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バイプレイヤーズロマンス【中編】
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しおりを挟むそれからポツリポツリと……ゆっくり静かに楓さんは語り始めた。
オレンジ色だった空は着実に薄暗くなっていく。遠くに聞こえていたはずの子供たちの楽しげな声も徐々に消えていった。
たまに思い出したかのように小さく相槌を打つ僕の隣で、楓さんは時折息を詰まらせしゃくりあげながらも…詳細にあの男との経緯を話してくれた。
…要約すると、こういうことだ。
当時の楓さんは爽くんと同じ都内の超名門大学に通っていて、その中でも一、二を争うほど優秀な学生だったそうだ。学部内では当然首席で、入学式でも新入生代表挨拶までしたっていうから相当だ。
先ほどの男とは同じ研究室で国内外のさまざまな薬物の研究に携わっていて、最初はとても仲が良かったらしい。…でも、その聡明さ故に教授から特別目をかけられていた楓さんを妬んだあの男は…あらぬ噂を周りに吹聴し、研究室での楓さんの居場所を徐々に奪っていったそうだ。
その噂っていうのが、研究者としての将来を確約してもらうために楓さんがいろんな教授と寝てる…っていう根も歯もない嘘。最初は研究室だけで囁かれたその噂が、段々と学部全体…学校全体に広がっていった。そのせいで楓さんは周りから"淫乱"とか、"ビッチ"とか呼ばれるようになってしまったらしい。
普通に考えたら誰も信じるはずのないあり得ないような噂だったはずなのに、みんながそれを信じたのには明確な原因があった。
楓さんは…まだあの男と仲が良かった頃、自分が同性愛者であることを洗いざらい話してしまっていたんだ。
だからみんな、信じてしまった。
"男が好きな清水 楓なら…あり得る"と。
とんでもない差別だ。言葉もない。
正直に言えば、話を聞いている途中から自分が平静を装っていられたこと自体不思議でならない。
世界で一番素敵だと感じた人に告白して、今まで生きてきて一番幸せだと思う時間を彼と過ごした。…その最後に、彼にとって誰にも知られたくなかったはずの暗く苦しい救いのない過去の話を聞いてしまったんだ。
あの一瞬だけで、彼にとってその過去がどれほど辛い出来事だったのか、声や仕草や表情全てから容易く感じ取れてしまった。
きっと本物の王子様なら、もっとちゃんとした言葉とウィットを持って…この場の空気ごと変えてしまう気の利いたセリフが言えてしまうんだろうな。
でも……あいにく僕は"ただの高校生"。
その僕に一体何がしてあげられる?
どうしたら楓さんを絶望の深淵から救ってあげられる?
「……っ、俺っ……それで…、もうどうしようもなくなって……死のうかなって毎日思ってた……」
「……」
「自殺未遂も……したこと、あるの」
「……っ、」
「最低……でしょ…?」
最低………?
…いや、…違う。
そんな噂流されたら誰だって傷付くし、命を絶ちたいと思ってしまっても不思議ではない。
だから最低なのは、楓さんじゃない…
楓さんの周りにいたクズたちの方だ。
僕はゆっくり目を伏せて、楓さんの手に自分の手を重ねた。ピクッと反応した楓さんは困ったように僕を見上げる。
「……あ、あの…旭くん…」
「…手、…いやですか?」
「え!?…い、いやでは……ない……かも、です」
「じゃ…このままで聞かせてください」
「ふぁいっ…」
手に触れただけでいつまでも反応が初々しくて、心の中で小さく笑ってしまう。こんな暗い話の最中だというのに、楓さんはどこまでもかわいい。
この人を好きにならないなんて……どうして出来る?甚だ疑問だ。
「でね……そんなドン底の時……樋口がね、助けてくれたの」
「……爽くんが?」
「うんっ……死んじゃダメだって……毎日、慰めてくれて………俺それで……樋口のこと、好きになったんだ……」
爽くんは文系、楓さんは理系だから学部自体違ったらしいけれど、キャンパスの片隅で泣いていた楓さんに爽くんが声をかけて……それから…仲良くなったそうだ。
…実に、…爽くんらしい。
頭良くて、かっこよくて、優しくて、男らしい。そして何より……困った時に必ず助けてくれる。僕が理想とする本物の王子様だ。
それが……"あきちゃんの"爽くん……だもんね。
「俺……樋口がいなきゃきっとすぐ大学辞めてた……だから樋口は、俺にとって特別だったの」
「…そっか………そうだったんですね」
静かに楓さんの言葉を聞きながら、悔しさとやるせなさで身体が震えた。同時に、お腹の奥の方からぐっと押されているような…そんな不思議な感覚。
これまでの人生、誰かにこれほど焦がれたことはない。
爽くんとあきちゃんが結ばれた時……たしかに悲しかったけど……でもそれ以上に嬉しかったんだ。僕は2人が大好きだったから。
だから、こんな風に気持ちが身体を伝って漏れ出すなんて……初めて。
爽くんに対して、ここまで悔しいと感じたのも……初めてだ。
「…樋口の優しさは……ドラッグと同じ……毎日ゆっくり身体を蝕むの…気付いたら中毒になってる」
「……」
「けどね、あいつがみんなにばら撒く優しさは……俺だけのものには決してならなかった……最初から樋口の心には、あきちゃん以外の人間が入るスペースなんて…1ミリも無かったって……すぐ気付いた」
楓さんの言葉に痛いほど共感してしまった。
その通りだ……僕も長い間…、同じ感情を抱えて……2人のそばに居たから。
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