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12章 世界は輝く
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過呼吸で倒れた日から数日経ち退院の目途がついた頃、リハビリに励むことになった。
筋力が衰え、目に見えて右足は左足より細い。復学した時に少しでも支障にならないよう、凛は懸命に松葉杖をついた。頑張れば四月には杖なしでも歩けるようになると医者は言っていたが、それでも生涯、足は悪いままだろう。悲しかったが、命があるだけよかったのだと凛は自分を励ました。
その日もリハビリを終えて眠りにつく前、凛は寝床でこっそりスマートフォンを手に取った。修理が終わり手元に戻ってきたそれには、幸いデータが残っている。横になったままホーム画面からアルバムに移り、並ぶ写真を下へと繰っていく。
中には、教室から海を眺める景色や、手芸部での作品。そして、見舞いに来てくれたのと同じ顔の人たちが写っている、誰もが笑顔で、笑い声が聞こえてきそうなほど楽しげだ。しかしピースをしている女の子にも、集合写真の男の子にも、撮影時の記憶はない。アルバムを見れば何か思いだすだろうと皆は期待しているが、残念ながらそれらは初めて見る写真だった。
それでも唯一、記憶に残っている写真を選ぶ。
子犬を抱いて笑っている男の子。
これを撮った時のことを覚えている。子犬を世話しに行った時、彼が抱いている犬の動画を撮ろうとして、ボタンを間違えて一枚だけ撮った写真。その後すぐ録画に切り替えたが、この時はっとした。
――私、この人が好きなのかもしれない。
普段愛想のない翔太は、子犬を抱いてとても優しい顔をしていた。それまで彼は一人のクラスメイトでしかなかったが、その笑顔を見て一気に惹かれた。その日は心臓がどきどきして、ばれないよう振舞うのに必死だった。一度抱いた「好きかも」という感情には間違いがなく、それから日が経つにつれてどんどん好きになっていった。
機器に挿したイヤホンを耳に取り付け、目当ての動画を再生する。
「録るなよ」
記録された、あの時の声。自分にカメラが向けられていることに気づき、咄嗟に逃げようとする彼の声。掲示板に載せるための動画だったから、画面を見ても彼の姿は映っていない。ころころした小さな子犬が、アルミの容器に頭を突っ込んで夕飯を食べている。
「よく食べるな」
感心する彼に、「そうだね」と笑って返す自分の声。すると彼もつられて笑う声がする。食べ終えた子犬がぶんぶんと尻尾を振りながらじゃれつくと、その腹を彼の手が優しく撫でる。背を地面にこすりつけながら甘える子犬に、彼がまた笑う。
声を殺して泣きながら、凛は床頭台に目を向けた。自分が作っていた小さなぬいぐるみは、この子犬にそっくりだ。彼はこれを見たら気づくだろうか。この日を思い出して、笑ってくれるだろうか。
彼は不思議なぐらい優しかった。その話から伯母に大事にされていないことは知っていたが、彼のアルバイト帰りに初めて彼女と顔を合わせて驚いた。その口の悪さや自転車を蹴飛ばす乱暴な仕草を見て、彼女と長年暮らしている彼が、どうしてこれほど優しいまま成長できたのか疑問にさえ思った。それだけ優しかった。
「会いたい……」
呟き、手で口を塞ぎ、こみ上げてきた嗚咽を我慢する。熱い涙が顔を伝い枕を濡らす。
もう一度会いたい。あの大好きな笑顔を、もう一度だけ見せて欲しい。
しかし、翔太は消えてしまったのだ。今となってはどこにいるのかもわからない。凛は必死に自分に言い聞かせたが、涙は止まらなかった。
筋力が衰え、目に見えて右足は左足より細い。復学した時に少しでも支障にならないよう、凛は懸命に松葉杖をついた。頑張れば四月には杖なしでも歩けるようになると医者は言っていたが、それでも生涯、足は悪いままだろう。悲しかったが、命があるだけよかったのだと凛は自分を励ました。
その日もリハビリを終えて眠りにつく前、凛は寝床でこっそりスマートフォンを手に取った。修理が終わり手元に戻ってきたそれには、幸いデータが残っている。横になったままホーム画面からアルバムに移り、並ぶ写真を下へと繰っていく。
中には、教室から海を眺める景色や、手芸部での作品。そして、見舞いに来てくれたのと同じ顔の人たちが写っている、誰もが笑顔で、笑い声が聞こえてきそうなほど楽しげだ。しかしピースをしている女の子にも、集合写真の男の子にも、撮影時の記憶はない。アルバムを見れば何か思いだすだろうと皆は期待しているが、残念ながらそれらは初めて見る写真だった。
それでも唯一、記憶に残っている写真を選ぶ。
子犬を抱いて笑っている男の子。
これを撮った時のことを覚えている。子犬を世話しに行った時、彼が抱いている犬の動画を撮ろうとして、ボタンを間違えて一枚だけ撮った写真。その後すぐ録画に切り替えたが、この時はっとした。
――私、この人が好きなのかもしれない。
普段愛想のない翔太は、子犬を抱いてとても優しい顔をしていた。それまで彼は一人のクラスメイトでしかなかったが、その笑顔を見て一気に惹かれた。その日は心臓がどきどきして、ばれないよう振舞うのに必死だった。一度抱いた「好きかも」という感情には間違いがなく、それから日が経つにつれてどんどん好きになっていった。
機器に挿したイヤホンを耳に取り付け、目当ての動画を再生する。
「録るなよ」
記録された、あの時の声。自分にカメラが向けられていることに気づき、咄嗟に逃げようとする彼の声。掲示板に載せるための動画だったから、画面を見ても彼の姿は映っていない。ころころした小さな子犬が、アルミの容器に頭を突っ込んで夕飯を食べている。
「よく食べるな」
感心する彼に、「そうだね」と笑って返す自分の声。すると彼もつられて笑う声がする。食べ終えた子犬がぶんぶんと尻尾を振りながらじゃれつくと、その腹を彼の手が優しく撫でる。背を地面にこすりつけながら甘える子犬に、彼がまた笑う。
声を殺して泣きながら、凛は床頭台に目を向けた。自分が作っていた小さなぬいぐるみは、この子犬にそっくりだ。彼はこれを見たら気づくだろうか。この日を思い出して、笑ってくれるだろうか。
彼は不思議なぐらい優しかった。その話から伯母に大事にされていないことは知っていたが、彼のアルバイト帰りに初めて彼女と顔を合わせて驚いた。その口の悪さや自転車を蹴飛ばす乱暴な仕草を見て、彼女と長年暮らしている彼が、どうしてこれほど優しいまま成長できたのか疑問にさえ思った。それだけ優しかった。
「会いたい……」
呟き、手で口を塞ぎ、こみ上げてきた嗚咽を我慢する。熱い涙が顔を伝い枕を濡らす。
もう一度会いたい。あの大好きな笑顔を、もう一度だけ見せて欲しい。
しかし、翔太は消えてしまったのだ。今となってはどこにいるのかもわからない。凛は必死に自分に言い聞かせたが、涙は止まらなかった。
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