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Ver.2-2

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 我に返ったフィッシャー公爵が口を開く。
「サリエット、お前に選択肢はない。お前を我が家とは縁を切り、国外追放する。それだけだ」
 きっぱりと告げたフィッシャー公爵の表情は、冷たかった。
「ですが、お父様! 私は聖女としての神託を今受けたのです! 私がこの国を去ってしまえば、災いが起こります!」

 サリエットにとっては、真実だった。だが、フーシェの嘘を信じている人間からすれば、嘘にしか聞こえないのだろう。サリエットを見るフィッシャー公爵の目は侮蔑を含んでいた。周りから集まる視線も、冷たいものばかりだった。
「こともあろうに、まだ聖女の名をかたるなど……お前のためにお金を用意するつもりであったが、お前のようなものに渡す金などない!」
「本当なのです! お父様! 私を国外追放してしまえば、国が滅びてしまいます!」
 サリエットも必死だった。

「お前に父親と呼ばれることすらおぞましい!」
 フィッシャー公爵は、憎々しい表情でサリエットを見ていた。今まで見たとこのない表情だった。
 どうやらもうサリエットの知る父親ではないのだと、サリエットは自分に言い聞かせた。
 サリエットの知る父親ならば、フーシェの悪意に気付き、サリエットの行動が間違っていないと言ってかばってくれるはずだからだ。

「……お義姉様……ご自分のしたことを、せめて反省してください」
 めそめそとフーシェが泣いているふりをしている。
「最後の最後まで、人間の屑だな」
 王太子がサリエットを睨みつける。
 2人については、サリエットはもはやどうでも良かった。

 いや、サリエットの言葉に聞く耳を一切持たないこの場にいる人々には失望しかなかった。
 サリエットは、正しいことをしてきた。それを悪意によって曲げられ、真実すら受け取ってもらえない。
 サリエットには、もうこの場にいる人々を憂う気持ちは、消えうせてしまった。

「お父様、いえ、フィッシャー公爵様。お言葉の通り、私はこの国から去ります」
 サリエットが公爵に告げると、公爵はホッと息をついた。
「クロックはお前にくれてやる」
「……ありがとうございます」
 吐き捨てるような言葉に、サリエットは傷つかなかった。公爵にもう期待をしていなかったからだ。

 クロックは、サリエットが聖女として覚醒してから孤児院から引き取って来た孤児だった。その時もサリエットに神託が下り、サリエットは迷わずクロックを引き取ることを決めた。聖女として、それは当然の行動だった。この国を守るためにやった行いだった。
 クロックを引き取ることを公爵は渋々認めてくれたが、フーシェの母もフーシェ自身も露骨に嫌な顔をしていた。だから、要らないと告げたのだ。

「主をないがしろにするとは……許せん」
 クロックが冷たい声を出した。
 サリエットはドキリとする。だが、もはや止めることはできないのだ。
「お前たちは、本当に愚かだ」
 幼いクロックが今まで出したこともないドスの効いた声を出した。その声は大広間の隅々まで響き渡った。
 そして、幼かったはずのクロックの体が、大人の体に変化した。そして、いつの間にか真っ黒なマントを羽織っていた。

「クロック!? 一体何をする気だ!」
 フィッシャー公爵がクロックの目の前に立った。
 やめて、とサリエットの喉を声が通り抜ける前に、フィッシャー公爵が消えてなくなった。
 大広間は、水をうったようにシンと静まり返った。

 だが、次の瞬間、阿鼻叫喚の叫び声が大広間に広がる。先ほどまで憮然とした表情でサリエットを見ていた王太子も、フーシェも、他の人々も、おびえた表情でサリエットの隣に立つクロックを見ていた。
「い、一体何だ!?」
 王太子が声を絞り出した。その声は裏返って震えている。

「見てわからぬか。フィッシャー公爵を亡き者にしたまで」
 今までにない尊大な態度を見せるクロックは、サリエットの知る幼く無邪気なクロックとは全く違っていた。
「な、なんてことを!?」
「主をないがしろにするこの国など、亡べばいい!」
「お前は何者なんだ!?」
 王太子の問いかけに、クロックがニヤリと笑う。

「私は魔王。今、この国のあまりの愚かさに、怒りが湧き、その力が解き放たれた。恨むのであれば、自らを恨むがいい!」
 光が、クロックの先に広がる大広間を覆った。
 光に覆われていないのは、サリエット、そして光を解き放ったクロックの2人だけだった。

 大広間には、王族も皆揃っていたし、全ての貴族が、新しい成人となる学園生を祝うために揃っていた。
 その王族と貴族たちが、光に包まれた。
 その表情はみな、恐怖に包まれていた。
 そして、光が消えるとともに、大広間には2人しか残されなかった。

 サリエットが国外追放を言い渡された瞬間、神託が降りて来た。
『聖女を不要とする国には、魔王が覚醒し秘めし力を一気に解き放つ』
 だからサリエットは必死で告げたのだ。
 だが、誰もサリエットの言うことを信じてはくれなかった。

 そして、サリエットが孤児院から引き取り育てたクロックこそ、魔王だった。
『聖女の存在がこの魔王の覚醒をおさえるだろう』これが、クロックと会ったときに降りて来た神託だった。
 だから、サリエットはクロックを引き取り、大切にしてきたのだ。
 だが、どうやら余りの怒りに、クロックは魔王としての力を覚醒させてしまったらしい。

 結局、聖女であることは、あの物語とは関係なかった。だが、ラストの後の描かれていない部分で大切だったのかもしれなかった。

 サリエットに向き直ったクロックは、幼かったクロックの面影は僅かにあったが、息をのむほどの美男子だった。
 いや、南の好みドンピシャだった。こんな王子様に会いたいと思いながら物語を読んでいたそのままの姿だった。
 クロックが、サリエットに跪く。
「サリエット様、どうか、どうかこれからも私を、サリエット様に遣わせてくださいませんでしょうか」

 サリエットは戸惑う。
「……でも、私は聖女で……」
 サリエットの手をクロックがそっと掴む。
「あなたの光で私の魔の力を永遠に抑えてくださって構わない。……あなたが害されない限り、私の力が暴走するようなことはない」
「……でも……私にも寿命がありますので……」

 クロックの申し出が嫌だとはサリエットは思わなかった。だが、どう考えても、人間と魔王。寿命が違う。
 聖女として抑えたくても、サリエットの方が先に死んでしまう。
「私の命を永遠にあなたに分け与えよう」
「……どうやって?」
 クロックがサリエットにそっと近づく。クロックのことを怖いとはサリエットは思わなかった。よほどサリエットを糾弾していた人間たちの方が怖かった。

「私と愛を交わすのです。そうすれば、私の力は永遠にあなたと共に抑えることが出来る」
 告げられた言葉に、サリエットは頬を赤らめた。嫌悪感など沸きもしなかった。
 栗原南の記憶を思い出して王太子と初めて会ったときの方が、嫌悪感を感じたくらいだった。王太子の顔は南の好みでは全くなく、むしろ生理的に受け付けない顔だったくらいだった。
 サリエットには断る理由が思いつかなかった。

 コクン、と頷くサリエットを、クロックが抱きしめた。
 サリエットは栗原南の記憶を思い出してから初めて、幸せな気分を味わっていた。  

 Ver.2完
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