女子力低くて何が悪い

三谷朱花

文字の大きさ
上 下
48 / 83

48

しおりを挟む
「これで、アリーナの心配ごとはなくなりそうですね」
「…そう、かしら?」

 仕事終わりに迎えに来たライに手を引かれながら、アリーナは首をかしげてみる。
 ライ対策は何も思いついていない。
 むしろあんなことに巻き込まれて、良く頭が仕事モードに切り替わったものだと思うくらいだ。
 結局あの時、ご飯は食べ損ねた。だが、おなかが空かないくらい、あの出来事に圧倒されていた。

「まあ、まだ議会に通すって大仕事が残ってますから、完全に終わったとはいえませんが、種は蒔けましたし、そのうち収穫時期が来るでしょ」
「…そうね。まだ通ったわけではないわ」

 そう、まだだ、と言うところが、唯一アリーナが主張できるところだ。

「…何が不満ですか」

 不満。アリーナは昨日までなら色々思いついていたはずのことが、今日は全く思いつかないことに気が付いた。
 疲れているせいだ。
 何といっても、今日一日は濃すぎた。昼食時に10年ぶりにファリスと話ができたかと思えば、夕食時にはアリーナが仕事を辞めないための王族参加の話し合いに立ち会わされていた。
 普通に考えて、そんな中身の濃い出来事が、アリーナの1日の中に起こることが、信じられないくらいなのだ。
 アリーナのキャパシティはオーバーしていたと言っていい。今もなお、かもしれない。

「今は、考えきれない。もう今日は疲れたの」

 だから、いつもなら一言くらいライに言い返すのに、今日は全く言い返す言葉も出てこない。

「…アリーナには、少しハードでしたね。今までこういったはかりごとに交わることなんてなかったでしょうし、初心者がついていけるような内容ではなかったかもしれませんね」

 ライはアリーナの腰に手を回すと、アリーナを抱き寄せる。

「今日はゆっくりしてください。そう言えば、あの食事にはほとんど手を付けていませんでしたね。何か軽くつまめるものを作りましょうか?」

 アリーナは首を横に振る。

「今日はいらない」
「スープはどうですか? 少しぐらい胃に入れたほうがいいい。」

 スープ、と言われて、アリーナもそれぐらいなら、と頷く。

「じゃあ、すぐに作りますから。さっぱりとしたものの方がいいでしょうね」

 城を出て、ライが向かうのは、いつも馬が置いてある場所ではなく、馬車が置いてある場所だった。

「今日は、どこに行くの」
「夜遅くにつかれているアリーナを馬に乗せて帰すのはかわいそうですから、パレ家の馬車を貸してもらっているんです」

 いつの間にそんな話し合いが、とは思ったものの、今日のアリーナはそれ以上追及するような元気もない。

「アリーナが私に体を預けてくれるなんて、全幅の信頼を得たようで、嬉しいですね」

 アリーナは言い返す気力もないため、好きにしたらいいとそのままにした。

「でも、言い返してくれないアリーナは、アリーナらしくなくてつまらないですね。早く、元気になって下さいね」


****


「アリーナが働き続けるのであれば、馬車を買ってもいいのかもしれませんね」

 馬車に乗ってアリーナに肩を貸しながら、ライがつぶやく。

「…高すぎる買い物だと思うわ」

 貴族であれば馬車は一家に1、2台あって普通だが、庶民で持っているのは、豪商などのお金持ちの部類だ。

「さすがにこれと見合ったものは買うのは難しいでしょうが、庶民向けにもう少し手頃な値段のものが売っているんですよ。私が動かせばいいので御者を雇う必要はありませんし、馬車のメンテナンス費用と馬の維持費用が必要なくらいで、庶民でも手が届かないってわけでもないんですよ」
「そう…なの」
「乗り合い馬車などはその類いですよ。あまり乗り心地はいいとは思えませんが、そこはオプションでどうにかしましよ」

 疲れていたアリーナは、ライに寄りかかりながらライの話に耳を傾けつつ、瞼がゆっくりと降りていく。

「なら、持参金でもう少しいいものを買えばいいわよ」

 瞼がしっかりと降りたアリーナは、自分が何を言ったのか、きちんと理解はしていない。

「アリーナ?」

 ライがアリーナを覗き込んだ時には、もうアリーナは規則正しい寝息を立て始めていた。
 ライは柔らかな表情になると、ゆっくりとアリーナの頭を自分の膝に降ろし、その頭を撫でた。

「早く元気になって、また私と結婚できない理由を言ってくださいね。どんな理由でもアリーナのためなら解決して見せますから。…流石に顔と頭を変えることはできませんけどね」

 勿論、アリーナからの答えはない。

「あの小さくて生意気でかわいらしかった女の子が、こんなに素敵な女性として私の手の届くところにいるんですから、私のできる限りの努力はしますよ」 

 アリーナの頭を撫でていたライの手が、そっと、アリーナの唇を撫でる。ピクン、と身じろぎするアリーナに、ライは満足そうに微笑む。

「こんなにかわいらしい反応をするアリーナを捕まえて、自分の不甲斐なさを棚に上げて“不感症”だなんてアリーナの女性としての自信をそぐ発言をした人間には、相応の報いを受けてもらいましょうね」

 優しくアリーナに触れる手つきとは逆に、そのライの瞳には怒りが渦巻く。
 夢の中にいるアリーナは、そんなことは知るはずもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...