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第11話 鳴らせ!山の音楽家

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第11話 鳴らせ!山の音楽家
 
ここは、曙橋商店街。
路地を右に入ったら、目の前に坂があるでしょ。
坂の手前に蔦をまとった洋館が見える?
そう、その1階にバ―「木蓮」はありますよ。
いらっしゃいませ。ママの比呂乃です。
今夜は何をお召し上がりに?
(今日は気取った気分でオープン♪)
 
秋に入り、陽がぐんと短くなった。
6時を回るともう夜の気配。
近くの空き地では、コオロギの楽団がオーケストラを奏でている。
 
「今日はそうねえ、ペルノーを頂くわ。」
未来ちゃんが上品に、おちょぼ口を演じて、おどけながら合わせてくれる。
「承りました。」
侍女よろしくお辞儀し、にわか女優たちが芝居を遊ぶ。不思議天然いじられキャラ未来ちゃん(「恋せよ乙女」参照)、実はなかなかできる人なんだ。
未来ちゃんは、アパレル会社で働いていて、今日はオリジナルデザインのプルオーバーを着ている。
展示会準備が終わり、ひと時のリフレッシュに立ち寄ったということだ。
「ママ、あのね。このデザインはね。
前向きであることがモチーフなのよ。」
すぐに目を引くデザインだ。
笑顔の人、合掌する人がいっぱいフロントにプリントされてる。それぞれが写った、おはじき状の丸い画像が、カラフルで。それがモザイク状に並び、一つの大きな逆三角形の中にぼんやりとハートを作っている。
 
「なんか、素敵ね。
それぞれの方の顔を眺めたくなるくらい。」
未来ちゃんが、真面目な顔で続ける。
「ピラミッドが反転して、頂点が上じゃなく、下になってるでしょ。
二点が上で、その二点を結ぶ一辺を上にして。」
(ん?未来ちゃん、今日は学者憑依か?わかりにくい。)
察してくれたのか、普通の口調に戻って、
「自分が下から、上の辺を見渡すイメージで見てみてー。
そうすると、ね。
あら不思議。
前広に世界が広がるイメージになるでしょ。」
「んー、前広って、どこかの偉い人の言葉みたい。」
私の受け方は、茶化すトーンが軽過ぎて、
外してしまった。
「あっ!!俺それ判るよ。」
一つ席を開けて、コーラを飲んでいるケンちゃんが助け舟を出してくれた。ケンちゃんは酒もタバコもしない(「お帰りケンちゃん」より。)。
この夏の畑仕事で、さらに日焼けして健康的なエネルギーを発散している。
うつむいて背中を丸めていたあの頃に比べ、はるかに元気になって、凄いよケンちゃん。
 
「俺さ。随分今んとこ慣れたじゃん。
最近入った若い子にいろいろ教えさせてもらうんだけど。
その子が同期の仲間とコンビ組んで、いい仕事してくれてたりするの見るとね、ああここにも未来があるなって思うのよ。」
 
「うんうん!そうそう。そういう感じ。」
未来ちゃん共感を得られて嬉しそう。
(うふ。エンジンかかったわね。)
 
「あの、ここにさ。いつも手を合わせてやってくる人いるじゃない?」未来ちゃんが聞くので
「あー、セントちゃんね。」と私は答えた。
「そう。そのセントさんが言ってたの。
右手さんのはたらきと
左手さんのはたらきがあってね。」
(さん付け?未来ちゃんらしいわ。)
「うんうん。それで。」
「合掌ってね。
右手さんが左手さんに、左手さんが右手さんに、
お互いがありがとうって、言い合ってる形なんだって。」
「へー。」
ケンちゃんと私は感心した。
 
「そういう役割分担みたいなのあるよね。
さっきのケンさんみたいに、伝えられたから、
次は伝える側になるみたいなね。」
未来ちゃんは言う。
「私はデザインするから、販売してね。
生産手配も必要で、経理もお願いとか。」
 
なるほど。未来ちゃんの言いたいことはわかった。分かったしるしに、私は冗談めかして話を受けた。
「あたしお酒作る人、あなた飲む人。」
「YES」未来ちゃんが笑顔でスッキリ肯く。
 
ケンちゃんも同様に話をかぶせて
「僕西瓜作る人、食べる人誰?」
「ハイ!ハイ!ハイ!」
我先に女優陣が手を挙げ、今日の木蓮の三角が、賑やかに形づくられた。
 
すっかり日の暮れた店の外では、商店街の街灯の下を過ぎようとした三毛猫が、店からの笑い声にいったん足を止め、「ミャア」と短く鳴き、またスタスタと脇の空き地の方に消えて行った。
 
未来ちゃんが、凝りの溜まった体をのばしながら、
「あー楽しい。今日は来てよかったな。
わたし、こういうとこに住みたかったのよ。」
 
そして突然、立ちあがった。
「ねっ、ほら、あの歌!」
 
私は何か虫の知らせが来る。防衛本能が働き、目を細めつつも、
「ん?何?」
引き込まれて聞いた。
 
「それでは皆さん、歌いましょう♪」
(天然娘、未来、来たな!)
未来ちゃんが少し高めの優しい声で
「わたしゃ音楽っ家、山の未来」
(そう来たか)
「上手に洋服デザインします~♪
さらさっさっさ、
・・・
 いかーがです。」
(いいね!)
「ハイ!」
虫の知らせ的中!
「歌いなさーい!」とばかりに、未来ちゃんは、手のひらを上にして両手を開いて、合図をよこす。
私は考える余地も与えてもらえず、しかしここはノリが勝負だ!
「二番、歌いまーす♪
わたしゃ音楽家、山の比呂乃―
上手にお酒を作ってみます
トクトックク
(あちゃちゃ、なんだこの歌詞!)
シャカシャシャシャ
(シェイカーシャシャシャって汗)
トクトックク
シャカシャシャシャ
(ま、いっかー笑)
いかがですー♪」
「んー!美味しい♪」
ミュージカル調に、グラスを持ち上げ、未来ちゃんは笑顔で乗る乗る!
 
次はケンちゃんの番だ。
女優陣がそれぞれ両手を広げて
「はい!」
とサインを送ると
「わたしゃ音楽っ家。千葉のケンちゃん。
仲間と西瓜を作ってきたよ。
スススイカ
(ス・ス・スイカって笑)
スススイカ
(あんた笑)
ナナナカマ
(ケンちゃんっぽい!)
ナナナカマ
いかーがです(^^♪)」
(無茶苦茶だけど、いいなあ♡)
 
未来ちゃんがまた歌いだし、
「僕たちゃ音楽家、山の仲間
上手に揃えてひいてみましょう」
指揮者になって
「タタタンタンタン
タタタンタンタン
タタタンタンタン
タタタンタンタン
いか―がですー。」
未来ちゃんもケンちゃんも楽しそう。
私たちは素敵な一体感を味わっている。
未来ちゃんの言うとおり、たしかにこんな世界に住めればいいかな。
わたしは一瞬妄想してにんまりした。
 
 
秋になって素敵なセレナーデを聞かせてくれるコオロギの楽団。
コンダクターの合図で、燕尾服の楽団が立ち上がって、ブラボーブラボーと喝采を送ってくれるのが見える気がした。
 
(秋の夜長、皆さんも、子どもに帰って「山の音楽家」聞いてみては、、、いかーがですー🎶)
 
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