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3章 春乃
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その日の夜、亜希と共に龍太郎も実家への帰路に着いた。一人暮らしをしていても家族と仲の良い彼は、ちょくちょく実家に帰ってきている。明日は授業もバイトも休みだと言いながら、亜希が気づいた頃には共に家の門をくぐっていた。
「帰るんなら事前に連絡しなさいよ」
文句を言いながらもその声を弾ませる母の夕飯を済ませ、風呂から上がった亜希はリビングのソファーで考えていた。
それは専ら、あの来栖航があんな風に笑うのかということだった。写真で見たのだから間違いはない。しかし、自分の前では飄々として人をナメ切った表情を浮かべる彼が、義姉と居る時にはあれほど無垢に笑うとは。春乃は航を何度も褒めていたが、彼にとっての春乃も、よほど大切な人であるに違いない。
「なあ亜希」風呂から上がった龍太郎が、髪をタオルで拭きながら話しかけてくる。
「なに」
「いや、おまえもちゃんと人付き合いしてんだなって」
「どういう意味よ」
亜希は口を尖らせたが、彼の言わんとすることはなんとなく理解できる。彼は彼なりに、妹の高校生活を心配しているのだ。
しみじみと頷く龍太郎は、いやいやと首を軽く振った。
「俺も驚きだったけどさあ。春乃ちゃんの弟くんって、どんな子?」
「どんなって……」言い淀み、亜希は咄嗟に航について考えを巡らせた。彼の喫煙や飲酒を初めとする不真面目さについて告げ口してやればどうか。龍太郎から春乃に話が行けば、彼も考えを改めるかもしれない。
「……えっと……」
だが、その言葉が出てこなかった。
「頭がいい子だよ」
数時間前に見たばかりの彼の笑顔の写真や、楓と弁当を食べていた姿を思い出す。楓の万引きを叱りつけていた場面や、乱暴な客への対応を手助けしてくれたことを思えば、告げ口は喉から上手に出てこない。
「……なに考えてるか、よく分からない人」
せいぜいそんな台詞でお茶を濁す。
「ふーん」横に座る龍太郎は、曖昧に鼻を鳴らした。
ひょっとしたら、と亜希は思う。
店に入ったばかりの頃、何故働くのかと問いかけた時、彼は自分の生活の為だけではないと言っていた。彼がアルバイトに勤しむ理由は、春乃に関係するのではないだろうか。進学さえ厳しい義姉に何らかの手助けをするべく、夏休みを潰してまで仕事に精を出しているとは考えられないか。
「まあ、上手くいってるならいいんだよ。亜希は女っ気がないから」
「龍兄いが期待してるようなことなんて、なにもないよ」
「そう言うなよ。俺だって心配してんだからさ」
「自分だって、彼女出来たばっかりのくせに」
「厳しいよなあ」
へらへらと龍太郎は笑う。
子之葉も龍太郎も、他人事だと思って簡単に言う。そう思い亜希は不貞腐れるが、一方で、航がそんな事情を背負っているならば知っておきたかったとも思う。クラスメイトでありバイト先の同僚であるならば、もう少し、あとちょっとだけ、近づいても構わないだろうか。あくまで純粋な人付き合いの一環として、と、亜希は自分に言い聞かせる。
「帰るんなら事前に連絡しなさいよ」
文句を言いながらもその声を弾ませる母の夕飯を済ませ、風呂から上がった亜希はリビングのソファーで考えていた。
それは専ら、あの来栖航があんな風に笑うのかということだった。写真で見たのだから間違いはない。しかし、自分の前では飄々として人をナメ切った表情を浮かべる彼が、義姉と居る時にはあれほど無垢に笑うとは。春乃は航を何度も褒めていたが、彼にとっての春乃も、よほど大切な人であるに違いない。
「なあ亜希」風呂から上がった龍太郎が、髪をタオルで拭きながら話しかけてくる。
「なに」
「いや、おまえもちゃんと人付き合いしてんだなって」
「どういう意味よ」
亜希は口を尖らせたが、彼の言わんとすることはなんとなく理解できる。彼は彼なりに、妹の高校生活を心配しているのだ。
しみじみと頷く龍太郎は、いやいやと首を軽く振った。
「俺も驚きだったけどさあ。春乃ちゃんの弟くんって、どんな子?」
「どんなって……」言い淀み、亜希は咄嗟に航について考えを巡らせた。彼の喫煙や飲酒を初めとする不真面目さについて告げ口してやればどうか。龍太郎から春乃に話が行けば、彼も考えを改めるかもしれない。
「……えっと……」
だが、その言葉が出てこなかった。
「頭がいい子だよ」
数時間前に見たばかりの彼の笑顔の写真や、楓と弁当を食べていた姿を思い出す。楓の万引きを叱りつけていた場面や、乱暴な客への対応を手助けしてくれたことを思えば、告げ口は喉から上手に出てこない。
「……なに考えてるか、よく分からない人」
せいぜいそんな台詞でお茶を濁す。
「ふーん」横に座る龍太郎は、曖昧に鼻を鳴らした。
ひょっとしたら、と亜希は思う。
店に入ったばかりの頃、何故働くのかと問いかけた時、彼は自分の生活の為だけではないと言っていた。彼がアルバイトに勤しむ理由は、春乃に関係するのではないだろうか。進学さえ厳しい義姉に何らかの手助けをするべく、夏休みを潰してまで仕事に精を出しているとは考えられないか。
「まあ、上手くいってるならいいんだよ。亜希は女っ気がないから」
「龍兄いが期待してるようなことなんて、なにもないよ」
「そう言うなよ。俺だって心配してんだからさ」
「自分だって、彼女出来たばっかりのくせに」
「厳しいよなあ」
へらへらと龍太郎は笑う。
子之葉も龍太郎も、他人事だと思って簡単に言う。そう思い亜希は不貞腐れるが、一方で、航がそんな事情を背負っているならば知っておきたかったとも思う。クラスメイトでありバイト先の同僚であるならば、もう少し、あとちょっとだけ、近づいても構わないだろうか。あくまで純粋な人付き合いの一環として、と、亜希は自分に言い聞かせる。
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