上 下
5 / 50

ただし⑤

しおりを挟む
「学院長は一計を案じただけですわ。このつまらないパーティーの後、いつものように儀式は行われる予定でしてよ」
「な、そんなわけが!」

 ファビアン殿下が目をむく。

「いいえ、ファビアン殿下。私は国王陛下から、そう聞いておりますわ」
「クリスティアーヌ嬢が、国王陛下に悪い知恵を与えているのですわ!」

 えーっと、ノエリア様、本気なのかしら?

「それは、国王陛下の言葉が信じられないということなのかしら?」

 私が首をかしげると、ノエリア様はハッとした表情になって、首を横に振った。さすがに、まずいとは気づいたらしいわ。

「クリスティアーヌ様の悪事を明らかにしているだけですわ!」
「では、国王陛下に確認をしてはどうでしょうか?」

 私が肩をすくめると、ノエリア様がまた、ワッとファビアン殿下に泣きつく。ファビアン殿下がこぶしを握ったまま、体をプルプルと震わせる。
 ファビアン殿下に怒られても、何も困りはしないけれど。

「それで、ファビアン殿下の良いところだという“頭の良さ”は否定されたように思いますけれど、他に、どんないいところがありますの?」

 ニコリと笑いかけると、我に返ったノエリア様が口をわななかせる。

「ファビアン殿下に執着していらっしゃるクリスティーナ様だって、理解されているでしょう? ファビアン殿下のお姿のすばらしさを!」

 なるほど。次は“お姿”をほめていらっしゃるわけね?
 私はじっと冷静な目で、ファビアン殿下を見つめる。
 怒りの表情のファビアン殿下は、無表情でじっと見つめる私に、怪訝な表情を浮かべる。

「私に見惚れているのか。クリスティアーヌ嬢に見つめられるのも忌々しいわ!」
「いいえ。どこが素晴らしいお姿なのか、しっかりと分析をしようとしてみただけですわ。ですが、素晴らしいお姿の方を他に知っておりますので、その方と比べると、どこも勝ってはいらっしゃらないようですわ」

 私の淡々とした物言いに、ファビアン殿下の表情は怒りの表情に戻る。

「わ、私を誰と比べているのだ!」
「レナルド = バール殿下ですわ」

 ああ、と会場から同意の声が漏れている。
 レナルド様は、バール王国の第二王子で、バール王国内だけではなく、諸国でも美男子と名高い方。私も、バール王国で間近で見ていたけれど、本当に美しい方。薔薇の君という二つ名があるほど。
 ……そもそも、他の面でもファビアン殿下と比べてはいけないと思うけれど。
 忌々しそうな表情になったファビアン殿下は、さも気にしないと言うように鼻を鳴らした。
 どうやら、ファビアン殿下は、皇太子である自分とバール王国の第二王子のレナルド殿下が比べられることが気に食わない様子だわ。……レナルド殿下が自分より下だと思っている時点で、ファビアン殿下のうぬぼれがわかるってものだわ。
 バール王国の王子殿下と比較することすら、おこがましいことなのに。

「レナルド殿と比べられたら、誰でも負けるだろうな!」
「そうでしょうね。でも、ファビアン殿下は、ご自分でご自分のお姿を冷静に見つめることができておられないようにも思いますわ。もちろん、ノエリア様も」
「どういう意味かしら! ファビアン殿下のお姿は、本当に素晴らしく素敵だわ!」

 即座に否定してうっとりとファビアン殿下を見つめるノエリア様に、ファビアン殿下は大きくうなずいた。そして、私を睨みつける。

「私に執着しているのを隠すために、そんなことを言い出しただけだろう!」

 ……あら、そういえば私、否定するのを忘れていたかしら?

