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一話

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 5月の半分過ぎたある日のこと。

 俺、阿久津良太はいつもどおりに高校に通って、いつもどおりに授業を真面目に受けたり半分寝ながら過ごしたりして、学校が終わるといつもどおりに幼馴染の秋峰かぐやと共に下校していた。

 駅前のゲーセンが新しくなっただの、あそこのラーメン屋の味噌が美味しいだの、隣のクラスの佐藤がうちのクラスの委員長にフラれて一週間登校してないだの、他愛もない話をしながら国道沿いの大通りを歩く。



「お腹空いたね」

「どっかでなんか食ってくか」

「何食べる?」

「金ねえからマックか吉牛でヨロ」

「リョータいっつも金欠じゃない?」

「それは、まあ…アレだ。ほっといて下さい」



 やんわりと会話の流れを逸らす為にスマフォで時間を確認する。

 15:36

 その時、背後でガシャンッと大きな音。なんの音? と振り向くとトラックが隣の車線の車にぶつかっていた。

 事故。と他人事のように感じたのはそこまで。

 トラックはスピードを緩めず進行方向だけをかえた。

 俺達のいる歩道に向かって。

 この状況で本来あるべき音、ブレーキ音もクラクションも無い。完全な暴走運転だ。



(人を轢くのが目的? 誰でも良いのか、それとも俺が狙われた? 人に命狙われるほど悪いことした覚えねえぞ?)



 思考が空回りする。しかし、それが正常な状態に戻るのを状況が許さない。トラックとの距離は8mくらい接触までにかかる時間は1秒有るか無いか。

 この場に留まれば絶望的な結末が待つ。



――― ヤバい!



 ここに至ってようやく危険感知のスイッチが入って、脳が即座にこの場から逃れるように体に命令を出す。無様でも不格好でも構わない! とにかく逃げろ! この場で留まって死ぬより万倍マシだ!

 同時にハッとなる。自分の隣には誰が居るのか?



 カグ―――…!!?



 転がってでもこの場を離れようとした体が、その命令を全部キャンセルして別の行動をとる。全身の筋肉の瞬発力を使って、横で呆然となったまま動かないカグを思いっきり突き飛ばす。

 その行動が俺に残された時間を使ってできた精一杯。

 暴走するトラックは俺の1m手前まで迫っていて――――



(カグ、あんだけ吹っ飛んだらギリギリ助かるよな。体重軽いのが幸いしたな)



 そんなことを考えながら、まるでスローモーションのようにゆっくりと近づいてくるトラックを見ていた。



(こんだけ近いとまるで壁みた―――――…)



 そこで俺の意識は途切れた。
 意識だけがそこに浮いていた。

 何も見えない。何も聞こえない。体が何かに触れている感触もない。

 いや、そもそも体があるのか? 動かそうとしても何かが反応する気配がない。と言うか、体ってどうやって動かすんだっけ…? 普段無意識でやっていることを意識的にやろうとするとやり方が分からなくなって困るアレだ。なかなか眠れなくて横になりながら睡眠のとり方に悩むような、そんな感じ。

 というか…俺、どうなったんだ? トラックに轢かれた……んだよな? 多分。いや、きっと。

 死んだ? っぽいよなコレ…。体ねえっぽいし。

 コレが死? 何もない真っ暗な中に自分の意識だけが浮かんでいるこの状態が?

 コレはあれだな。俗に言うところのゴースト的な? 幽霊的な? そんな感じじゃなかろうか?

 死んだ時の痛みを感じないのは、即死だったからなのか、それとも肉体から精神的なもの…まあ魂と仮定しておこう…が離れたからなのか。

 いや、待て! 絶望するのはまだ早い! 万が一の可能性として俺が助かったということもあり得るんじゃないだろうか!

 間一髪救い出されたとか、トラックが急に進路変更したとか! そんな感じで実はノーダメージでしたー的な!

 ………じゃあ、今のこの状況はどないやねん。となる訳で…うむ、やっぱり死んだっぽい気がする……。

 ……マジかよ…。



『―――…ド!』



 声?

 気のせい、かな?

 にしても、死ぬ時は本当に唐突だったな……。

 別に100歳以上生きて大往生したいとか思ってたわけじゃないけど、まさか高2で死ぬとは…そんなん予想しとらんよ。

 せめて彼女の1人くらいつくってから死にたかったよ。ああ、チキショウめDoTeiのまま死ぬとは…。「おお、良太よ。DTのまま死んでしまうとは情けない」と自分でツッコミを入れてみたが、なんの慰めにもならなかった。

 にしても、この状態いつまで続くの?

 何も見えない、聞こえない、じゃどうしようもない。そもそも積極的に状況を動かそうにも体がないから動けない。もうコッチからは手詰まりなんですよ。



『―――ィ…ド!』



 ん? また聞こえた? 気のせいじゃない!?

 女の子の声だった。

 俺を呼んでる……のか?



『――ロ……ィ……!』



 声が遠い、けどちゃんと耳に届いた(体ねえのに耳に届くっておかしくね、というツッコミは無しだ)。

 理由は分からないけど理解できる。あの声は俺を呼んでる。

 俺はここにいる、ここにいるぞ!



『―――ロイド!』



 誰だよ。



 

 ツッコミ入れた途端、どこともしれない空間を彷徨っていた俺の意識が、声の方に引っ張られ、暗闇から浮上する。




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