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29話 薬
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ナツは目を覚ました。自分がまだ呼吸をし、瞼を開けることのできるのが不思議だった。
「薬、効いたみたいね」
よかったと、枕元に膝をつく姉が安堵のため息をついている。
「くすり……?」
掠れた声を零す妹に、姉は水の入ったコップを差し出し、重い体を起こす彼女の背を支える。
「母さんが飲ませたの、覚えていないの?」
ぬるい水を口に含み、時間をかけて飲み込みながら、ナツは覚えていないと首を振った。
「ひどい熱だったから、仕方ないわね」
そう言って、姉はどこか疲れた顔で笑った。
高熱にうなされている間に母が薬を飲ませたおかげで、ナツは目を覚ますことができたらしい。それでも、まだ体の節々はひどく痛み、ぼうっと続く熱のせいで頭はうまく働かない。見下ろした肌は、不気味な赤黒さに埋め尽くされている。
「薬、なんて……」
上手く声を出せず激しく咳をするナツの背を優しく撫で、姉は眠るように促す。
「ナツは、心配しなくていいから」
「だけど……」
「いいの。それより、早く体を治して。また熱が上がるかも知れないのよ」
この貧乏な家で、嘗ては病気になっても医者に看せられずに死んだ子さえいるのに、何故薬などを飲むことができたのか。しかしいくら姉に問いただしたくとも、その台詞を考える力さえ持ち得ないナツは、言われるがままに目を閉じるしかなかった。あの子に会ったのだとも伝えたかったが、病に疲れきっている体は、瞼を開けることを許してはくれなかった。あの辛い別れの日から、七日目のことだった。
あの子に会ったのだとようやく語ると、姉は目を見開いて驚いていたが、言葉を挟まずナツの話を聞いていた。三度薬を飲んだ頃には、体は横たえたままでも話をする体力は戻ってきていた。
「ナツのことが、一番好きだったからね」
ただの夢だと笑い飛ばすことなく、姉はしんみりとした口調で言う。そんな彼女から目を離し、ナツは布団から出した腕を持ち上げて見つめた。皮膚に浮く点の濃度はいくらか薄まり、細い腕はいくらか元の肌色を取り戻していた。その様子を見た姉や母は、よかったと口にするが、しかしナツは、素直に喜ぶことができない。
「姉さん、どうして、薬なんか買えたんだ……?」
訝しむナツに、姉はかぶりを振る。
「あの子には、一度だって飲ませられなかったのに。なんで、今になって……」
「いいから、気にしなくていいの」
「気になるよ」
僅かに語気を強めたナツは咳き込んだ。だが、それを見て抑えようとする姉の手を遮り、ナツは続ける。
「あたしだけこうして、生き延びちまったんだ。今の母さんたちを見ても、十分金が手に入ってるようには思えない」
姉は力なく、捨てられた子犬のように項垂れている。
「なあ、姉さん……」
「あとで、ちゃんと教えるから。きちんと病気が治って、元気になったら、教えるから。だから今は、何も言わないで、考えないで、体を治して。ね、ナツ。お願いだから、言うことを聞いて」
幼い子どもに語りかける口調で頼み込む姉は苦しそうで、ナツは何も言えなくなってしまった。ただでさえ下がりきらない微熱のせいで、少し無理をした体は考える力を失い、ぼんやりとしてしまう。
大人しく体を横たえ直し、瞼を閉じると、姉が静かに立ち上がり出て行く物音が聞こえた。決して生活は楽ではない。まだ朝も早い時間だが、母も姉も、働きに出なければならない。末娘がたとえ病で床に臥していても、その命の危機を脱したのであれば、四六時中看病しているわけにはいかなかった。
