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二十六話

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 さて、まずは戦闘場所を変える。

 適当に皇帝の周りに炎を出し、俺は背を向けてダッシュ。



「今さら逃げ出す訳ではあるまい?」



 炎を踏み散らして追って来る。

 よしよし、下手に警戒されないようにしないとな。



「テメエが周り凍らすから、ここ戦い辛ぇんだよ!」



 ちょっと本音だった。



「くくく、良いだろう。場所を移すことについては依存はないが、その間背中を見せ続けるつもりか? 【ニードル】」



 俺の足が踏もうとした地面に浮かび上がる魔法陣。

 踏むなっ! と思う前に足が反応して魔法陣を避ける。次の瞬間、地面から俺の体に向かって真っ直ぐぶっとい針みたいなのが伸びてくる。が、慌てずブレイブソードを針に当て引っ込めさせる。

 ブレイブソードがあるから大抵の魔法は無効に出来るつっても、やっぱりいきなり撃たれるとちょっと焦るな。少しは狙い辛くなるように、走りながら皇帝との間に炎の壁を作っておくか。

 走る。着かず離れずで後ろを黒い巨体が追ってくる。

 えーと、確かこの辺りに―――…あった!

 南門のすぐ近く。道のど真ん中に開いた大きな穴。木の板が蓋をするよう数枚渡されて、穴の周りを簡素な柵で囲ってある。

 よし!

 足を地面に滑らせてブレーキをかけて振り返る。受けて後ろを着いて来ていた皇帝も足を止める。体中から魔素が飛んでいるのは、炎の壁をダメージに構わず突っ切って来たせいだろう。壁にした炎も結構な火力だった筈だが…しかもそれを4枚張った。ああ、やっぱり炎熱のダメージは薄いな。

 ……うし、魔炎は“捨てる”覚悟が出来た。



「次の戦闘フィールドはここで良いのかな?」

「………」



 俺は沈黙を保ったまま、皇帝に向かって走り出す。



「フッ、無駄口を叩かなくなったのは何かの作戦か、それとも余裕が無くなっただけか?」



 迎撃の体勢、巨木のような右手がピクリと反応する、コッチはフェイントだ! 本命は反対の左拳!

 読み通りに左拳が風を切って迫る。それをスライディングでかわし、スピードのまま股の間をすり抜けて背後をとる。片腕片足の力でブレーキと同時に体を起こして皇帝のガラ空きの背中に剣を振る。



「あまい」



 皇帝も俺の攻撃を読んで体を反らせて剣を避ける。

 良く避けた…とか言ってやりたいけど、残念! その体勢崩してる時点で狙い通り!

 俺の本命は―――。

 剣を振った反動で逆の足を一歩前に踏み込みジャンプ! 空中で体を一回転させて全力全開の後ろ回し蹴りでその背中を吹っ飛ばす!



「なっ!?」



 吹っ飛んだ先は、地の底まで続いてそうな穴。

 あの巨体を蹴りであれだけ飛ばせるか、実際やってみるまでドキドキ物だったな。フィジカルブースト様々です。

 狙い違わず、木の柵を薙ぎ倒して穴の上に置かれた板の上に落ちる巨体。割れる板、落ちる皇帝。

 さっき何で沈黙で答えたか教えてやる! 次の戦闘フィールドは、ここじゃなくて“この下”だからだよ!

 穴に吸い込まれていく皇帝を追って俺も穴に飛びこむ。

 正直飛び込むのはすげえ怖かったけど…安全保障0のノーロープバンジーなんて、そりゃ単なる飛び降り自殺だろうが、と。

 けど、言ってる場合じゃねえんだよねえ、あの野郎をこの穴から出す訳にはいかない。ここの地下だけが、俺の小さな勝機だからな!

 耳元でビュービューと風が五月蠅い。っつか、落下の風圧で目が乾いて超痛えええ! あ、目閉じてれば良いのか、どうせ熱感知で周りの様子大体分かるし。

 すぐ下に大きな熱…皇帝だ。多分背中をコッチに向けてる。俺と同じ速度で落下している、と思ったら。



「【フライ】」



 皇帝の落下速度が減速。

 何それずるい! とは言わねえよ。何でって? 飛行魔法がある事は明弘さんがチラッと口にしてたからな、穴に落ちれば絶対使うと思ったぜ! 本来なら転移魔法で逃げるって手もあったんだろうが、アンチポータルがあるからそれは出来ない。



「邪魔するよ!」

「…がッ!? 貴様―――」



 皇帝の背中に着地、俺の落下の衝撃を引き受けて貰った所でブレイブソードを背中に突き刺す。



「ぐが…ッ!!」



 途端に、皇帝の体にかかっていた飛行魔法が無効なり落下再開。



「飛ぶなんて野暮な真似は止めようぜ! 2人で一緒に地の底まで落ちようや!」



 皇帝が何とか背中に貼り着いた俺を引き剥がそうともがく。

 地面まで、後、3、2、―――ここ!

