるだろうかと考える。玉座の間の喧騒はますます広がり、諸侯たちの心は戸惑いに満ちた。
だがそうした混乱の中、玉座に向かって一人歩み寄る男がいた。
「陛下、私ならその100万金両の金を今すぐ用意することができますぞ!」
その声の主は貿易大臣のリョーガイだった。臣下たちは一様に彼の豪商人に注目する。
「そ、それは本当ですか! リョーガイ殿!!」
テンテイイが歓喜と逸りの気持ちのままに声を上げる。
「ええ、本当ですとも。私は西海の海賊王との貿易で一財産を築いておりましてな。それだけの金ならば今すぐ用意することができるのですよ」
「そ、それは有り難い! ではリョーガイ殿、早速その資金を用意していただき――」
だがテンテイイが金を催促しようとした時だった。リョーガイは手を前に広げて宰相の言葉を遮る。
「おっとただし、これには一つ条件があります。それは当然ながらこの金はただ単に『差し上げる』のではなく『貸し付ける』ということでございます。私も何分商人の生まれでしてね。貸した金は必ず返してもらいますよ。これは私のアルポート王国に対する商売なのでございます」
リョーガイがニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。そのがめつそうな目つきに諸侯たちは辟易した。
「リョ、リョーガイ殿、このような国難の時に陛下に脅しをかけるような真似は......」
テンテイイが狼狽えながらリョーガイの商売根性を諌める。だがリョーガイは構わず金の貸与の条件を話し続けた。
「もちろん私とて今の状況はわかっておりますとも。アルポート王国が100万金両を用意できなければ、覇王は我々全員を皆殺しにする。私だって命は惜しい。命がなければ金など持っていても一銭の得にもなりゃしません。
だからこそ私は特別に無利息でこの100万金両をアルポート王国に貸し与えるのですよ、ユーグリッド陛下」
リョーガイがユーグリッドに高飛車な目を向ける。そのつり上がった目は獲物を捕らえたハイエナのようであった。
「......お主は先程この100万金両の借金の件を、アルポート王国に対する商売だと申しておったな。ならば問うが、無利息の金を貸しつけてお主に何の得がある?」
ユーグリッドの訝しげな眼差しで豪商人に問う。
だがリョーガイは悠長に首を横に振ってニコニコと答えた。
「いえいえ、深い意味はありませぬ。私はただ命が惜しいだけでございます。言うなれば100万金両と引き換えに自分の命を買うのでございます。私はただ、今まで通りこのアルポート王国で商売ができるのならば、それでよいのでございます」
「............」
ユーグリッドは先程の午前の会議の出来事を思い返す。このリョーガイという貿易大臣は、自分の王位継承の論争の際には反対派に属し、死罪にしろとまで主張していた男だ。
それが今となってはアルポート王国にとってこんな虫のいい話を持ちかけてきており、その二枚舌には不審さを感じるには十分薄ら寒いものがあった。
50万金両しか持たない財政難の国に、その二倍にも上る100万金両を貸し与えた所で、それがきちんと返される保証などない。そんなことはこのやり手の商人の男にもわかっているはずだ。
(小国とはいえ、国を凌ぐほどの財産を持っている男......奴の狙いは金なんかじゃない。もっと別の大きなものを狙っているに違いない......)
ユーグリッドは額に汗を流し、警戒の色を露わにする。
だがリョーガイはにこやかな顔を崩さず王に呼びかける。
「いかがですかな陛下? これは決して悪い話ではありますまい。陛下が借りた分の金だけを、後でそっくりそのまま返してもらおうというだけの話でございます。いかがですかなユーグリッド陛下? 私のこの商談に乗って頂けますか?」
リョーガイは玉座の前の階段を登り、ユーグリッドの傍にまで近づき顔を寄せる。
「もっとも、今の陛下にこの取引を断れる術はありますまい」
そしてユーグリッドに止めを刺すように、リョーガイは王の耳元で囁いたのだった。
「......わかった。お主の100万金両、借りるとしよう」
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