上 下
167 / 203
バイプレイヤーズロマンス【中編】

7

しおりを挟む


それからポツリポツリと……ゆっくり静かに楓さんは語り始めた。

オレンジ色だった空は着実に薄暗くなっていく。遠くに聞こえていたはずの子供たちの楽しげな声も徐々に消えていった。
たまに思い出したかのように小さく相槌を打つ僕の隣で、楓さんは時折息を詰まらせしゃくりあげながらも…詳細にあの男との経緯を話してくれた。




…要約すると、こういうことだ。

当時の楓さんは爽くんと同じ都内の超名門大学に通っていて、その中でも一、二を争うほど優秀な学生だったそうだ。学部内では当然首席で、入学式でも新入生代表挨拶までしたっていうから相当だ。

先ほどの男とは同じ研究室で国内外のさまざまな薬物の研究に携わっていて、最初はとても仲が良かったらしい。…でも、その聡明さ故に教授から特別目をかけられていた楓さんを妬んだあの男は…あらぬ噂を周りに吹聴し、研究室での楓さんの居場所を徐々に奪っていったそうだ。

その噂っていうのが、研究者としての将来を確約してもらうために楓さんがいろんな教授と寝てる…っていう根も歯もない嘘。最初は研究室だけで囁かれたその噂が、段々と学部全体…学校全体に広がっていった。そのせいで楓さんは周りから"淫乱"とか、"ビッチ"とか呼ばれるようになってしまったらしい。
普通に考えたら誰も信じるはずのないあり得ないような噂だったはずなのに、みんながそれを信じたのには明確な原因があった。
楓さんは…まだあの男と仲が良かった頃、自分が同性愛者であることを洗いざらい話してしまっていたんだ。


だからみんな、信じてしまった。

"男が好きな清水 楓なら…あり得る"と。



とんでもない差別だ。言葉もない。



正直に言えば、話を聞いている途中から自分が平静を装っていられたこと自体不思議でならない。

世界で一番素敵だと感じた人に告白して、今まで生きてきて一番幸せだと思う時間を彼と過ごした。…その最後に、彼にとって誰にも知られたくなかったはずの暗く苦しい救いのない過去の話を聞いてしまったんだ。
あの一瞬だけで、彼にとってその過去がどれほど辛い出来事だったのか、声や仕草や表情全てから容易く感じ取れてしまった。

きっと本物の王子様なら、もっとちゃんとした言葉とウィットを持って…この場の空気ごと変えてしまう気の利いたセリフが言えてしまうんだろうな。

でも……あいにく僕は"ただの高校生"。

その僕に一体何がしてあげられる?
どうしたら楓さんを絶望の深淵から救ってあげられる?



「……っ、俺っ……それで…、もうどうしようもなくなって……死のうかなって毎日思ってた……」
「……」
「自殺未遂も……したこと、あるの」
「……っ、」
「最低……でしょ…?」




最低………?



…いや、…違う。



そんな噂流されたら誰だって傷付くし、命を絶ちたいと思ってしまっても不思議ではない。



だから最低なのは、楓さんじゃない…


楓さんの周りにいたクズたちの方だ。



僕はゆっくり目を伏せて、楓さんの手に自分の手を重ねた。ピクッと反応した楓さんは困ったように僕を見上げる。


「……あ、あの…旭くん…」
「…手、…いやですか?」
「え!?…い、いやでは……ない……かも、です」
「じゃ…このままで聞かせてください」
「ふぁいっ…」


手に触れただけでいつまでも反応が初々しくて、心の中で小さく笑ってしまう。こんな暗い話の最中だというのに、楓さんはどこまでもかわいい。

この人を好きにならないなんて……どうして出来る?甚だ疑問だ。



「でね……そんなドン底の時……樋口がね、助けてくれたの」
「……爽くんが?」
「うんっ……死んじゃダメだって……毎日、慰めてくれて………俺それで……樋口のこと、好きになったんだ……」


爽くんは文系、楓さんは理系だから学部自体違ったらしいけれど、キャンパスの片隅で泣いていた楓さんに爽くんが声をかけて……それから…仲良くなったそうだ。

…実に、…爽くんらしい。
頭良くて、かっこよくて、優しくて、男らしい。そして何より……困った時に必ず助けてくれる。僕が理想とする本物の王子様だ。

それが……"あきちゃんの"爽くん……だもんね。



「俺……樋口がいなきゃきっとすぐ大学辞めてた……だから樋口は、俺にとって特別だったの」
「…そっか………そうだったんですね」


静かに楓さんの言葉を聞きながら、悔しさとやるせなさで身体が震えた。同時に、お腹の奥の方からぐっと押されているような…そんな不思議な感覚。

これまでの人生、誰かにこれほど焦がれたことはない。
爽くんとあきちゃんが結ばれた時……たしかに悲しかったけど……でもそれ以上に嬉しかったんだ。僕は2人が大好きだったから。



だから、こんな風に気持ちが身体を伝って漏れ出すなんて……初めて。


爽くんに対して、ここまで悔しいと感じたのも……初めてだ。



「…樋口の優しさは……ドラッグと同じ……毎日ゆっくり身体を蝕むの…気付いたら中毒になってる」
「……」
「けどね、あいつがみんなにばら撒く優しさは……俺だけのものには決してならなかった……最初から樋口の心には、あきちゃん以外の人間が入るスペースなんて…1ミリも無かったって……すぐ気付いた」


楓さんの言葉に痛いほど共感してしまった。
その通りだ……僕も長い間…、同じ感情を抱えて……2人のそばに居たから。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

とうちゃんのヨメ

りんくま
BL
叔父さんと甥っ子と雪ちゃんと。 ほっこり、ちょっぴり切ないお話し。 家族の繋がりを全て失った少年と新しく絆を作る青年たちの日常。 司法書士 木下 藤吉は、6歳年下の甥っ子 織田 信の未成年後見人となった。二人で暮らし始め、家族として絆を深めていく。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...