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1章 亜希
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州徳高校は、全国でも有数の進学校だ。中高一貫の公立校で、中等部に入学した百二十名がそのまま高等部に持ち上がるが、その際に毎年四十名の外部生が受験により入学する。高倍率のその枠に入れるよう、亜希は死に物狂いに勉強し、今年の三月に合格した。
そして入学して一週間が経ったが、彼女は州徳高校に入れたことに満足していた。
部活動は存在するが強制ではなく、帰宅部の生徒も多い。つまり学生たちはとにかく勉学に勤しみ、それでいて真面目だった。休憩時間にも参考書と睨めっこをし、昼休みも教室や図書室で自習に励んでいる。中学校の荒れ具合に辟易していた二年前の亜希は、本屋で見かけた州徳高校の生徒たちがまったく皺のない制服を着こなし、赤本の前で真剣に会話をしているのを見て受験を決めた。そして入学し、本屋で見かけた彼らが特別だったのではなく、生徒の多くがそうした真面目さを持っていることに、この判断は間違っていなかったのだと確信したのだった。
そして、選んで正解だと思えることがもう一つあった。
「亜希はさあ、もうちょっと柔軟になった方がええと思うよ」
そう言って笑う彼女がいたからだ。
「どういう意味?」
「先生の特徴いちいちノートに書いて覚え込むとかさ、そこまでせんでもええやん。知らん間に覚えるもんやし」
「だって、もし間違えたら失礼じゃない」
弁当のおかずを口にする亜希を見て、彼女は購買のパンを食べながら苦笑する。「相変わらずやなあ」目を細める表情は温厚そのもの。
小学生の頃の友人だった四万子之葉と再会出来たことも、亜希にとって州徳高校のポイントを高める一助となった。転勤族の親を持つ子之葉は、小学二年生の頃に亜希が通っていた小学校に転入し、五年生になる春に再度転校した。後に彼女が州徳高校の中等部に入学したことを、亜希は中学一年生時の年賀状で知った。二学期に不良生徒によってトイレの窓ガラスが割られ警報が鳴った自分の中学校に、亜希がすっかりうんざりしていた時期だった。
高等部に外部生として入学することに不安がなかったわけではないが、クラスに子之葉がいた幸いは大いにそれを緩和してくれた。彼女は小学生時代と同じように仲良く接し、自身の友人を紹介してくれた。テニス部に所属し、すっかり日に焼けた彼女は誰に対しても友好的で、顔が広かった。
「ま、亜希さんが学校に馴染めるなら、子之葉さんに言うことはないしなあ。うちらはほとんど顔見知りみたいなもんやから、みんなかたまりがちやし」
しかしその「うちら」というのが内部生を指していることに、亜希は些か反発を覚える。
「その内部外部っていう言い方も、よくないよね。差別されてるみたい」
「うーん。んでも区別は必要やろ」
「そうかなあ。だって、私たちも一生懸命勉強して、合格して入ったんだよ。この学校の生徒として認められてるはずなのに」
私たちも、と口にして、亜希は顔を歪めた。それが外部生を表していることに気づき、越えられない隔たりを感じてしまう。
「まあ、そうやけど。亜希は潔癖すぎんねん。細かいこと気にしとったら、青春楽しめへんで」
亜希も、子之葉に反発してもしようのない話題だと理解し、不承不承に頷いた。
「そういえば、亜希は部活入らへんの? やっぱ入りにくい?」
「そういうわけじゃないけど……。時間もなさそうだし」
「時間がないって」はたと首を傾げた子之葉はすぐに納得して頷いた。「せやった。バイトしとるんやったね」
「うん」
「雑貨屋やっけ。確か、来栖とおんなじとこ」
子之葉が視線をやるのに、亜希も控えめに振り向いた。廊下側の二番目の席には航がいるが、一昨日の日曜日に初めて会話をしてから、学校では一言も話していない。
真面目な生徒がさっさと昼食を終え、予習を始める昼休み、彼はけだるげにコンビニのおにぎりを食べている。机の上には開きっぱなしの教科書があるが、特にページをめくっている気配もない。真面目なのかそうでないのかよくわからない。
おもむろに子之葉が立ち上がった。すたすたと彼の席に向かうのに嫌な予感がし、慌てて亜希も席を立つ。
が、止める間もなく子之葉は彼に声をかけた。
「やっほー。くーるすー」
気軽な彼女の言葉に、およそおにぎりに合わないオレンジジュースの紙パックにストローを挿す彼も顔を上げる。「四万じゃん。なに」
「いやね、うちの仲良しがお世話になっとるみたいで」追いすがって腕を握る亜希を、子之葉は笑って振り向いた。「この子、真面目過ぎるんやけど、ええ子やから。なかようしたってよ」
「ちょっと、子之葉、待ってよ」
「ああ、バイトね」
「そうそう」
亜希の焦りなど二人は意に介さない。「小学校ん時から知っとるんやけどさあ、そん時から真面目やったの。三年生の時やったっけ。信号待ちの車から運転手がポイ捨てした空き缶、わざわざ拾って窓から投げ返したりな」
過去のエピソードを暴露され、亜希は恥ずかしさで頭がくらくらする。当の航は「へえー」と相槌を打ちながらストローでジュースを飲んでいる。
