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『どうしてこの女が、皆に許されるのか信じられないんだけど。ニルスはこの女のせいでっ』
 
 今日も今日とて、私付きの侍女であるミリッツァは、私に毒を吐く。
 それこそ昔は、“サシャ様”と呼んでくれていた気がしたけど、時がたつにつれ周囲の私への反応が好転してくると、敬称ナシの呼び捨てになり、義母の私の扱いが良くなった今は、“この女”呼ばわりだ。
 私の評価が上がれば上がるほど、ミリッツァの憎しみは膨れ上がっているように感じる。
 どうやら、時々名前が出てくる”ニルス”って人のせいみたいなんだけど。
 申し訳ないことに、以前のサシャの記憶がない私には、それが誰なのかもわからないし、自分の悪事を掘り起こすのが怖くて誰にも確認できないでいる。

 ミリッツァは表向き、手に負えない頃からとても甲斐甲斐しく私の世話をしてくれる侍女として、伯爵家の中では信頼されている。
 そのせいで、ミリッツァを遠ざけることもできないでいた。
 私の我儘が再燃したと思われるのは得策じゃないし、基本的に服の脱ぎ着は自分でやっているから、ミリッツァの悪意に触れるのは、それほど多くはないから。
 今日、ミリッツァが私に触らなければいけいない状況になっているのは、理由がある。
 
「お嬢様、お似合いですわ」

 ミリッツァの手が離れて、内心ほっとする。
 鏡の中にいるサシャは、曖昧な笑みを浮かべている。
 着ているのは、自分で脱ぎ着出来ないような細やかな造りのドレス。
 どうやら私はこれから、皇太子のご学友になる上位貴族の子供たちの集まりに行かなければならないらしい。

 今までこの手の貴族の子女交流イベントが全くなかったこと自体が、不思議なくらい。
 私からすれば、余計ないことを心配しなくてよくて、安心だったけど。
 ゲームの中の設定だから、貴族社会とは言え、かなり緩いのかもしれない。
 そうすると、このイベントがどうして執り行われるのかは、私にはわからないけど。
  
 集まりについては、取り敢えず卒なくこなして、人には絶対触れないようにしようと思っている。
 将来的に貴族社会に残るつもりはないから、煩わしそうな人間模様なんて知る必要もないし。
 想像以上にドロドロでも、精神的に嫌だし。

 皇太子に至っては、ご学友になることは勉強しているうちに気づいていたんだけど、全く交流がなさ過ぎて、想像上の生き物みたいな感じ。
 皇太子にはまだ婚約者がいないらしいけど、私は無関係なので、ヴィダル学園でその人間模様を楽しもうかな、と思っている。
 乙女ゲーム的な展開を間近で見られるのかなーって、かなり物見遊山な感じ。

 それで今更気づいたんだけど、推しのティエリがヴィダル学園に進学するタイミングでは、私はヴィダル学園にいられないってこと。
 ティエリとゲームの主人公の恋模様が見られないのは……残念なような、そうでもないような。
 この3年、ティエリをかわいがってきたから、やっぱりちょっと複雑な気持ちになる。
 必ず、ティエリと主人公がくっつくってわけでもないんだけど。
 どうにかやってヴィダル学園に残れないかな、と色々と考えてみてるけど、先生になって残るぐらいしか手はなさそう。
 ……貴族令嬢が学園の先生になるのとか、アリなんだろうか?
 でもそうすれば、私の仕事問題は解決するし、3年間だけとは言え、ティエリにも会えるし。

 とか物思いにふけている私は、鏡の中のミリッツァの冷たい視線に気づいて我に返った。
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