 足元の皇帝の体を下に蹴り落とし、その衝撃で落下のエネルギーに抵抗、ついでにブレイブソードも引き抜く。



「ま、俺は途中で降りさせて貰うがな」



 着地成功。でも、足痛い…落下のエネルギー流石に殺し切れなかった。

 にしても………あー、恐かった……。

 皇帝が飛行魔法使わず別の魔法で助かろうとしたら、俺普通にそのまま地面に叩き付けられてジ・エンドだったもんな。賭けに勝ったから良いけど、こういう一か八かは出来ればしたくねえ。



「おのれ…私を足蹴にするとは良い度胸だ」



 背中から貫通した腹の傷を抑えながらヨロヨロと皇帝が立ち上がる。



「墜落死しといてくれれば楽だったんだけど。そこまで甘くねえか?」

「フン、この程度のダメージでは私は死なんよ」

「そうかい? だが、ダメージは通ってるぜ」

「なに?」



 皇帝も気付く。

 自分の傷がまったく回復していない事に。自己再生のスキルが完全に死んでいる事に。



「なんだ、コレは…? 自己再生が…機能していない、だと!?」

「さっきの質問に答えて貰った礼に教えてやる。この地下の空間は魔素が一切存在してないらしいぜ?」



 だから、俺の救出が遅れたらしいからな。1度は死にかけた場所が今度は勝機をくれるとは、なんつうか…世の中分からねえな…。

 何にしても、これで自己再生は封じた。これで皇帝は普通の魔物と同じ、普通にダメージを受けるし普通に死ぬ。ようやく、これでスタートラインだ。

 ……けど、代償にコッチも魔炎を支払っちまった。この空間じゃ魔素を燃焼させる魔炎は完全に死にスキルだ。これで、コッチの手札は近接攻撃だけ、それで何とか皇帝の首を落とすしかない。



「ふっ……フハハははははははッ!!!!! まさか!!! まさか、この私がここまで追い詰められようとはッ!!!!!! はーッハハハハハハハハハッ!!!!」



 狂ったように笑い続ける皇帝。

 追い詰められて精神が壊れた、とか?



「ああ、なんて気分だ! 最高だよ、お前は最高に―――」



 皇帝が消えた!?

 次の瞬間、ドスンっと腹に臓物を口から吐きそうになる程の衝撃。



「―――煩わしいなッ!」



 体が後ろに引っ張られる―――違う! 吹っ飛ばされた!

 今のが皇帝に腹を殴られたんだと理解したのは地面を転がった後だった。

 立ち上がろうとして、堪え切れず胃の中の物を吐く。

 痛ってえ……ちょっ、何だよ今の……魔法? いや、そんなの使う様子はなかった……じゃあ、今のは…!?



「ああ、こんなに誰かに感情を剥き出しにするのは何時ぶりだろうな? 【エナジーヒール】」



 ゆっくり近づきながら自身に回復魔法をかけて傷を癒す。

 ああ、くそ…なんて楽しそうにしてやがる…。



「おっと、魔素が無いのであれば魔力の補充も出来ないのか。ならば、肉弾戦と行こうかッ!!」



 来る!? と思って俺が反応した時には目の前に巨大な拳が迫っていた。



「ッ!?」



 ブレイブソードで辛うじて受ける。が、無茶苦茶攻撃が重いっ!? さっきまでは普通に受け流せていたのに、横に力を流す余裕がない!

 そこに、横から鞭のようなしなりで蹴りが飛んでくる。

 ダメだ!! 体の反応が間に合わねえッ!!

 衝撃で体が軋み、あばら骨が何本かいったのが分かった。

 再び吹き飛ぶ体、口の中が吐瀉物の酸っぱさと血の味で満たされる。

 何とか頭から落ちないように体を捻るのが俺に出来た精一杯。



「どうした? 私は自己再生を失っているんだぞ? 倒すならば今が千載一遇のチャンスだ。立つが良い。立ち上がり向かって来い!」



 体中が痛ぇ……何だコレ…どうなったんだ……。

 ………?

 一瞬自分が今なんでここに居るのかを考えてしまった。こりゃ、いよいよ持ってヤバいかもしれんな…。

 地面に寝転んだまま、手元の感覚を頼りにブレイブソードを探す。

 あった…。あんだけ吹っ飛ばされてもちゃんと手元に有るって事は、手放さなかったのか、偉いぞ俺……コレは手放す訳にはいかねえ…からな…。



「フン、なんだその様は? 虫のように地べたを這いずるだけか? 本来の力を出した途端にコレでは話にならんな!」



 本来の力…? ……この野郎、自己再生があるのを良い事に、舐めプしてやがったってかよ。

 追い詰められてパワーアップなんて、ボスのお決まりをやってくれやがって……マジで腹立つな…。何が一番腹立たしいって、俺がコイツの攻撃に全く着いていけない事だ…。スペック差が圧倒的過ぎる。

 そして俺は気付く。この地下に降りる事で、俺が捨てた物は魔炎の他にもう1つあった事を。

 俺は、逃げ道を失った。

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