護持元町（ごじのもとまち） 笑顔の花が実る街

第5話後半 かえる その1

皆が集まったあの夜は、貴和子が分かち合った「櫻」のビジョンが鮮やかに膨らみ香り立つ、まさに夢のようなそんな夜だった。
まるで、比呂乃の中に残されている記憶の欠片たちが、約束の場所から招待を受けたかのような厳粛な夜となった。
「あんな経験は、しばらくできそうにないわ。」
比呂乃は、あの夜の光景を思い出し、ぼんやりと浅間神社を後にした。

しばらくして、比呂乃は千川通りをいつものように歩いていることに気づき、ふふっと自分に呆れたように笑った。まだ朝早く人影はない。
通りに面した空き地に、朝露に濡れた露草を見つけ、屈んでその柔らかな葉と花を摘んだ。
「比呂乃」
比呂乃が振り返ると
ガゼルが立っていた。
「迷いは晴れてきたようね。」
「うん。よくわかっていないけれど。」
「大丈夫よ。自信を持って。」
ガゼルは低音の柔らかな声で優しく語りかけてきた。
「貴方はそんな風に、いつも花を愛する心を持ち続けていた。
貴方がどれだけ豊かな人かを、私だけでなくあなたも知っていたはずよ。」
突然の、優しい言葉に比呂乃は泣きそうになった。