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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#36
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「ようこそ、ハティスの商人ギルドへ。ご用件をお伺いします」
商人ギルドに到着し、そこの受付窓口で早速用件を口にした。
「商売を始める為、ギルドに登録しに伺いました」
「かしこまりました。まず主たる事業の内容を教えてください」
「え? そんなことも言わなきゃならないのか?」
「そりゃそうですよアリシアさん。事業の内容次第で当局の扱いが変わるのは当然です」
「どうしてなの? 商売なんて皆同じじゃないの?」
「それはですねセラさん、むしろ普通の商店なら仕入れて売れば良いけれど、料理の腕もない男がいきなり料理屋をやりたい、なんて言ったらどうです? 料理屋と言いながら給仕の女の子に春を売らせて上前を撥ねるとか、単純に悪事に使う為にギルドカードを手に入れて店も出さないとか、そういうことになってしまうかもしれないんです。
或いは基礎知識もなく薬草屋をやると言い出して、そこらの雑草を病気によく効く薬と偽って高く売りつけるとか。
商人ギルドのギルドカードは、冒険者ギルドのギルドカードなどと比べて高額な登録料を請求されますが、その分第三者に対する信用は高いんです。『こんな高額の登録料を支払ってまで悪事に加担する筈はない』と。
一方で魔術師ギルドや鍛冶師ギルド、大工ギルドのように特定の技術を要求される訳でもありませんが、登録すれば出来ることが多くなります。
悪事に利用したいと思う連中は、だから商人ギルドを選ぶんです。
商人ギルドも、それを踏まえてその事業を営むに値する知識や技術、或いは経験があるかどうかを確認する必要があるんです」
「昨日まで商人ギルドを知らなかったくせに、どうしてそんなに詳しいんだ?」
「知識としてはありました。ただ、何処まで厳密に対応するのかは知りませんでした。
質の悪いギルドだと、相手の素性も確かめずにギルドカードを発行することもある筈ですから、こちらの窓口の方の最初の一言で、このギルドは厳正に商人たちを管理していることがわかったんです」
「お褒め戴き光栄の至り。
私としても、説明の手間が省けて助かります」
「いえこちらこそ。こちらの知識は書物から得た知識に過ぎません。間違っていたら正してくださると助かります。
で、ギルドからの確認事項についてですが、
商会名:『セラの孤児院』
店舗所在地:ハティスの街南区画『セラの孤児院』内
事業内容:1.服飾事業の下請け・卸、2.食肉加工の下請け・卸、3.動物由来素材の卸、4.魔獣由来素材の卸、5.薬草・香草の卸・小売り、6.特定燃料等の製造・販売、7.学校事業、8.その他前各号に附帯する一切の事業
役員:セラ、アリシア、アレク
代表役員:セラ
出資者:アレク
事業内容一覧の裏書きは、服飾事業に関しては【ミラの店】、食肉加工に関しては【テッドの食肉店】、動物由来素材・魔獣由来素材に関しては冒険者ギルド、薬草・香草等に関しては【ナラク婆の薬草店】、特定燃料等に関しては鍛冶師ギルド、がそれぞれ行ってくれる筈。学校事業に関しては裏書を頼める相手がいないから、事業を本格的に開始する際は監査の対象になることを承諾する。
会計報告は年一回。年が明けて、月が二巡りした後。最初の会計報告はカナン暦698年春の二の月末。
役員の解選任等は役員会で決議の後ギルドに登録することを以て効力を発する。
……こんなところですか?」
「……色々と聞きたいことが出てきましたが、取り敢えずこちらから確認しなければならないことは全部入ってますね。
実際役員の解選任等の規定を報告する商人などいませんし、事業内容の裏書なども特殊な場合しか求めませんよ。
あ、でも冒険者ギルドと鍛冶師ギルドの両方を裏書人に指名するってことは、それらのギルドにも登録なさっているんですか?」
