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1章 亜希
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「別に悪いことやないんやから。そんな怒らんとってやあ」
「……怒ってなんかないけど」
「そんなむすーっとして、怒ってない方が怖いわ」
廊下を歩きながら、子之葉が亜希の頬を指先でつつく。並ぶと亜希の方が数センチだけ背が高い。
「ちょっと亜希のことわかってもらおうと思ったんよ。ごめんって」
「それは、ありがたいけど……」子之葉に両手を合わせられると、すぐに全てを許してしまいそうになる。「でも、絶対変な人だって思われた」
「そんなことあらへんよ。それに来栖もちょっと変なやつやし」彼女は亜希の肩をぽんぽんと叩く。「けど悪いやつやないから、嫌な噂流したりとかせんよ。やからうちもよろしくしてって言うたんよ」
「変なやつって、どういう意味」
「うーん、なんて言ったらええんやろ」
亜希の質問に、子之葉は腕を組んで首を傾げる。このわかりやすいリアクションも彼女の特徴だ。
「飄々っていうん? 掴みどころがないっちゅうか……。まあ、亜希とはあまり合わへんかもしれんけどなあ」
明るく笑う子之葉は亜希の手を引き、「ジュースでも買いに行こや」と階段を下りる。「来栖が飲んでるの見たら、欲しくなった」らしい。
子之葉の肩につくほどの髪が揺れるのを眺めながら、亜希も手を引かれるままついて行く。快活で気のいい彼女は、廊下ですれ違う生徒たちに気軽に声をかけられ、返事をしている。航に対する態度もそうだが、彼女は男女問わず友人が多く、その内何人かを既に亜希にも紹介していた。
子之葉と友だちでよかった。そう思う度に、亜希は自分自身に歪んだ思惑が潜んでいないか不安になる。四万子之葉は、大事な友人だ。だが、彼女の「友人」という恩恵に預かり喜ぶ、自分のずるく嫌な心が存在している気がして怖い。否定すればするほど、それが確固とした事実である証拠に思えて胸苦しくなる。
「亜希、どれにするん?」
玄関脇の自動販売機で買ったジュースを手に、子之葉が振り向く。私はいらないと出かけた台詞を呑み込み、亜希は当たり障りのない緑茶を購入した。
各々ペットボトルを手に教室へ戻ろうと踵を返した時、またも子之葉は亜希の知らない生徒に声をかけられる。
「おっ、子之葉じゃーん」
角を曲がって自動販売機に向かってきたのは、他クラスの女子生徒だ。
「やほー、凛香」
子之葉は笑ってひらひらと手を振り、そのまま二人は亜希の知らないお喋りに突入した。
膝上まで短く詰めたスカートに、軽く巻かれた長い髪は染めているのかと思うほど明るい色味。女子らしい甲高い笑い声に、軽い話し言葉。すらっとした凛香という少女は、亜希の苦手とするタイプだった。
話の区切りを見極め、子之葉が軽く亜希の袖を引く。
「この子、うちの小学校からの友だち。高等部からやけど、クラス一緒になったんよ」にこにこする子之葉。「なかよくしたってや」
「水無瀬亜希です」無下にもできず、亜希は小さくおじぎをする。
「ふーん。外部生かあ。そういえばうちのクラスにも何人かいたかも」顎に人差し指を当て、彼女は無遠慮に亜希を眺める。「あたし、一組の山本山本凛香」
「去年、同じクラスやったんよ」子之葉が付け加える。「ほんなら、行こか」
「ちょっと待ってよ。ねえ、なんて呼んだらいい?」
子之葉の助け船に乗りかけた亜希に、凛香が声をかけた。
「あたしも外部生の知り合い欲しいしさあ。どの子なら安全かわかんないけど、子之葉の友だちなら間違いないでしょ」
「ちょっと、凛香……!」
あまりの言い方に窘めようとする子之葉に「冗談だって」と凛香はけらけらと笑う。
「それじゃ、あたしは凛香でいいから、呼び捨てでいい?」
凛香の発言に抗議しようとした亜希だったが、子之葉の少し不安げな顔を見て思い留まった。ここで下手に逃げを打てば、彼女の顔に泥を塗ることにならないか――。
かくして亜希は凛香の提案を承諾し、ようやく二人は教室への帰路に着く。
「なあ亜希、あんま怒らんとってよ」
「怒ってないよ」
「やからそんな顔で言うても説得力ないって」
凛香の姿が見えなくなると、子之葉が苦笑した。「こういうの、珍しいことやないみたいやから」
「私、三年間ばかにされないといけないの」
「そういうわけやないんやけど……。でも確執っていうんかなあ、高等部の先輩見てても、あるみたいやし」
「おかしいよ、そんなの」
「そうやけど」子之葉は眉根を寄せて言い淀む。「内部生はもう三年間一緒やし、かたまってしもとんよ。田舎気質っていうん? 外部を受け入れられんていうか。凛香も悪い子やないんやけど、そんな雰囲気に呑まれてしもとんよ」
明らかに子之葉は困った顔で、懸命に言葉を選んでいる。その様子を目にすると、亜希にも無理をさせている罪悪感が沸いてくる。
「ごめん。子之葉のせいじゃないのに」
「ええよ。それに、みんながみんな、ってわけやないから。亜希は胸張ってたらええんよ」
