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 プルプルと背筋を伸ばすティエリが、かわいい。

「お義姉様?」
 
 ティエリの声に我に返ると、私も姿勢を正す。
 ティエリの手は、まだ私の脇の下あたりまでしか届かない。
 身長差があるからか、私の靴はぺったんこだ。
 
「はい、1、2、3。1、2、3」

 ダンス教師のゲクラン先生が、手でリズムを取る。
 私たちは先ほど別々に教えられたステップを踏んでいく。
 まだ8歳だというのに流れるようなステップを踏むティエリに比べて、私のステップは、かなりぎこちない。
 初心者だってこともあるけど、さっき教えられながら先生の『サシャがやる気なことを信じられない気持ち』をがっつり聞くことになって、集中できなかったところもあった。
 それでもまだ、罵詈雑言じゃなかっただけいいんだけど。

「サシャ様、顔を上げて」

 つい足元に意識が向いて、顔を下げてしまっていたみたいだ。
 顔を上げると、足がちょっと弾力のある何かを踏む感触がした。

「あ」

 足を止めると、ティエリの靴をがっつり踏んでいた。
 慌てて足を外す。

「ごめんね、ティエリ」

 申し訳ない気持ちしかない。

「大丈夫だよ。お義姉様」

 ニコリと笑って私を見上げるティエリにキュンとする。

「さあ、続けましょう」

 ゲクラン先生の合図に踏み出した足は、早速ティエリとぶつかる。

「ごめんね、ティエリ」

 私が眉を下げると、ティエリが首を振る。

「苦手なだけなんだから、練習すればいいだけだよ。僕が一緒に練習するから!」

 こんなに小さくて天使なのに紳士とか、悶えるしかない。

「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、やろう!」
「では、1、2、3。1、2、3」

 ティエリの声に、ゲクラン先生がまたリズムを取り始める。
 私が足を踏み出そうとすると、ティエリに体を誘導されて、逆の足が自然に出る。
 
「ほら、お義姉様。右、左、だよ」

 言われたとおりに足を出せば、ティエリの流れるような動きに沿うように、私の体も動いていく。
 ティエリに添えられた頼りなかったはずの手が、途端に頼もしく感じる。

「すごい。私、踊れてる」

 思わず声が漏れる。

「ね、お義姉様も練習すれば上手になるはずだよ」

 得意げなティエリに顔がほころぶ。
 その次の瞬間、またしても足を踏んだ感触がして、足が止まる。

「ごめんね、ティエリ」
「大丈夫だって。ほら、お義姉様。1、2、3。1、2、3。だよ」

 ティエリの声に導かれて、私はまた一歩を踏み出す。
 ティエリの後に続くように、ゲクラン先生の声が部屋に響く。
 ティエリの手に支えられるように、私の体がくるくると動いていく。
 まだぎこちなさはあるけど、最初の時より踊れているような気がする。

 


「……もう、無理」

 休憩を言い渡された私は、ソファーに沈み込む。
 慣れないダンスで、体もだけど、頭も疲れ果てている。

「お義姉様、はいどうぞ」

 ティエリの声に顔を上げると、ティエリが私の前に何かを掴んだ手を伸ばす。

「なあに?」

 掌を出すと、手の上に、小さな飴のようなものを置かれる。

「これ、高価なものじゃないの? 私はいいよ」

 砂糖は、この国では取れないものだから、高価だと学んだばかりだ。

「僕が貰ったものを、お義姉様に譲っただけだもん」
「でも」

 首を振る私に、ティエリは私の掌から飴を掴む。
 次の瞬間、ティエリの指が、私の唇に触れた。
 甘さが、舌先に触れる。

「食べてね?」

 悪戯が成功した時みたいな満面の笑みのティエリに、ほんわりと心が温かくなる。
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