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シュロッス・イン・デル・ゾーネ

メイとツヅキ

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「えーっと、つまりここは異世界で、今いる国の名前がシュール……」

「シュロッス・イン・デル・ゾーネ。“陽の下の城”って意味」

「“ひのもと”ね……。日本じゃあなさそうだ」

「昔の人は“ジョーヨー”とも言うわね。城に陽で」

「城陽?」

「ところで」

彼女が振り向く。

月明かりこぼれる林の中を、男女二人は歩いていた。女性の方が先導し、男性の方はそれについていく形だ。
彼は、彼女が振り向いた角度が絶妙に『真珠の耳飾りの少女』だな、と思っていると

「名前は何て言うの? ゼルテーネくん」

「久世ツヅキ。そっちは?」

「メイ・ペイルンオーリン。メイで結構よ。ツヅキでいいわね?」

「結構」

「ツヅキくん、落ち着いてるわね。ワケわからないことが起こってると、心中お察しするのだけれど」

「そうかな? 割と内心パニックなんだが」

「まあ、表に出ない方がいいわ。私もイラつかないし、それに……」

「?」

「これから、その方が良いしね」

メイは前を向き、少しスキップして距離を取る。
話が途絶えた後の空気を、物理的に距離を取ったせいにしようとしている。

「なあ」

「何?」

「ゼルテーネってどういう意味だ」

「昔の人の言い方で“まれびと”よ。よそものって意味かしらね」

「そのよそものに、何の用があるんだ? この世界というか、あんたというか」

「ふっふ~ん、良いこと聞くわね。明日になったらわかるわ」

「焦らすねえ」

「イラついたかしら?」

「いや、他にやることもないしな」

そうだ、どうせ今は、彼女についていくだけだ。
ツヅキはこの世界に来て、正直なところ、かなり落ち着いていた。

元の世界では、あと一週間で高校卒業後の進路希望調査票提出だった。
それだけではない、あと30分で、家庭教師の先生が来る時間だった。

家庭教師の先生が来るのは問題ではない。先生のこと自体は別に嫌いではなかった。
問題は、家庭教師の先生が来る時間が来ることだった。
元の世界では、全てそれだ。時間時間時間……

ツヅキは、時間を呪っていた。


◇◇◇


そんなツヅキだったが、この展開にはやや焦った。

「なあ。ここってあんたの部屋じゃあないのか」

「二つ目の、ね。一つ目じゃあないから安心しなさいな」

何が安心しなさいな、だ。

ツヅキとメイは林を抜け、大きな洋館に辿り着いたのだった。
数多くある窓のいくつかには明かりが灯っていたが、そのうち明かりの点いていない、一階の窓の一つから中に入った。

メイが指を鳴らすだけで、明かりは点いた。
ツヅキの目に飛び込んできたのはお姫様ベッド、ソファ、大きくて縁があしらわれた姿見に、部屋の空間の大きさだ。

「ベッドで寝ていただいて構わないわ。ほとんど使っていないから」

「あのベッドで?」

「他にベッドがあって?」

うーん、ご免こうむりたい。
そもそも何で窓から入ったんだ。

「色々と聞きたいことはあるでしょうけれど」

ツヅキは釘をさされた。

「真面目な話、私から今の段階でお話しできることは少ないわ。窓から入ったことで察してくださらないかしら?」

「なんか急に不安になってきたぞ」

「安心して寝てもらって大丈夫よ。少なくとも、今日のところは」

それが不安を誘うことを、メイは気づいていない。

「明日に何があるんだ」

「朝になったら起こしに来るわね」

「何時だ」

「時間は嫌いなのではなくて?」

ふふっと意地悪そうに笑い、片手でバイバイしながらメイは出ていった。
ツヅキはしばし硬直したが、ふと毒づいた。

「“心中お察し”できるってワケね。さすが異世界」

自分でも切り替えは早い方だと、ツヅキは思っていた。
というよりも、現実にそこまで興味がないのだ。と言って、物思いに耽る方でもなかったが。

何だか今のあいつの一言で一気にバカらしくなって、疲れた。
そう思い、部屋に対する探索欲ごと、部屋の明かりを切った。メイがやったように、指を鳴らすだけで良かった。

一応ベッドの脇までは行ったが、嗅覚に感じるものがあったので、やはりソファに辿り着いた。
そちらも匂いは同じだったが、背徳というか、罪悪感は遥かに少なかった。
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