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「フェルナン、様」

 振り返って、名前を呼ぶ声が震える。
 きっと、フェルナン様と話ができるのは、これが最後だ。
 私はグッと涙をこらえる。
 
「今日が、卒業式ですね」

 私の隣に並んだフェルナン様が、講堂を見上げる。

「3年経つのは、早いものですね」

 私は視線をフェルナン様の横顔に向ける。
 
「この3年で、まさかこんなに、誰かを好きになることがあるとは、思いませんでした」

 フェルナン様と視線が交じる。 
 まだ私のことを想ってくれていることが分かって、喜びが湧く。
 それでも、私は表情に出さないように、目を伏せた。

「最初は、なんて常識のない女性だと思っていたんです」

 まだ『学園の恋花』の強制力の中にあった私のことだとわかって、苦笑しか出ない。
 あの頃の私は、本当に、ひどいものだっただろう。
 今ようやく見られるようになったのは、アンリエット様の教えのたまものだ。

「でも、自分のことよりも他人のこと、しかも、なぜかアンリエット様と私の幸せを願う姿を見て、興味が湧いて」

 ”魔法の花”を見つけた時のことだ。
 歩けなくなって、フェルナン様に背負われたことを思い出す。

「いえ。きっとあの時には、リヴィア嬢に恋に落ちていたんでしょう。それから、目が離せなくなった」

 あの後から気遣ってくれるフェルナン様へ、私の気持ちも募って行った。
 同じようなタイミングで、気持ちが重なって行ったことを知って、涙が滲む。
 
 私が、ソシエール男爵の庶子でなければ。
 そうすれば、未来は変わっていただろうか?

 私は首を振る。

 これが、私が選んだ未来だ。
 もう二度と、フェルナン様と道が交わることはない。
 私が願うのは、ただただフェルナン様が幸せであることだ。

「ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいです」

 声が掠れる。
 奥歯を噛みしめて、笑顔を作る。

「アンリエット様から、話は聞いています」

 私がバスチエ王国に行くのは、フェルナン様の耳にも入っているらしい。 

「もし、また会うことがあったら、もう一度申し込んでもいいですか?」

 フェルナン様は、コルトー伯爵家の長男だ。
 バスチエ王国の得体のしれぬ下女と結婚するなど、許されないだろう。
 それに、私がこの地を踏むことは二度とない。
 コルトー伯爵家を継ぐフェルナン様と共にいられるわけがない。

 それでも、約束しても許されるだろうか?

「それがフェルナン様の幸せだと、私が思えるのであれば」

 そんな未来は、きっと来ない。
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