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「あー。結局、あんな話になるなんて!」

 ティエリの悔しそうな声が、馬車の中に落ちる。

「そうね……。でも、名前だけ貸せばいいとの話だし……法律を作る手はずが整ったら、終わる話じゃない?」

 腑に落ちてないのは、私だって同じだけど、ティエリを慰める言葉が、他に思いつかなかった。
 勝った。
 と思ったのはあの一瞬だけで。
 気が付いたら、勝ったはずなのに負けた、みたいな話になってしまっていた。

 私が殿下の婚約者候補として世間の目を欺いている間に、殿下は法律を作る手はずを整えて、整ったら私との婚約を破棄。
 そして、フィリ様との婚約を結び、いずれ結婚する。
 婚約破棄は一方的なものなので、殿下は私に慰謝料としてミストラル伯爵家に隣接する殿下の持つ領地を私に譲る、という話になるらしい。
 その領地が、ティエリと私が結婚するための大事なキーになるから、と言って、殿下はティエリを黙らせていた。 
 殿下、恐るべし。

 つまりは、結局私は、殿下の婚約者にはならないといけないって話。
 とはいっても、私は名ばかり婚約者なので、殿下との交流は手紙以外では殆どない予定。
 ヴィダル学園に行く意味も特にないし、変な争いに巻き込まれると面倒なので、ヴィダル学園にはいかないことになった。
 代わりに、法律を作るための手伝いをすることになって……身分差婚が既にある隣の国に留学する話になった。

 そう。
 留学する話になった!
 殿下、恐るべし。

「でもいいか。俺が沙耶先輩と一緒に暮らして、イチャイチャしてもヒトの目を気にしなくてもいいから」

 ぼそりと告げられた内容に、私は首を傾げる。

「ティエリ、どういうこと?」
「俺も、留学について行くってことです」
「あー……それは、お義母様が許さないんじゃない?」
「大丈夫。許しは貰いますから」
「……どうやって?」

 それは、素朴な疑問だった。

「殿下が手伝ってくれると」

 どうやら、私が知らないところで、約束を取り付けていたらしい。
 でも、殿下からの話だとされれば、きっと普通の貴族は突っぱねることはできないだろうし。
 恐るべし、ティエリ。

「それで、なんですが」

 ティエリが居ずまいを正す。

「何?」
「沙耶、と呼ばれるのと、サシャ、と呼ばれるのは、どちらがいいですか?」

 予想外の問いかけに、あわあわとなる。
 ティエリが、向かいの席から、私の隣に場所を移す。

「沙耶」

 耳元で、ティエリの少し掠れた甘い声がささやく。
 最近、声変りが始まったみたいで、時折こんな風に声が掠れている。

「え、いや……あの……」
「それとも、サシャ?」

 ふ、と耳に息を吹きかけられて、顔が熱くなる。

「いや、どっちでもいいから……好きにして……」
「じゃあ、沙耶にします。同じように呼ぶ人が他にいないですしね。俺だけの呼び名です」

 嬉しそうな声に、困った気分でティエリを見る。

「あんまり、揶揄わないで」

 ティエリがムッと口を尖らす。

「口説いてるんです」

 はい、とは返事ができずに、ティエリから視線を逸らす。

「かわいい」

 頬に、ふに、と一瞬だけ何か、が触れる。
 慌てて頬を手で触れると、ニコニコしたティエリが私の顔を覗き込む。

「沙耶。これから、口説きますから」

 頬が熱くて、思わず手で顔を覆った。
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