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悪役令嬢は婚約者に熨斗(リボン)を付けて差し上げたいかもしれない3
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「……あら、意外にあっさりと自分の罪を認めますのね」
ホッとした様子のメルルが、ハースを見る。
「ハース様、良かったですわね。これで、アリス様から解放されますわ」
その目には、愛しい、という感情が灯っているように見える。
が、その目をハースが冷たい視線で睨み返した。
「メルル嬢、先ほどのアリスから意地悪されたという件についてだが、具体的にいつ意地悪されたのか教えてくれないかな?」
ひっ、とメルルが小さく叫ぶ。それほど、ハースの目は冷たかった。
「そ、それは、私がこの学園に転入してきてからずっとですわ」
「具体的に!」
ハースの言葉は鋭い。メルルがびくっとなると、サーディーがかばう様に前に立った。
「先週も……意地悪されたと言っていましたね? メルル様」
「え、ええ」
「もっと具体的に。何日前の、何時ごろ、どこで?」
「え、ええっと……」
「それが言えないのであれば、真実かどうかなどわからないだろう!」
思いもかけない追及に、メルルが狼狽える。
「そんな細かいこと、何度もあれば覚えてなどいられないだろう!」
サーディーが声を荒げる。
「そんな細かいこと? 私は答えられるがな。先週、アリスがいつどこにいたのか、何をしていたのか、何時何分まで細かく言える!」
堂々と言い放つハースに、アリスは小さくため息をついた。
「……え?」
メルルが止まる。
「いいか? 私はアリスの姿をいつでも追いかけている。だから、いつどこにいたのか、何をしていたのか、何時何分まで、この手帳を見ればわかるんだ!」
ハースの開いた手帳には、びっしりと時間とコメントが書き込まれている。その字はあまりに小さすぎて、何が書いてあるのかまではメルルには見えなかった。
「……え」
メルルが怪訝な表情でハースを見る。
「私はアリスから解放されたいとは望んでいない!」
きっぱりとハースが告げる。
「……え? どういうこと? 私、ハース様推しなのに!」
「残念だったな、メルル嬢。私は転生前から、アリス推しだ」
「え?! も、もしかしてあなた転生者なの!? もしかして、私の計画が色々と駄目になってるのって、貴方のせいなの!?」
「間違いなく、そうだろうな。俺に関するフラグは、全部粉々にしておいた! ついでにお前の悪巧みは全て知っている!」
「そんな! 私が悪いんじゃないわ! ゲームが悪いのよ!」
メルルは叫ぶと、逃げるように食堂を後にした。取り巻き達も慌てたように後に続く。
メルルたちが居なくなった食堂は、ホッとした空気が広がった。
そして、何もなかったかのように、皆はそれぞれの話を再開した。
ハースがアリスバカで残念なことは、既に皆の知るところだからだ。
それに、メルルやその取り巻きたちの将来も既に見えている。だから今さら話題に上ることはない。
取り巻きたちの婚約は、多少利害関係も絡んでいる。それを恋に狂ったからという理由で一方的に破棄したのだ。
爵位も何もない貴族の令息が、城勤めでどれだけ出世できるかは、その結婚相手にもよる。彼らはそれを放棄した。つまり、出世には興味はないと告げたも同然で、仲良くするメリットなどないに等しい。
そしてこうやって誰彼構わず婚約を壊しているメルルの話は、既に社交界でヒソヒソと広がっている。アーディン侯爵夫妻が肩身の狭い思いをしているとは、まだメルルは気づいてないらしい。
結果として、将来的に貴族社会で生きにくくなるのは、メルル自身であるのに、そこに気づかない愚かしさに、多くの学園生たちはあきれているだけだ。
「ほら、私が言った通りだろう? アリスは悪役令嬢にされて、私と離れ離れにさせられる運命だったんだ」
「……本当ね」
アリスが小さいころからハースに聞かされていた話とほぼ同じ流れが、目の前で展開された。
それにアリスは異論を唱えるつもりはあまりなかった。
ケリーの汚名をそそげたのも、ハースの助言の賜物だったからだ。
「これで、私たちはこれからもずっと一緒に居られるね」
ニコリとハースが告げる。
アリスはそっと窓の外を見た。
素直に頷くような気分には、到底なれなかった。
ハースは確かに、アリスがありもしない罪で断罪されないように尽力してくれていたんだろう。
だが、どこに行くにも後をついて来られることに、アリスは幾分うんざりしていた。
「ハース、もう私を見守る必要はないと思うの。だから、ずっと後を追いかけるのは、やめてくれないかしら」
それは、アリスの妥協点だった。
「……そ、それは……」
「結婚すれば、いつでも一緒に居られるわ」
ぱぁ、とハースが表情を輝かす。
初めて会ったときにアリスを泣かした張本人とは思えない反応だった。
勿論あの時も、6才のハースなりに、アリスに忠告したい一心であんな言い方になったらしいのだが。
だが、犬のように自分にしっぽを振り続けているハースに絆されてしまっているのも、アリスは自覚していた。だからメルルが犬のように、と言ったとき、吹き出しそうになって唇を噛んだくらいだった。メルルの表現は間違ってはいない。