誰もいなくなった部屋は静かで、耳を澄ませて微かに漂ってくるのは、外の遠い喧騒のみだ。釈然としない、大きな塊が胸に沈むのを感じながら、ナツは眠りに沈んでいった。悲しい別れから、半月が経った頃だった。
「薬、効いたみたいね」
よかったと、枕元に膝をつく姉が安堵のため息をついている。
「くすり……?」
掠れた声を零す妹に、姉は水の入ったコップを差し出し、重い体を起こす彼女の背を支える。
「母さんが飲ませたの、覚えていないの?」
ぬるい水を口に含み、時間をかけて飲み込みながら、ナツは覚えていないと首を振った。
「ひどい熱だったから、仕方ないわね」
そう言って、姉はどこか疲れた顔で笑った。
高熱にうなされている間に母が薬を飲ませたおかげで、ナツは目を覚ますことができたらしい。それでも、まだ体の節々はひどく痛み、ぼうっと続く熱のせいで頭はうまく働かない。見下ろした肌は、不気味な赤黒さに埋め尽くされている。
「薬、なんて……」
上手く声を出せず激しく咳をするナツの背を優しく撫で、姉は眠るように促す。
「ナツは、心配しなくていいから」
「だけど……」
「いいの。それより、早く体を治して。また熱が上がるかも知れないのよ」
この貧乏な家で、嘗ては病気になっても医者に看せられずに死んだ子さえいるのに、何故薬などを飲むことができたのか。しかしいくら姉に問いただしたくとも、その台詞を考える力さえ持ち得ないナツは、言われるがままに目を閉じるしかなかった。あの子に会ったのだとも伝えたかったが、病に疲れきっている体は、瞼を開けることを許してはくれなかった。あの辛い別れの日から、七日目のことだった。
あの子に会ったのだとようやく語ると、姉は目を見開いて驚いていたが、言葉を挟まずナツの話を聞いていた。三度薬を飲んだ頃には、体は横たえたままでも話をする体力は戻ってきていた。
「ナツのことが、一番好きだったからね」
ただの夢だと笑い飛ばすことなく、姉はしんみりとした口調で言う。そんな彼女から目を離し、ナツは布団から出した腕を持ち上げて見つめた。皮膚に浮く点の濃度はいくらか薄まり、細い腕はいくらか元の肌色を取り戻していた。その様子を見た姉や母は、よかったと口にするが、しかしナツは、素直に喜ぶことができない。
「姉さん、どうして、薬なんか買えたんだ……?」
訝しむナツに、姉はかぶりを振る。
「あの子には、一度だって飲ませられなかったのに。なんで、今になって……」
「いいから、気にしなくていいの」
「気になるよ」
僅かに語気を強めたナツは咳き込んだ。だが、それを見て抑えようとする姉の手を遮り、ナツは続ける。
「あたしだけこうして、生き延びちまったんだ。今の母さんたちを見ても、十分金が手に入ってるようには思えない」
姉は力なく、捨てられた子犬のように項垂れている。
「なあ、姉さん……」
「あとで、ちゃんと教えるから。きちんと病気が治って、元気になったら、教えるから。だから今は、何も言わないで、考えないで、体を治して。ね、ナツ。お願いだから、言うことを聞いて」
幼い子どもに語りかける口調で頼み込む姉は苦しそうで、ナツは何も言えなくなってしまった。ただでさえ下がりきらない微熱のせいで、少し無理をした体は考える力を失い、ぼんやりとしてしまう。
大人しく体を横たえ直し、瞼を閉じると、姉が静かに立ち上がり出て行く物音が聞こえた。決して生活は楽ではない。まだ朝も早い時間だが、母も姉も、働きに出なければならない。末娘がたとえ病で床に臥していても、その命の危機を脱したのであれば、四六時中看病しているわけにはいかなかった。
誰もいなくなった部屋は静かで、耳を澄ませて微かに漂ってくるのは、外の遠い喧騒のみだ。釈然としない、大きな塊が胸に沈むのを感じながら、ナツは眠りに沈んでいった。悲しい別れから、半月が経った頃だった。
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