「ファビアン殿下、申し訳ありませんが、私、ファビアン殿下に執着はありませんの。そもそも、そのお姿が、好みではなくて」

 私が微笑むと、ファビアン殿下が目を見開いた。ノエリア様も、信じられないと言いたそうに、私を精いっぱい見開いた目で見つめている。

「う、嘘でしょう! 執着しているのを隠すために、そんなことを言い出しただけでしょう!」

 あら、デジャヴかしら? さっきも聞いたような気がするわ。先ほどは、ファビアン殿下だったけれど。

「嘘ではありませんわ。ファビアン殿下のお姿を見て、苦手だと思ったことはあれ、素敵だと思ったことはありませんのよ」

 だから、婚約したくなかったのに、断ることもできなかったのよ。

「こ、こんな素晴らしいファビアン殿下のお姿が苦手だなんて、嘘よ! 嘘に決まっているわ!」
「ノエリア様は、本気でそう思っていらっしゃるんでしょうね。人の好みはそれぞれだもの。否定はしないわ」
「私のどこが苦手だと言うんだ!」
「その厚ぼったい唇が……なんだか気持ち悪くて。口づけなど、絶対したくありませんわ! それに、やけに大きいその目も、何だか気持ち悪くて! カエルのようではありませんか?」

 私が力説すると、どこからか、ぷ、と吹き出す声がしたような気がした。きっと、同じことを思っていた方はいたんだわ。本来なら口に出す予定はなかったものですし、我慢するしかなかったものだけど、今は悪役令嬢ですもの!
 当然、ファビアン殿下の顔は真っ赤になって、怒りをあらわにしている。

「そ、それならば、最初から婚約をしなければよかったではありませんか!」

 ノエリア様が慌てたようにそう叫ぶ。それができれば、したかったわ。

「国民のためだと言われたら、拒否して逃げるわけにもいきませんわ」
「何が国民のためだ! なぜ私がクリスティアーヌ嬢と結婚するのが、国民のためなのだ?!」

 そうですわね。ファビアン殿下にはわからないですわね。それは、期待してなかったから、大丈夫ですわ。

「ファビアン殿下の尻ぬぐいができて、うまくコントロールできる人間がお妃にならないと、この国が滅んでしまうからですわ。筆頭貴族の一員として、国民を路頭に迷わせるわけにはいきませんもの。ですから、公爵令嬢としての義務として、ファビアン殿下との婚約を受けたのです」

 ファビアン殿下しか、国王陛下の子供はいないから。
 ファビアン殿下が、ある意味のうのうとしていられたのは、国王陛下の子がファビアン殿下一人しかいなかったからだ。王妃殿下は、ファビアン殿下を産んだ時に儚くなられていて、王妃殿下を愛されていた国王陛下は、今まで他に妃をとろうとはしなかった。だから、次の国王はファビアン殿下以外はいないと、ファビアン殿下もきっと他の人たちも思っている。
 たとえ、行いに尻ぬぐいが必要な人間だとしても。

 だから、執着なんてあるはずないですわ。
 だから、悪役令嬢の役割だって、喜んでできるんですわ!
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

いくら何でも、遅過ぎません?

碧水 遥
恋愛
「本当にキミと結婚してもいいのか、よく考えたいんだ」  ある日突然、婚約者はそう仰いました。  ……え?あと3ヶ月で結婚式ですけど⁉︎もう諸々の手配も終わってるんですけど⁉︎  何故、今になってーっ!!  わたくしたち、6歳の頃から9年間、婚約してましたよね⁉︎

どうぞ、お好きになさって

碧水 遥
恋愛
「貴様との婚約を破棄する!!」  人の気も知らないで。  ええ、どうぞお好きになさいませ。

婚約破棄?はい喜んで!私、結婚するので!

うさぎ鈴
恋愛
婚約破棄?はい喜んで!丁度結婚するから都合いいし?そして少女は一匹の竜とともに精霊王の森へ向かう。それまでに明らかになる真実とは?短編なので一話で終わります。また、小説家になろうでも投稿しています。

もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」 伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。 3年後。 父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。 ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。 「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」 「え……?」 国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。 忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。 しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。 「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」 「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」 やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……  ◇ ◇ ◇ 完結いたしました!ありがとうございました! 誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

処理中です...