女子力低くて何が悪い

三谷朱花

文字の大きさ
上 下
42 / 83

42

しおりを挟む
 アリーナは先に口を開くわけもいかず、ファリスの向かいの椅子で小さく縮こまる他ない。

「お昼休み、そんなに時間も取れないんでしょう? ご飯、食べていいわよ」

 テーブルの上にはアリーナが持ってきたお弁当がちょこんと置いてある。

「…ファリス妃殿下は?」

 ふ、とファリスが表情を緩める。

「他に誰もいないから、ファリスでいいわ」

 どうやらあの怒りの表情は形だけだったらしいと思ったアリーナは、一瞬で力を抜いた。

「ファリスのお昼ごはんは?」
「あのね、アリーナ。私は怒ってるの。のんびりご飯食べるような気分じゃないわよ」

 またファリスの目が座った。ひっ、とアリーナはまた姿勢を正す。

「ほら、ご飯食べて。仕事忙しいんでしょ」
「…ええ。じゃあ、いただきます」

 昨日家から届けられたお弁当箱をライはそのまま使用した。だから、外見だけであればいつものお弁当と変わらないものだが、開けてみると、その中身は家のお弁当とはまた違った趣だった。
 取りあえず言えることは、おいしそう、ということだ。お弁当の中身を一つ一つ確認してしまう。

「相変わらず、食べるの好きね」

 呆れたような声にファリスがいたことを思い出す。つい中身に興奮して今どこにいるかを忘れかけていた。

「まあ、変わりようもないわよね」

 ファリスに会わなくなったこの10年で、アリーナは自分自身が大きく変わったと思うようなところはなかった。

「…本当に嫌になる。こっちは怒ってるって言うのに、自分はもう忘れちゃったみたいな態度で。」

 ふー、と大きなため息をつくファリスは、目を揉んだ。

「えーっと、ゴメンナさい」

 アリーナが謝ると、ファリスはふてくされたように椅子に体をもたれかけさせた。

「何についての謝罪なの? 10年前の喧嘩? それともその後私と一切交流を持とうとしなかったこと? それともこの手紙?」

 かさり、とアリーナが朝ファリスに届けて欲しいと頼んだ手紙がテーブルに置かれる。

「…えーっと、とりあえず全部?」
「何で疑問形なのよ。ほんとに嫌になる。もう10年前の喧嘩なんて時効だし? その後顔を合わせる機会があれば私普通に話したわよ。なのに何? 夜会も晩餐会もお茶会もどこにも顔を出さなくなるって何よ。話すきっかけすらないじゃない! でもどうせ? 勉強とか仕事とかに一生懸命でそんなものに出てられないとか言って逃げまわったんだろうとか思うと誘うこともできやしないし? それでもってようやく手紙をよこしたと思ったら、何よこれ。普通にご機嫌伺いしなさいよ」

 ファリスが思った以上にアリーナのことを理解していることにアリーナはただ感心していた。

「ちょっと聞いてる? 昔のことはもういいって言ってるの。この手紙何なのよ、って怒ってるんですけど」
「あー。何だか必要最低限の内容の方が、ファリスの手間も少ないし、私の書く手間も少ないと思って」
「手間って…。本当にアリーナは変わりないわね」

 ふー、と息を吐いたファリスが、姿勢を正してアリーナをじっと見る。

「食べながらでいいわよ。で、“助けて”って、何? 今を時めく騎士団副団長ライの婚約者様?」

 パクリとオムレツを口に入れると、卵の甘みとバターの香りが口いっぱいに広がる。至福だ、と思っていると、バン! とテーブルが叩かれてアリーナは我に返る。そうだ、ファリスがいたんだった。

「ちょっと、食べていいとは言ったけど、話はきちんと聞きなさいよ」
「はーい。」

 もぐもぐと咀嚼して飲み込むまで、ファリスはアリーナをジト目で見ていた。

「で、手紙の意味は?」

 アリーナが飲み込んだのを確認してファリスが再度尋ねてきた。アリーナのしたためた手紙には、一言“助けて”と書いてある。

「ライ様との結婚の話を、白紙に戻したいの」

 部屋に沈黙が落ちる。

「えーっと、ほら、私も結構軽率に結婚するって返事しちゃって後悔してるの。で、ライ様にも何もメリットはないと思うから白紙に戻しませんかって言ってるんだけど、全然首を縦には振ってくれなくて困ってるの」
「すればいいじゃない。パレ侯爵家の力使えば、平民でしかない騎士団副団長の意見なんていくらでも捻じ曲げられるでしょ」
「…それは使えないの」

 もし使うなら、きっとまだアリーナが了承する前に行使すべき力だったんだろうと今更ながら思う。

「どうして」
「すでにうちの両親とダニエル兄様の気持ちはライ様に掌握されてしまってるから」
「…うそでしょ。確か、アリーナと副団長が知り合ったのって数日前の話だったわよね? どうしてそんなことになってるの」

 どうやらアリーナとライの婚約話を耳に入れていたファリスも、知り合ったのは数日前と言うことも知っているらしい。

「私が知りたい。お父様もお母様もお兄様も、完全にライ様の味方。私の力にはなってくれない」
「…アリーナはどうして一旦は結婚を了承したの? …結婚なんて絶対しないって言ってたでしょう? それを曲げる何かがあったわけ?」

 ファリスにはアリーナの婚約の話がダメになったのは、相手が白紙に戻そうと言ったからだとしか言っていない。あの時の話は、アリーナが呆然としている間になかったことになったから、それ以上の説明はしていなかった。…いや、アリーナにはできなかった。

「…私的に条件が良いのかもしれないな、って思ったことと、うちの両親も私に結婚してほしいと思ってるってことを知ってたから、かな。」
「…アリーナのいい条件って何なの? 確か副団長って…顔はいいわよね。頭も切れるけど。その二つ?」

 アリーナの中にその条件は全くなかったこともあって、アリーナは、はは、と首を横に振る。

「じゃあ、どうして」
「…接触に嫌悪感を抱かなかったことと、きちんと働いてることと…。」

 そのほかの条件については、やっぱり言いづらくて言葉を飲みこむ。
 ライには比較的簡単に明かせたのに、とアリーナは思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

処理中です...