「びっくりするかもやけど、よろしくしたってや」
「もういいってば子之葉!」
必死で子之葉を引きずり、亜希は教室を退散した。
そして入学して一週間が経ったが、彼女は州徳高校に入れたことに満足していた。
部活動は存在するが強制ではなく、帰宅部の生徒も多い。つまり学生たちはとにかく勉学に勤しみ、それでいて真面目だった。休憩時間にも参考書と睨めっこをし、昼休みも教室や図書室で自習に励んでいる。中学校の荒れ具合に辟易していた二年前の亜希は、本屋で見かけた州徳高校の生徒たちがまったく皺のない制服を着こなし、赤本の前で真剣に会話をしているのを見て受験を決めた。そして入学し、本屋で見かけた彼らが特別だったのではなく、生徒の多くがそうした真面目さを持っていることに、この判断は間違っていなかったのだと確信したのだった。
そして、選んで正解だと思えることがもう一つあった。
「亜希はさあ、もうちょっと柔軟になった方がええと思うよ」
そう言って笑う彼女がいたからだ。
「どういう意味?」
「先生の特徴いちいちノートに書いて覚え込むとかさ、そこまでせんでもええやん。知らん間に覚えるもんやし」
「だって、もし間違えたら失礼じゃない」
弁当のおかずを口にする亜希を見て、彼女は購買のパンを食べながら苦笑する。「相変わらずやなあ」目を細める表情は温厚そのもの。
小学生の頃の友人だった四万子之葉と再会出来たことも、亜希にとって州徳高校のポイントを高める一助となった。転勤族の親を持つ子之葉は、小学二年生の頃に亜希が通っていた小学校に転入し、五年生になる春に再度転校した。後に彼女が州徳高校の中等部に入学したことを、亜希は中学一年生時の年賀状で知った。二学期に不良生徒によってトイレの窓ガラスが割られ警報が鳴った自分の中学校に、亜希がすっかりうんざりしていた時期だった。
高等部に外部生として入学することに不安がなかったわけではないが、クラスに子之葉がいた幸いは大いにそれを緩和してくれた。彼女は小学生時代と同じように仲良く接し、自身の友人を紹介してくれた。テニス部に所属し、すっかり日に焼けた彼女は誰に対しても友好的で、顔が広かった。
「ま、亜希さんが学校に馴染めるなら、子之葉さんに言うことはないしなあ。うちらはほとんど顔見知りみたいなもんやから、みんなかたまりがちやし」
しかしその「うちら」というのが内部生を指していることに、亜希は些か反発を覚える。
「その内部外部っていう言い方も、よくないよね。差別されてるみたい」
「うーん。んでも区別は必要やろ」
「そうかなあ。だって、私たちも一生懸命勉強して、合格して入ったんだよ。この学校の生徒として認められてるはずなのに」
私たちも、と口にして、亜希は顔を歪めた。それが外部生を表していることに気づき、越えられない隔たりを感じてしまう。
「まあ、そうやけど。亜希は潔癖すぎんねん。細かいこと気にしとったら、青春楽しめへんで」
亜希も、子之葉に反発してもしようのない話題だと理解し、不承不承に頷いた。
「そういえば、亜希は部活入らへんの? やっぱ入りにくい?」
「そういうわけじゃないけど……。時間もなさそうだし」
「時間がないって」はたと首を傾げた子之葉はすぐに納得して頷いた。「せやった。バイトしとるんやったね」
「うん」
「雑貨屋やっけ。確か、来栖とおんなじとこ」
子之葉が視線をやるのに、亜希も控えめに振り向いた。廊下側の二番目の席には航がいるが、一昨日の日曜日に初めて会話をしてから、学校では一言も話していない。
真面目な生徒がさっさと昼食を終え、予習を始める昼休み、彼はけだるげにコンビニのおにぎりを食べている。机の上には開きっぱなしの教科書があるが、特にページをめくっている気配もない。真面目なのかそうでないのかよくわからない。
おもむろに子之葉が立ち上がった。すたすたと彼の席に向かうのに嫌な予感がし、慌てて亜希も席を立つ。
が、止める間もなく子之葉は彼に声をかけた。
「やっほー。くーるすー」
気軽な彼女の言葉に、およそおにぎりに合わないオレンジジュースの紙パックにストローを挿す彼も顔を上げる。「四万じゃん。なに」
「いやね、うちの仲良しがお世話になっとるみたいで」追いすがって腕を握る亜希を、子之葉は笑って振り向いた。「この子、真面目過ぎるんやけど、ええ子やから。なかようしたってよ」
「ちょっと、子之葉、待ってよ」
「ああ、バイトね」
「そうそう」
亜希の焦りなど二人は意に介さない。「小学校ん時から知っとるんやけどさあ、そん時から真面目やったの。三年生の時やったっけ。信号待ちの車から運転手がポイ捨てした空き缶、わざわざ拾って窓から投げ返したりな」
過去のエピソードを暴露され、亜希は恥ずかしさで頭がくらくらする。当の航は「へえー」と相槌を打ちながらストローでジュースを飲んでいる。
「びっくりするかもやけど、よろしくしたってや」
「もういいってば子之葉!」
必死で子之葉を引きずり、亜希は教室を退散した。
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