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バイプレイヤーズロマンス【前編】
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しおりを挟む「すっっっっごく面白かったです!!!!」
「あはは…!なんか、旭くんの方が興奮してない?」
映画を見終わって劇場を一歩出た瞬間、瞳をキラキラさせた旭くんが騒ぎ出した。どうやら相当お気に召したようだ。俺も久しぶりに見たけど…やっぱり家で見るのと映画館のおっきなスクリーンで見るのは臨場感がまるで違う。最高だった。
「原作は読んだことあったんですけど…まさか映画がこんなに面白いなんて…!」
「でしょ?シェイクスピア原作って現代設定にしてもおもしろいからすごいよね!」
「ほんとですね…!なんで今まで見ようと思わなかったんだろ…すごい勿体無いことしてました…!昔の映画っていいですね!!」
「だよねー!」
俺…映画を見た後って、めちゃくちゃ語りたくなる派だから嬉しいな。こういう話をかなちゃん以外とできる日が来るなんて…思いもしなかった。
考えてみればかなちゃんと旭くんって、性格正反対だけどなんか空気が似てるんだよね。趣味も近いし…優しいし…勘も頭もいい。
なにより、単純に人として尊敬出来るってとこが…似てる。
「あ!じゃあ~俺が見たことあるので良ければ…名作映画のおすすめを教えて進ぜよう!」
「えーっいいんですか!?やったー!!」
「いえいえ…趣味がかぶって嬉しい限りです…!」
「ふふっ、かたじけのうございます」
「あはっ…!くるしゅうない」
「…ブハッ!!楓さんノリ良すぎです!」
ケラケラ笑い合いながら、映画館を出る。
どうやら次に行く場所もばっちり決まっていたようで、俺は旭くんにただただ着いて行くだけ。
歩いてる途中でも旭くんは『寒くないですか?』と何度か俺に聞いてくれて、そのたび『大丈夫だよ』と返した。
もしかして俺が寒がりなのも、知ってたり…するのかな?旭くんに話したこと…あったっけ…?
あれ…?
ぐるぐると考え込んでいるうちに目的地に到着していたようで、肩を叩かれた。立ち止まった旭くんに促されるまま前を見ると、バス停が見えた。
「…!バス乗るの?」
「はい…電車でも行けるんですけど、たまにはバスもいいかなって…いいですか?」
「うん!嬉しい!俺バス乗るの久しぶり!」
1分もしない内に御目当てのバスが到着した。旭くんは俺より先に乗り込み、パッと振り向くと手を差し出す。一瞬面食らったけど、すぐにその手を握り返した。
「足元、気をつけてくださいね」
「…あ、ありがと…」
「いえ」
ニコッと微笑まれて、思わず顔を逸らす。
この子…、
なんて、ナチュラルに王子様なんだ…!!
照れと興奮で思わず壁をドンドン叩きたい衝動が込み上げたけど…なんとか耐えた。大人だから。
樋口も常々ナチュラルボーンプリンスだと思っていたけど……この子はそれを超えるかも。だって樋口って…自分の興味のない相手には死ぬほどでっかい壁作るから。でも旭くんは…きっと俺以外にだってこんな風に優しい。
これは…相当いろんな子から勘違いされてきたんだろうな。
「うーん…すっごい罪作り…」
「…?はい?楓さんどうかしました?」
「あ、いやいやなんでもないよ!えっと…どのくらいで着くの?」
「んー…15分くらいですかね…、座りますか?」
「うん、そうだね」
人気の路線ってわけじゃないからバスの中はかなりガラガラで、俺たちの他には2、3人しか乗客がいなかった。俺は旭くんに目で合図して一番後ろの席に座った。
バスの一番後ろって大好き。なんか…学生の頃思い出すなぁ…。
「…楓さん」
「ん?」
「たくさん歩かせてすみません…公共交通機関ばっかりだし…」
「…え?なんでそれで……謝るの?」
「ほら、普段は楓さん車で移動してるじゃないですか?僕まだ免許持ってないから…こういうプランしか組めなくて、ごめんなさい…」
「ええっ!?そんなの旭くんが謝る必要全くなくない!!?」
「…でも」
「むしろめちゃくちゃ楽しいよ!?俺最近全然バス乗ってなかったからすっごく新鮮だし!」
「…ほんとですか?」
「うん!」
俺がそう言うと、旭くんはようやく安心した顔になった。
そっか…、俺…自分のことばっかりで旭くんがどんな気持ちで今日を迎えたかなんて考えもしてなかった。
彼からしたら、11歳年上の片想いの相手とのお出かけなんだ…きっと、すごくたくさん考えてくれたに違いない。
そう思ったら、俺の中の庇護欲やら母性本能やらなんかもういろんなものが思いっきり刺激された。
こんなに俺に真剣に向き合ってくれる彼に、今誠意を示さなくて……なにが大人だ。
「旭くん…あのね、」
「…はい」
「バスの中って…なんか、時間がゆっくりに感じない?」
「……ゆっくり…ですか?」
「うん……日常でどんなに嫌なことが起きてても…バスに揺られてると、全部どうでも良くなるんだよね」
ふぅ、と小さく深呼吸して窓の外を見つめる。天気が良くて良かった。空の青が…いつもより鮮やかに感じる。
「俺ね…大学のときバスで通学してたんだけど……ほんとに嫌なことが毎日たくさんあって……正直死にたいって思う瞬間もたくさんあったの」
「………そんな…」
「ふふっ…でもね、帰りのバスの中で…人の表情とか、流れていく景色とか、そういうの見ながら何も考えずに過ごせる時間で……全部リセットしてた」
そう……あの頃の俺は……
毎日ぐちゃぐちゃにぶっ壊された自尊心を……帰りのバスの中でなんとか保ってたんだ。
あの時間がなきゃ、俺……今生きてなかったかもしれない。
「だから……バス……大好きなんだ俺」
「………楓さん…」
「久しぶりに乗る機会もらえて…むしろ感謝だよ?」
本当はこんな暗い話……する気はなかった。でも、今日という日を特別にしようと頑張ってくれた旭くんに…精一杯の誠意を伝えたかったんだ。
今君といてとても楽しいって…ちゃんとわかって貰えるように。
「………はぁ、やっぱ……楓さんには…敵いません」
「え?なぁにそれ」
「…なんか色々降参です…というか…好きになった時点で僕の負けなんですけど」
「あははっ、俺旭くんに勝つ気なんてないよ?」
「それでも、僕の負けです」
優しい瞳で俺を見る旭くんに、しっかり俺の意図が伝わったんだと…確信した。
うん、ほんとに頭のいい子だ。それに…お兄ちゃんに負けないくらい優しい。
「楓さん」
「ん…?」
「……僕も、バス…好きです」
「…ほんと?ふふっ…、同じだね」
「はい」
その会話を最後にバスを降りるまで俺たちは一言も言葉を交わさなかったけど…その沈黙が心地よくて、むしろ話をしている時より心が繋がったような気がした。
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