流星の徒花

柴野日向

文字の大きさ
上 下
12 / 80
2章 青南高校

しおりを挟む
 彼女は立ち上がって本棚に近づくと、犬の貯金箱を手に取った。ジャラジャラと何かが触れ合う音がするが、「お金じゃないよ」と彼女は言う。「私のね、宝箱」
 犬のお尻部分のゴム栓を開け、卓の上に軽く傾けた。たちまち、ガラスのおはじきやビー玉、ボタンやリボンが転がり出てくる。
「なにこれ」
「ちっちゃい頃から集めてた、宝物。最近はあんまり集めてないけど。綺麗でしょ」
 貯金箱には、いかにも小さな女の子が好みそうな物が詰まっていた。誇らしげに胸を張る彼女に、「へえー」と翔太は唸る。
「榎本さん、意外と子どもっぽいんだな」
「なんか、馬鹿にしてるでしょ」
「だって、あんなに本読んでるのに。そりゃあ意外だよ」視線を本棚にやる。漫画や雑誌、図鑑といった冊子は見当たらない。ほとんどが小説のようだ。
「私、本読むの好きだから。翔太くんと違ってね」
「俺だって、本ぐらい読むよ」
「ほんと?」
「嘘じゃない」
 小学校時代はクラスで最も本を借りた生徒として一位をとっていたと言うと、凛は驚いて目を丸くした。
「そっちだって馬鹿にしてるだろ」
「だって意外だもん。……じゃあさ、これ知ってる?」彼女は立ち上がると、本棚から真新しい一冊の文庫本を取り出した。
「うん、まあ……」曖昧に頷く。「病気の女の子の話だろ」
「そうそう! 私、この本好きなんだ。翔太くんも知ってたんだ!」
「確か、がんだよな。最後死ぬんだっけ」
「違うよ。克服するんだよ」勝手に殺さないでと笑いながら本を戻し、彼女は違う一冊を取り出す。
「こっちは?」
「あー、確か、誕生日順に殺されてくやつ」
「語りの人が犯人だったんだよね。で、二年後の閏年に殺されちゃうの」
「え、じゃあ、犯人って……」
「それで、二巻に続くってなるんだよ。年内発売だって」
 妙に話が噛み合わない。その違和感に気が付いた凛は、不思議そうな顔をした。
「翔太くん、本当に読んでる?」
 彼女の言葉に大きくため息をつくと、「ごめん」と翔太は呟いた。
「読みたいけど……うち、金ないからさ。市立図書館も遠いし。だから本屋で立ち読みするとか、あらすじだけ集めてる冊子あるだろ、あれ貰って見たりとか……」
 彼女への返事は、全てそのあらすじ集から得た知識によるものだった。だから大まかな流れは知っていても、最後のオチや真犯人といった核心は知りようがなかった。
「読むのは好きだから、学校の図書館ではよく借りるんだけど、ちょっと古いのしかないから。最近のはよく知らないんだ」
 言えば言うほど、情けなくて恥ずかしい。一日三百円がやっとの身分では、古本を買うことすらできない。まだ漫画雑誌を家で読んでいる小学生の方がずっと裕福だ。ただでさえこんな広い家に住み、全く金に困った暮らしを見せない彼女には信じがたい話かもしれないが。
 自分のみっともなさを突きつけられた気がして、翔太はすっかり消沈してしまった。
「そんなしょんぼりしないでよ」凛はそう言った。「それなら、貸すよ。翔太くんなら、絶対大事にしてくれそうだし。気になるのあったら、持って帰っていいよ」
 彼女はにっこり笑う。「なにか、読みたいタイトルある?」そんなことまで言う。
「えっと……」戸惑う翔太は何とか口にする。「いいの?」
「いいってば。だって、私だけでひとり占めするなんて、もったいないし。色んな人に読んでもらえる方が、きっと書いた人も嬉しいよ」
 凛は翔太がタイトルだけ知っていた本を、三冊手渡した。一冊は少し古いが、二冊は二、三か月前に発売された新刊だ。
 この日から、翔太は凛から本を貸してもらうことになった。学校で本を渡すと、彼女がお勧めする本を次の日に持ってきてくれる。そんな関係が二人の間には生じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ペンキとメイドと少年執事

海老嶋昭夫
ライト文芸
両親が当てた宝くじで急に豪邸で暮らすことになった内山夏希。 一人で住むには寂しい限りの夏希は使用人の募集をかけ応募したのは二人、無表情の美人と可愛らしい少年はメイドと執事として夏希と共に暮らすこととなった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

百合を食(は)む

転生新語
ライト文芸
 とある南の地方の女子校である、中学校が舞台。ヒロインの家はお金持ち。今年(二〇二二年)、中学三年生。ヒロインが小学生だった頃から、今年の六月までの出来事を語っていきます。  好きなものは食べてみたい。ちょっとだけ倫理から外(はず)れたお話です。なおアルファポリス掲載に際し、感染病に関する記載を一部、変更しています。  この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。二〇二二年六月に完結済みです。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...