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3章 千宙と祐司
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千宙と別れ、残った二人で近くの喫茶店に入ることになった。どうしてこんな展開に。陽向は頭を抱えたくなるが、祐司はさっさと先導していく。テーブルで対面の席につくと、「何か食べる?」と気さくに尋ねるので、陽向はサンドイッチをウェイターに注文した。祐司も同じものを頼み、一口水を飲み、しみじみとため息を吐く。
「驚いたよなあ」
「勘付いてたって、ほんとなのか」
「なんとなくだけどさ、しょっちゅう出張だとか残業だとかで家を空けるんだ。仕事頑張ってくれてるんだって昔は思ってたけど、中一の頃かな、学校帰りに親父を見かけたんだ。今朝、新幹線に乗って泊まりの出張に出たはずの親父がさ、近所にいるわけないだろ。騒ぎになると面倒だし黙ってたんだけど、どう考えても怪しいよな」
「本人に訊かなかったのか」
「証拠がないし、それを除けば割と関係良好だからさ、混ぜっ返す気になれなかったんだ。でもおふくろも多分、勘付いてる。うちって意外とドライなのかもなあ」
まるで他人事のような顔をしている。葛西将吾は何かと自分と祐司を比べるから、さぞ彼は父親に懐いているのだろうと思っていたが、実際はそうでもないらしい。
サンドイッチが運ばれ、ハムときゅうりのそれを口に送りながら、陽向は彼の察しの通り葛西将吾が度々家にやってくることを教えた。あらゆることを諦めざるを得なかったこれまでの生活も、洗いざらい暴露した。誰にも告げ口しないよう念を押したが、彼はきっと約束を守ってくれるだろうと、不思議とそんな気持ちがあった。
皿を空にして陽向が語り終えると、祐司は何度目かのため息をつきながら、ほとんど手をつけていなかったサンドイッチを口に運ぶ。
「なんていうか、予想以上だったな」
「正直、俺はあんたも恨んでた。葛西将吾は嫌いだけど、ちやほやされてるんだろうと思って、その息子にも腹が立ってた。千宙まで取られそうになったから、殺してやろうとさえ思ってた」
「うーん、マジか。まあ彼女は良い子だからなあ。それって、今も思ってる?」
「……いや、殺さなくてよかった。本音を言うと、あんたも大変だなと思ってる」
へへ、と玉子サンドを食みながら祐司が笑う。意外にも屈託のない表情だ。
「それにしても、腹立つなあ。俺に任せろってのは、そういうことだったのか」
「大事にされてるんだよ、あんたは」
「あんたじゃなくて祐司だよ、祐司。なあ陽向」指先のパンくずを皿に落とす。「誰かを脅して彼女と付き合えたとしても、なんにも嬉しくねえよ」
水を飲みつつ頷きながら、実に変な関係だなと改めて思う。まるで逆の立場なのに、同じことに腹を立てている。相変わらず兄貴だという気はしないが。
祐司は、今日のことは父親には黙っていると再度約束した。告げ口して痛い目を見るのは陽向だからだと神妙な顔をした。ありがとうと礼を言うと、困った風に笑った。
翌日の朝、昨日と同じ番組で、行方不明事件の続報を報じていた。山の中でいなくなった男の子の遺体が発見されたそうだ。外傷はないが既に事切れており、これからその死因を探るという。痛ましい結末に、母親は同じ食卓で眉をひそめていたが、陽向には予想通りだった。あの子は妖に生まれ変わって、目に見えない島にいるんだよ。そんなこと、誰も信じてはくれないだろうが。
その日の午後には島に渡る約束だったから、いそいそと出かける準備をする。もっとゆっくりしたらいいのにと母は言ったが、約束なのだと言い張った。昨日、祐司と別れてから買いに行った土産をバッグに詰め、家を出た。
駅で待ち合わせていた凪と電車に乗り、港に向かう道すがら、ニュースの話をした。あの男の子と同じ顔の少年が山でいなくなり、遺体となって発見されたことを教えると、「やっぱりそうか」と凪は言った。
「ケガレに襲われると、みんな同じ結末を辿るんだ。外傷のない肉体だけが見つかって、魂はケガレに喰われて、あの島の海岸に運ばれるんだ」
