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ただし⑩

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「国の貯えを使っていない。確かに、そうかもしれませんわ。お金が直接動いたわけではありませんものね。ゼビナ王国とカッセル王国の国境近くに立つ、ルロワ城と引き換えにされたんだもの」
 
 私の言葉に、会場中が騒然となる。
 ファビアン殿下が目を見開く。
 なぜ、知っているのか不思議なんでしょうね。でも、きっと今は、そんなこと聞く暇はないと思うわ。

「ファビアン! どういうことだ?!」
 
 顔を真っ赤にした国王陛下がファビアン殿下を怒鳴りつける。苦言を述べる国王陛下は何度も見ていたけれど、ここまで怒った国王陛下は、流石に初めて見たわ。

「ち、父上。どうして、そんなに怒るのです!? あの汚らしい古い城と、ノエリアのための美しい衣装を交換しただけではありませんか!」
「ファビアン、お前は本気でそんなことを言っているのか?!」

 目を見開いた国王陛下が、また崩れ落ちる。
 
「父上、大丈夫ですか!?」
 
 ファビアン殿下が国王陛下の顔を覗き込むと、青い顔をした国王陛下がキッとファビアン殿下を睨む。

「あのルロワ城は、我が国の大事な要所。なのに、それを、あんなドレスのために売り渡すとは!」
「あんなドレスではありません! 美しいではありませんか!」

 カッセル王国は、小さな国だけれど、好戦的な国だ。近年は我が国には攻め入っては来ていなかったのだけど、他の国との小競り合いは続いていた。その話を知った時、きっとカッセル王国が動き出そうとしているんじゃないのか、と思うのは当然だった。そして、まんまと敵の罠にかかっただろうファビアン殿下に呆れるしかなかったわ。
 でも、国王陛下の心からの叫びは、ファビアン殿下には、まったく響いているようには見えなかった。

「陛下、ファビアン殿下に政を任せると、すぐに我が国は滅んでしまうでしょう。ですから、私は廃嫡を望みます」

 国王陛下が、私の言葉に虚ろな目を向ける。

「……だが、ルロワ城は戻らぬ。もう、我が国は、終わりだ……」
「廃嫡を認めてくださるのであれば、ルロワ城は我が国に寄付いたします」

 いつの間にか私の横に立っていたお父様が、大きく頷いた。

「ど、どういうことだ?!」

 私は国王陛下に頷く。

「ファビアン殿下が、商人にルロワ城を譲ったとの情報を得た父の手はずにより、我が家の銀山と引き換えに、ルロワ城は我が家の持ち物となっております」

 国王陛下が、ホッと息をつく。ドゥメルグ領の銀山は、質の良い銀が採れると国内外に有名で、だからこそ、相手は城と交換してくれたようなものなのだけど。
 ただし、我が家の領地には銀山が2つあって、譲った銀山は、ほとんど掘りつくされているから、我が家ではあまり価値がないものと判断されたから譲ったのだけど。……それでも、あのドレスよりはよほど価値のある銀が採れると思うけれど。

「助かった。流石、ドゥメルグ公爵。そのようなところにも目が行き届いていたか。わかった。クリスティアーヌ嬢の望みは叶えよう」
「ち、父上! それでは、王家の血が絶えてしまいます!」

 叫んだのはファビアン殿下だ。

「黙れ、ファビアン。お前がいなくとも、王家の血は絶えぬ。……我が弟の子がおるからな」
「ワ、ワルテを次期国王にするつもりですか!? ワルテは、帝王学など学んでいないのですよ!」

 ワルテ様のお父様は、大恋愛の末、侯爵家に婿入りしたのだ。だから、ワルテ様にも、王家の血は流れている。

「ファビアン殿下も、きちんと学んでおられないではありませんか。冷静かつ、勤勉であり、私と共にバール王国に留学し、バール王国の言葉を使いこなせるワルテ様の方が、よほど国王にふさわしいと思いますわ」

 私はぴしりとファビアン殿下に告げた。もちろん、しっかりと笑顔を付けましたわ。
 私の信頼しているワルテ様とマリルー様も、私の留学の時、一緒にバール王国で学んでいたから。だからこそ、レナルド殿下にも話しかけられたんだと思うけれど。
 だけど、当の本人であるワルテ様は、慌てた様子で私を見ていた。きっと、予想もしていなかったんだろう。……私だって、こんな風にすんなりと話が進むとは思っていなかったから、言わずに実行したことは、許してちょうだい。

 国王陛下はレナルド殿下に向くと、口を開いた。

「レナルド殿下、ファビアンの処遇については、廃嫡、そして、幽閉いたします」
「ゆ、幽閉?! 私を幽閉するのか!?」
「ファビアンを下がらせよ。とりあえず、東の棟の牢へ」

 叫ぶファビアン殿下が連れていかれるのは、噂に聞いたことがある、高貴な方のための檻のようだった。

「わ、私は無関係ですわ! このドレスがそんな高価なものだとは……」

 唐突に無実を叫ぶノエリア様を、国王陛下が困ったように見やる。私は首を横にふった。

「ファビアン殿下がルロワ城を譲った商人は、ガンス男爵家が紹介した人間のようです。もしかすると、ガンス男爵家がよからぬことに手を貸した可能性もありますわ」

 私の言葉に、ノエリア様が泣き崩れる。逃げようとしたガンス男爵は、騎士につかまっている。

「ガンス男爵家の人間を、すべて牢に入れろ!」

 国王陛下の声を合図に、会場があわただしくなる。
 ガンス男爵夫妻と、ノエリア様が会場から消えると、会場中の視線が、またレナルド殿下に集まった。

 レナルド殿下は頷くと、私に視線を向ける。

「クリスティアーヌ嬢、これでよろしいかな?」

 私もお父様もそろって頷くと、レナルド殿下が困ったように笑う。

「これで、ゼビナ王国の問題は解決したのではないかな? クリスティアーヌ嬢、私との結婚を考えてはくれないかな?」

 求婚を初めて耳にするお父様が、私の顔を驚いたように見る。

「クリスティアーヌ……」
「お父様、私は、まだこの国でやるべきことが残っているのです」
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