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「岩波さん、ここがリハビリ室です」

 車いすを押されながら、広がった部屋に視線を向ける。
 病室とは違う広々とした空間に、沢山の人が行き交っている。
 私はわかったと頷いた。
 ――大浦君がどうなっているのかわからなくて、不安で仕方ないのだ。
 昨日も看護師には答えてもらえなくて、壊れてしまったスマホからは、誰にも連絡が取れなかった。
 叔母たちが、大浦君のことを知っているわけもない。

 私は……この世界に戻ってきた。
 あの時、同じように消えた大浦君は……この世界に戻ってきているのだと、信じたい。
 だけど、本当にそうなのかは、私にはわからないから。

「岩波さん。担当の並木です。よろしくお願いします」
「……はじめまして。岩波です。よろしくお願いします」
「意識のない時から担当してたので、初めましてではないんですよ」

 ニコリ、と笑う並木さんに、私は少し力を抜いた。
 ――大浦君のことは気になるけど、とりあえず、リハビリを頑張るしかない。

「じゃあ、平行棒に行きましょうか」

 私は頷くと、車いすをこぎ出す。
 まだ漕ぎなれなくて、上手く進まない。

「そのうち、慣れますから。まあ、慣れた頃には、松葉づえになってると思いますけど」
「……はい」

 一生懸命に漕いでると、つい視線が下に向いてしまう。
 左側で立ち止まっている人がいることに気づいて、慌てて車いすを止めると顔を上げた。

「すいません。どう……」

 口が固まる。

「沙耶も、戻ってこれたんだ」

 腕に包帯を巻いた大浦君が、安堵したように私を見つめていた。

「お二人は、お知り合いですか?」

 並木さんの言葉に頷いた時には、目から涙が溢れていた。
 



「わざわざ、ありがとう」

 叔母の運転する車に揺られながら、叔母の顔を見る。
 ちらりと私を見た叔母が、笑う。

「用事のついでだって言ったでしょ」

 既に退院して、リハビリのための通院をしている私を、時折叔母が病院に連れて言ってくれる。

「リハビリは、今日までだから」

 既に主治医とも、並木さんからも、今日が最後で大丈夫と、太鼓判は貰っている。

「そうなのね。……後遺症も残らなくてよかったわね」
「うん」
「……本当に、良かった」

 叔母の安堵した声に、涙が滲む。

「……ずっと、叔母さんたちに、嫌われてるんだって、思ってた」

 ずっとしこりになっていたことを口に出す。

「どうして?」

 叔母が驚いた声を出す。

「……困った子だって、話してたの聞いたの」
「子供なのに、大人に頼らない困った子だって意味よ……もっと、頼ってくれていいのに、って」

 優しい声に、誤解で壁を作り続けていたのだと思う。

「……ごめんなさい」
「謝らなくていいの。……沙耶が、元気に過ごしてくれていれば、それでいいのよ。だから、今度連絡が来るときは、びっくりさせないで頂戴」
「うん」

 涙を拭うと、叔母を見る。

「ずっと、ごめんなさい」
「……謝らなくていいって、言ったでしょ」

 叔母の苦笑に私は頷いた。

 


「岩波さん、今日で最後ですね。お疲れさまでした」

 微笑む並木さんに、私は頷く。

「先生、本当にありがとうございました」
「いやいや、リハビリを頑張ったのは、岩波さんですから。私はちょっと、やり方を教えただけですよ。あとは、ご本人の頑張りですから」

 頑張りを褒めてもらえることに、こそばゆい気持ちになる。

「本当に、ありがとうございました」

 心からの感謝で、頭を下げる。

「岩波さん、ほら、顔上げてください。……お迎えも、来てますよ?」

 予想外の単語に、頭をあげると、並木さんの視線の先を辿る。
 リハビリ室の入り口に、大浦君の姿があった。
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