上 下
9 / 40

しおりを挟む
 翌朝、朝食の席に着いたら、いつもは笑顔で挨拶だけはしてくれる義母から、冷たい目を向けられた。
 それに対して、ニコニコと私に笑いかけてくるティエリ。
 いつもならティエリにほっこり癒されるだけだけど、今日は居心地が悪い。
 ティエリは何か良からぬことを言ってしまったんじゃないだろうか?

「サシャ」

 しかも、今まで話しかけてこなかった父が話しかけてきた。
 これまた、冷たい声で。
 嫌な予感しかない。

「何でしょうか」

 こくり、と唾を飲む。
 早くもここで、ざまぁが行われないことだけを祈る。 

「お前は、ティエリとの結婚を考えているのか?」
「いいえ、お父様。そんなこと、考えたこともありません」

 やっぱり、ティエリ言っちゃってる!
 あれだけ止めたのに。

「嘘よ。ティエリを唆したのでしょう?」

 義母から睨まれる。
 
「お義父様、お母様! 僕がお義姉様と結婚はできないのか聞いただけです。お義姉様は関係ありません!」

 ムッとするティエリは、単純にかわいい。
 状況が違えば、微笑ましく眺められるのに。
 だけど今は、火に油だ。
 私は小さく息を吐いた。 

「ティエリ。将来、ティエリはきっと、凄く素敵なご令嬢との縁ができるわ。だから、自分が誰とも結婚できないんじゃないかって、心配することはないのよ? 現に、ティエリはこの家で、一番愛されているんだもの」

 私の言葉に、ティエリが、え、と声を漏らす。
 ティエリの言いたいこととは違うのはわかるけど、最悪私は、二度とティエリに会わせてもらえなくなる。
 癒しがなくなると困る。

「ティエリ、そんな心配をしていたの? そんな心配をしなくても大丈夫よ。私のティエリは、誰からも好かれるに決まっているわ」

 義母が愛おしそうにティエリに視線を向けた。
 ティエリが眉を下げて私を見るから、私は父に顔を向ける。
 これ以上変なことを言われて、両親に不興を買うのは避けたかった。

「ティエリは、次期ミストラル伯爵です。ですから、ミストラル伯爵家を盛り立てていくのにふさわしい令嬢と結婚して欲しいですわ。私だって、実家が廃れてしまっては困ります」

 きっぱりと告げる。
 正直、ミストラル伯爵家がどうなるか、よりも、ティエリが路頭に迷うと困る、ってことしかない。
 私は、市井に下るつもりでいるのだし、私の将来には実家がどうなっていようと無関係だ。

 父は訝しそうに私を見る。
 ――信頼はされてないのだと突き付けられて、心が重くなる。
 既にわかっていたとしても、やっぱり目の前に突き付けられると、堪える。

「それはわかっているのね」

 安堵した様子で口元を上げた義母の隣で、ティエリが目を伏せる。
 伏せる前の涙目に、キュンとしちゃったことは許してほしい。
 泣かせたくてティエリを拒否したわけではないけど。
 だけどティエリの気持ちは、一番身近にいる異性に対する憧れだと思うから。
 
「お父様、お願いがあります」

 いい機会だと、私は父に声を掛けた。
 少なくとも、それまでの食事の時間に、私が父に話しかけられそうな雰囲気はみじんもなかったし、言い出していいものなのか迷っていた。

「……何だ」

 娘のお願いに、警戒心むき出しって……。
 でも、このお願いは、私はティエリを狙っていなくて、外で結婚するつもりだよアピールにもなると思う。
 唾を飲むと、カラカラになった喉が少しだけ潤う。

「私に、家庭教師と刺繍を教えてくれる方をつけてくださいませんか」

 予想外のお願いだったのか、父がぽかんと口を開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!

待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。 最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。 そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。 え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!? 前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。 ※全十一話。一万五千字程度の短編です。

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...