だから、すんなりと「はい」と言ったときに、本当にハースがどんな反応をするのか、ちょっと見てみたかったのだということは、墓場まで持っていこうと思っている。
ホッとした様子のメルルが、ハースを見る。
「ハース様、良かったですわね。これで、アリス様から解放されますわ」
その目には、愛しい、という感情が灯っているように見える。
が、その目をハースが冷たい視線で睨み返した。
「メルル嬢、先ほどのアリスから意地悪されたという件についてだが、具体的にいつ意地悪されたのか教えてくれないかな?」
ひっ、とメルルが小さく叫ぶ。それほど、ハースの目は冷たかった。
「そ、それは、私がこの学園に転入してきてからずっとですわ」
「具体的に!」
ハースの言葉は鋭い。メルルがびくっとなると、サーディーがかばう様に前に立った。
「先週も……意地悪されたと言っていましたね? メルル様」
「え、ええ」
「もっと具体的に。何日前の、何時ごろ、どこで?」
「え、ええっと……」
「それが言えないのであれば、真実かどうかなどわからないだろう!」
思いもかけない追及に、メルルが狼狽える。
「そんな細かいこと、何度もあれば覚えてなどいられないだろう!」
サーディーが声を荒げる。
「そんな細かいこと? 私は答えられるがな。先週、アリスがいつどこにいたのか、何をしていたのか、何時何分まで細かく言える!」
堂々と言い放つハースに、アリスは小さくため息をついた。
「……え?」
メルルが止まる。
「いいか? 私はアリスの姿をいつでも追いかけている。だから、いつどこにいたのか、何をしていたのか、何時何分まで、この手帳を見ればわかるんだ!」
ハースの開いた手帳には、びっしりと時間とコメントが書き込まれている。その字はあまりに小さすぎて、何が書いてあるのかまではメルルには見えなかった。
「……え」
メルルが怪訝な表情でハースを見る。
「私はアリスから解放されたいとは望んでいない!」
きっぱりとハースが告げる。
「……え? どういうこと? 私、ハース様推しなのに!」
「残念だったな、メルル嬢。私は転生前から、アリス推しだ」
「え?! も、もしかしてあなた転生者なの!? もしかして、私の計画が色々と駄目になってるのって、貴方のせいなの!?」
「間違いなく、そうだろうな。俺に関するフラグは、全部粉々にしておいた! ついでにお前の悪巧みは全て知っている!」
「そんな! 私が悪いんじゃないわ! ゲームが悪いのよ!」
メルルは叫ぶと、逃げるように食堂を後にした。取り巻き達も慌てたように後に続く。
メルルたちが居なくなった食堂は、ホッとした空気が広がった。
そして、何もなかったかのように、皆はそれぞれの話を再開した。
ハースがアリスバカで残念なことは、既に皆の知るところだからだ。
それに、メルルやその取り巻きたちの将来も既に見えている。だから今さら話題に上ることはない。
取り巻きたちの婚約は、多少利害関係も絡んでいる。それを恋に狂ったからという理由で一方的に破棄したのだ。
爵位も何もない貴族の令息が、城勤めでどれだけ出世できるかは、その結婚相手にもよる。彼らはそれを放棄した。つまり、出世には興味はないと告げたも同然で、仲良くするメリットなどないに等しい。
そしてこうやって誰彼構わず婚約を壊しているメルルの話は、既に社交界でヒソヒソと広がっている。アーディン侯爵夫妻が肩身の狭い思いをしているとは、まだメルルは気づいてないらしい。
結果として、将来的に貴族社会で生きにくくなるのは、メルル自身であるのに、そこに気づかない愚かしさに、多くの学園生たちはあきれているだけだ。
「ほら、私が言った通りだろう? アリスは悪役令嬢にされて、私と離れ離れにさせられる運命だったんだ」
「……本当ね」
アリスが小さいころからハースに聞かされていた話とほぼ同じ流れが、目の前で展開された。
それにアリスは異論を唱えるつもりはあまりなかった。
ケリーの汚名をそそげたのも、ハースの助言の賜物だったからだ。
「これで、私たちはこれからもずっと一緒に居られるね」
ニコリとハースが告げる。
アリスはそっと窓の外を見た。
素直に頷くような気分には、到底なれなかった。
ハースは確かに、アリスがありもしない罪で断罪されないように尽力してくれていたんだろう。
だが、どこに行くにも後をついて来られることに、アリスは幾分うんざりしていた。
「ハース、もう私を見守る必要はないと思うの。だから、ずっと後を追いかけるのは、やめてくれないかしら」
それは、アリスの妥協点だった。
「……そ、それは……」
「結婚すれば、いつでも一緒に居られるわ」
ぱぁ、とハースが表情を輝かす。
初めて会ったときにアリスを泣かした張本人とは思えない反応だった。
勿論あの時も、6才のハースなりに、アリスに忠告したい一心であんな言い方になったらしいのだが。
だが、犬のように自分にしっぽを振り続けているハースに絆されてしまっているのも、アリスは自覚していた。だからメルルが犬のように、と言ったとき、吹き出しそうになって唇を噛んだくらいだった。メルルの表現は間違ってはいない。
だから、すんなりと「はい」と言ったときに、本当にハースがどんな反応をするのか、ちょっと見てみたかったのだということは、墓場まで持っていこうと思っている。
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