幼い子が自分の代わりに犠牲になったのだと思うとやり切れない。悶々としつつ、千宙に連絡を入れた。また帰ったら会おう。船に乗る直前、電源を切るために画面を見ると、返事が来ていた。
――うん。待ってる。
顔が綻ぶのを感じながら、電源を落とした。
「驚いたよなあ」
「勘付いてたって、ほんとなのか」
「なんとなくだけどさ、しょっちゅう出張だとか残業だとかで家を空けるんだ。仕事頑張ってくれてるんだって昔は思ってたけど、中一の頃かな、学校帰りに親父を見かけたんだ。今朝、新幹線に乗って泊まりの出張に出たはずの親父がさ、近所にいるわけないだろ。騒ぎになると面倒だし黙ってたんだけど、どう考えても怪しいよな」
「本人に訊かなかったのか」
「証拠がないし、それを除けば割と関係良好だからさ、混ぜっ返す気になれなかったんだ。でもおふくろも多分、勘付いてる。うちって意外とドライなのかもなあ」
まるで他人事のような顔をしている。葛西将吾は何かと自分と祐司を比べるから、さぞ彼は父親に懐いているのだろうと思っていたが、実際はそうでもないらしい。
サンドイッチが運ばれ、ハムときゅうりのそれを口に送りながら、陽向は彼の察しの通り葛西将吾が度々家にやってくることを教えた。あらゆることを諦めざるを得なかったこれまでの生活も、洗いざらい暴露した。誰にも告げ口しないよう念を押したが、彼はきっと約束を守ってくれるだろうと、不思議とそんな気持ちがあった。
皿を空にして陽向が語り終えると、祐司は何度目かのため息をつきながら、ほとんど手をつけていなかったサンドイッチを口に運ぶ。
「なんていうか、予想以上だったな」
「正直、俺はあんたも恨んでた。葛西将吾は嫌いだけど、ちやほやされてるんだろうと思って、その息子にも腹が立ってた。千宙まで取られそうになったから、殺してやろうとさえ思ってた」
「うーん、マジか。まあ彼女は良い子だからなあ。それって、今も思ってる?」
「……いや、殺さなくてよかった。本音を言うと、あんたも大変だなと思ってる」
へへ、と玉子サンドを食みながら祐司が笑う。意外にも屈託のない表情だ。
「それにしても、腹立つなあ。俺に任せろってのは、そういうことだったのか」
「大事にされてるんだよ、あんたは」
「あんたじゃなくて祐司だよ、祐司。なあ陽向」指先のパンくずを皿に落とす。「誰かを脅して彼女と付き合えたとしても、なんにも嬉しくねえよ」
水を飲みつつ頷きながら、実に変な関係だなと改めて思う。まるで逆の立場なのに、同じことに腹を立てている。相変わらず兄貴だという気はしないが。
祐司は、今日のことは父親には黙っていると再度約束した。告げ口して痛い目を見るのは陽向だからだと神妙な顔をした。ありがとうと礼を言うと、困った風に笑った。
翌日の朝、昨日と同じ番組で、行方不明事件の続報を報じていた。山の中でいなくなった男の子の遺体が発見されたそうだ。外傷はないが既に事切れており、これからその死因を探るという。痛ましい結末に、母親は同じ食卓で眉をひそめていたが、陽向には予想通りだった。あの子は妖に生まれ変わって、目に見えない島にいるんだよ。そんなこと、誰も信じてはくれないだろうが。
その日の午後には島に渡る約束だったから、いそいそと出かける準備をする。もっとゆっくりしたらいいのにと母は言ったが、約束なのだと言い張った。昨日、祐司と別れてから買いに行った土産をバッグに詰め、家を出た。
駅で待ち合わせていた凪と電車に乗り、港に向かう道すがら、ニュースの話をした。あの男の子と同じ顔の少年が山でいなくなり、遺体となって発見されたことを教えると、「やっぱりそうか」と凪は言った。
「ケガレに襲われると、みんな同じ結末を辿るんだ。外傷のない肉体だけが見つかって、魂はケガレに喰われて、あの島の海岸に運ばれるんだ」
幼い子が自分の代わりに犠牲になったのだと思うとやり切れない。悶々としつつ、千宙に連絡を入れた。また帰ったら会おう。船に乗る直前、電源を切るために画面を見ると、返事が来ていた。
――うん。待ってる。
顔が綻ぶのを感じながら、電源を落とした。
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