確かに子之葉の言う通りだと亜希は思った。自分は州徳高校の生徒に間違いない。こんな理不尽に負けてやるつもりはない。礼を言うと子之葉は歯痒そうに笑った。
「……怒ってなんかないけど」
「そんなむすーっとして、怒ってない方が怖いわ」
廊下を歩きながら、子之葉が亜希の頬を指先でつつく。並ぶと亜希の方が数センチだけ背が高い。
「ちょっと亜希のことわかってもらおうと思ったんよ。ごめんって」
「それは、ありがたいけど……」子之葉に両手を合わせられると、すぐに全てを許してしまいそうになる。「でも、絶対変な人だって思われた」
「そんなことあらへんよ。それに来栖もちょっと変なやつやし」彼女は亜希の肩をぽんぽんと叩く。「けど悪いやつやないから、嫌な噂流したりとかせんよ。やからうちもよろしくしてって言うたんよ」
「変なやつって、どういう意味」
「うーん、なんて言ったらええんやろ」
亜希の質問に、子之葉は腕を組んで首を傾げる。このわかりやすいリアクションも彼女の特徴だ。
「飄々っていうん? 掴みどころがないっちゅうか……。まあ、亜希とはあまり合わへんかもしれんけどなあ」
明るく笑う子之葉は亜希の手を引き、「ジュースでも買いに行こや」と階段を下りる。「来栖が飲んでるの見たら、欲しくなった」らしい。
子之葉の肩につくほどの髪が揺れるのを眺めながら、亜希も手を引かれるままついて行く。快活で気のいい彼女は、廊下ですれ違う生徒たちに気軽に声をかけられ、返事をしている。航に対する態度もそうだが、彼女は男女問わず友人が多く、その内何人かを既に亜希にも紹介していた。
子之葉と友だちでよかった。そう思う度に、亜希は自分自身に歪んだ思惑が潜んでいないか不安になる。四万子之葉は、大事な友人だ。だが、彼女の「友人」という恩恵に預かり喜ぶ、自分のずるく嫌な心が存在している気がして怖い。否定すればするほど、それが確固とした事実である証拠に思えて胸苦しくなる。
「亜希、どれにするん?」
玄関脇の自動販売機で買ったジュースを手に、子之葉が振り向く。私はいらないと出かけた台詞を呑み込み、亜希は当たり障りのない緑茶を購入した。
各々ペットボトルを手に教室へ戻ろうと踵を返した時、またも子之葉は亜希の知らない生徒に声をかけられる。
「おっ、子之葉じゃーん」
角を曲がって自動販売機に向かってきたのは、他クラスの女子生徒だ。
「やほー、凛香」
子之葉は笑ってひらひらと手を振り、そのまま二人は亜希の知らないお喋りに突入した。
膝上まで短く詰めたスカートに、軽く巻かれた長い髪は染めているのかと思うほど明るい色味。女子らしい甲高い笑い声に、軽い話し言葉。すらっとした凛香という少女は、亜希の苦手とするタイプだった。
話の区切りを見極め、子之葉が軽く亜希の袖を引く。
「この子、うちの小学校からの友だち。高等部からやけど、クラス一緒になったんよ」にこにこする子之葉。「なかよくしたってや」
「水無瀬亜希です」無下にもできず、亜希は小さくおじぎをする。
「ふーん。外部生かあ。そういえばうちのクラスにも何人かいたかも」顎に人差し指を当て、彼女は無遠慮に亜希を眺める。「あたし、一組の山本山本凛香」
「去年、同じクラスやったんよ」子之葉が付け加える。「ほんなら、行こか」
「ちょっと待ってよ。ねえ、なんて呼んだらいい?」
子之葉の助け船に乗りかけた亜希に、凛香が声をかけた。
「あたしも外部生の知り合い欲しいしさあ。どの子なら安全かわかんないけど、子之葉の友だちなら間違いないでしょ」
「ちょっと、凛香……!」
あまりの言い方に窘めようとする子之葉に「冗談だって」と凛香はけらけらと笑う。
「それじゃ、あたしは凛香でいいから、呼び捨てでいい?」
凛香の発言に抗議しようとした亜希だったが、子之葉の少し不安げな顔を見て思い留まった。ここで下手に逃げを打てば、彼女の顔に泥を塗ることにならないか――。
かくして亜希は凛香の提案を承諾し、ようやく二人は教室への帰路に着く。
「なあ亜希、あんま怒らんとってよ」
「怒ってないよ」
「やからそんな顔で言うても説得力ないって」
凛香の姿が見えなくなると、子之葉が苦笑した。「こういうの、珍しいことやないみたいやから」
「私、三年間ばかにされないといけないの」
「そういうわけやないんやけど……。でも確執っていうんかなあ、高等部の先輩見てても、あるみたいやし」
「おかしいよ、そんなの」
「そうやけど」子之葉は眉根を寄せて言い淀む。「内部生はもう三年間一緒やし、かたまってしもとんよ。田舎気質っていうん? 外部を受け入れられんていうか。凛香も悪い子やないんやけど、そんな雰囲気に呑まれてしもとんよ」
明らかに子之葉は困った顔で、懸命に言葉を選んでいる。その様子を目にすると、亜希にも無理をさせている罪悪感が沸いてくる。
「ごめん。子之葉のせいじゃないのに」
「ええよ。それに、みんながみんな、ってわけやないから。亜希は胸張ってたらええんよ」
確かに子之葉の言う通りだと亜希は思った。自分は州徳高校の生徒に間違いない。こんな理不尽に負けてやるつもりはない。礼を言うと子之葉は歯痒そうに笑った。
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