上 下
25 / 40

25

しおりを挟む
「ティエリ。私を助けるために自分が犠牲になる必要はないのよ?」

 実はティエリの本音が伝わってきてなかっただけ、って可能性を考えると、ティエリが何か意図を持ってそんなことを言い出したわけじゃないと思う。

 だって、まだ12歳。
 私とティエリが婚約したところで、私が皇太子から逃げるって選択肢はできるにしろ、ミストラル伯爵家やティエリにとってのメリットは何もない。
 だからきっと、困っている私をのことを想って、短絡的に言い出したんだと思う。
 だって、まだ12歳。
 今のやり取りで、ティエリは急に大人びた口調に変わったけど、本質が大きく変わったわけじゃないと思う。

紗耶さや先輩、心の声が聞こえるのは、沙耶先輩だけじゃないんですよ」

 ティエリの口から出てきた言葉が、頭を上滑りしていく。
 ……今、何て言った?

「沙耶先輩。心の声が聞こえるのは、貴方だけじゃないんです」
「え?」

 どういうこと?
 私を、「沙耶先輩」って呼んでいるこのティエリヒトは、誰?
 呆然とティエリを見つめると、ティエリが困ったように笑った。

「本当は、沙耶先輩を困らせるだけだから、言うつもりはなかったんです」
「……誰……なの?」

 これまでのティエリとのやり取りを思い出す。
 本当に天使みたいに優しい子だと思っていた。
 それが、作られたものだった、ってこと?
 ハッとした私がティエリから手を離すと、ティエリが泣きそうに表情を崩す。

「優しくしてたのは、本音です。何も、作ったわけじゃありません。信じてください。ただ、沙耶先輩のことが心配だったんです」

 首を振るティエリに、遠い記憶が繋がる。
 私を「沙耶先輩」と呼ぶ、優しい後輩――。

「……大浦、君?」

 こぼれた声に、ティエリが止まる。

「覚えてて……くれたんですか?」
「どう……して? 大浦君が?」

 私は交通事故に遭って、この世界に転生してきたはずだ。
 私の質問に、ティエリは困ったように首を振った。

「わかりません」
「……死んだってこと?」
「おそらく」
「いつ? いつから、ティエリに?」

 私もサシャになったのは、12歳の頃だった。
 だから、いつ転生したとしても、おかしくない。
 ……だけど、私が知っているティエリは、ずっと「ティエリ」だった。

「それは……」

 言いづらそうに目を伏せるティエリに、ある可能性を思いつく。

「もしかして……私を助けようとして、巻き込まれた?」

 目を見開いたティエリがブンブンと首を振る。

「違うんです! 俺が、沙耶先輩を助けたかったんです!」
「ごめんなさい大浦君。謝って済むことじゃないけど、あんな下らない事故に巻き込んで本当にごめんなさい」

 私がスマホに夢中になったせいで起こった事故だった。
 あ……大浦君だけじゃない。
 私たちをひいてしまった運転手さんも、私の被害者だ。
 どうして今まで気にもしてなかったんだろう。
 ……私が本当に存在しなければ良かったのに。
 ズン、と気持ちが重くなる。

「聞いてください、沙耶先輩! 俺は、本当にあなたを助けたかったんだ」

 必死なティエリに私は首を振るしかできない。

「本当に、ごめんなさい」
「沙耶先輩! また俺の気持ちをなかったことにしないでください!」

 掴まれた手に、びくりとすると、ティエリが慌てて手を離す。

「ごめんなさい。もう勝手に沙耶先輩に触れることはしませんから……。だけど、助けたのは、俺が沙耶先輩を好きだって気持ちでやったことなんです。だから、一緒に転生したこと、後悔はしてません」

 私を見つめるティエリの瞳は、いつもより熱を感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!

待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。 最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。 そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。 え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!? 前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。 ※全十一話。一万五千字程度の短編です。

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...