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「お嬢様、大丈夫ですか?」
『これだけでも泣かれるのか。儂はどんな言いがかりがつけられるのかの。まあ、伯爵様も私のことは信頼しておいでじゃ。特に問題にはならんだろうが』

 私だって、心の準備ができてたら、泣かなかったのかもしれない。
 先生がもっと嫌そうな表情をしていたら、私の受けるショックだって、もっと小さかったのかもしれない。
 だけど、ニコニコと優しそうに触れた人から嫌われているのがわかったから、余計にショックを受けただけだ。

「さわらないで!」

 私の鋭い声に、驚いた顔の先生が顔から手を離す。

「私は大丈夫です。だから、放っておいてください」

 声のトーンを落とすと、私は目を逸らした。

「本当に大丈夫かの?」

 私は先生の言葉に頷く。
 他には何も流れ込んでこなかった。

 もしかしなくても、触れられていると、相手の本音が聞こえて来る能力なのかもしれない。
 ……これは、いわゆるチートってやつなのかもしれない。
 だけど、どうやら嫌われているらしいサシャに対する本音を全部受け止められるほど、沙耶の心はタフじゃない。

「お義姉さま……僕も手を離さないといけませんか?」

 脇に座り込んで私の手を握り締めていたティエリが、涙目で私を見上げていた。
 でも、ティエリの本音は頭の中に流れてくることはなかった。
 ……ティエリの本音が、口から出ている言葉と同じだから?

「駄目ですか?」

 答えあぐねていると、ティエリが私の顔を覗き込んできた。
 その顔には、私を心配している、と書いてあるようにも見える。
 この部屋の中で、唯一私を心配してくれている相手かもしれない。
 私が首を振ると、ティエリが満面の笑みになる。
 その天使の笑顔に、ダメージを受けていた心が癒される。

「お嬢様は大丈夫だと言っておるし……一晩様子を見て、何かあればまた呼んでくだされ」
「はい、先生。ありがとうございました」

 先生と侍女らしき女性の普通に交わされる会話に、安堵する。
 先生が出ていくと、部屋はまた静まり返った。

 触れられなければ、私に相手の本音が分かることはない。
 いや、相手の言葉が本音と同じならば、私に心の声が流れてくることはないんだ。

 ……一体どうして、こんな能力を持ったんだろう?
 『ヴィダル学園の恋人』って、特に変わった能力の設定はなかったはずなんだけど?
 私が転生してきたから?
 だとしても、相手の本音が分かる能力とか……、今のサシャには、ものすごく負担の大きい能力の気がする。
 何しろ、私を知っている人のほとんどから嫌われていそうだから。
 侍女の本音を思い出して、ため息が漏れる。

「お義姉様! どこか苦しいのですか?」
「大丈夫よ」

 私の頭をよしよしと撫でるティエリに、口元が緩む。

「痛いの痛いの飛んでいけー!」

 ティエリが両手を大きく上に開いた。

「ティエリお坊ちゃま。お嬢様は静かにして欲しいのだと思いますよ?」

 侍女が静かにしかりつける。
 途端に、ティエリがシュンと首を垂れた。

「大丈夫よ」
「本当に?」

 ティエリはまた涙目で、私を覗き込む。
 私はコクコクと頷いた。
 にぱっ、と擬音が付きそうな笑顔を見せるティエリに、私はキュンとなる。

 推しが癒しになるとか、この設定、最高な気がする。
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