「あ、そうでした失礼しました。こちらが冒険者ギルドのギルドカード、こちらが紹介状です。鍛冶師ギルドは純粋な取引相手であってギルドメンバーではありません。ギルドマスターにアレクの名で問い合わせれば確認が取れると思います。またここで挙げている特定燃料等は鍛冶師ギルドの秘匿事項に関わってきますので、詳細は鍛冶師ギルドに問い合わせ願います」
「ギルドカードと紹介状を預かります。おや、銅札ですか。
事業形態は……基本的に卸売りですね。市場に店舗を持ちますか?」
「今日昇格したばかりですけどね。いえ店舗は必要ありません。薬草等の小売りに関しても、冒険者相手を想定していますから」
「わかりました。
それから、会計報告が春の二の月となっていますが、当ギルドでは春の三の月までとなっていますので、それほど急がなくて大丈夫です。
それから、会計士――会計帳簿作成担当者――をギルドから派遣することになりますが、指名はありますか?」
「必要ありません。これが予測最初事業年度収支報告書、これが事業開始時点財産内容報告書、これが開業準備期間仕訳帳でこちらが同期間総勘定元帳です」
「……確かに、ギルドの様式に似ています。確認させていただいても宜しいですか?」
「はい、提出用に持参したものです」
「ですが貴方自身についても確認する必要がありますね。アレクさん、貴方はどの商人からこれを学びましたか?」
「誰からも」
「そんな筈はないでしょう? だってこれは……」
「商人ギルドの秘儀、ですか?」
「そうです。門外不出の秘術です。それを知っている貴方は一体」
「先程事業内容の説明で、鍛冶師ギルドの秘匿事項を扱う、と私は申し上げました。
その件も同様に鍛冶師ギルドで問題になりました。だから鍛冶師ギルドと同様のやり方で返事をしましょう。
先程、私の作った帳簿書類をギルドで確認する、とおっしゃいましたね。
存分に精査してください。おそらく、貴方がたの知らない単語や用語、知らない計算方法や概念が出てくる筈です。
知識というモノは、それを教えた誰かより多く蓄えることは出来ません。
商人ギルドが知らない知識は、即ちギルド以外の場所で生まれた知識ということです。
帳簿の書き方が商人の秘匿事項だというのなら、商人が知らない帳簿の書き方について『知的所有権』を主張したいですね。
はっきり申し上げまして、商人ギルドと喧嘩するつもりはありません。寧ろ、私の帳簿の書き方で気になることがありましたら聞きに来てください。吸収したいことがあったら学び取ってください。
私もまた、ギルドの商人たちのやり方を学びたいと思っています。
お互いに知識を交換しながら、より優れたものを生み出すべきではありませんか?」
「わかりました。ではこれらの書類は預からせていただきます。
それから、『セラの孤児院』に対するギルドカードの発行は、これら書類の確認が終わるまで留保させていただくことになりますが、ご理解願います」
「当然ですね。では知識に関する裏書人として、【リックの武具店】のシンディさんを指定します」
「かしこまりました」
そして、冒険者ギルドのギルドカードは返却され、三日後の来訪を予約して商人ギルドを退去することになった。
商人ギルドに到着し、そこの受付窓口で早速用件を口にした。
「商売を始める為、ギルドに登録しに伺いました」
「かしこまりました。まず主たる事業の内容を教えてください」
「え? そんなことも言わなきゃならないのか?」
「そりゃそうですよアリシアさん。事業の内容次第で当局の扱いが変わるのは当然です」
「どうしてなの? 商売なんて皆同じじゃないの?」
「それはですねセラさん、むしろ普通の商店なら仕入れて売れば良いけれど、料理の腕もない男がいきなり料理屋をやりたい、なんて言ったらどうです? 料理屋と言いながら給仕の女の子に春を売らせて上前を撥ねるとか、単純に悪事に使う為にギルドカードを手に入れて店も出さないとか、そういうことになってしまうかもしれないんです。
或いは基礎知識もなく薬草屋をやると言い出して、そこらの雑草を病気によく効く薬と偽って高く売りつけるとか。
商人ギルドのギルドカードは、冒険者ギルドのギルドカードなどと比べて高額な登録料を請求されますが、その分第三者に対する信用は高いんです。『こんな高額の登録料を支払ってまで悪事に加担する筈はない』と。
一方で魔術師ギルドや鍛冶師ギルド、大工ギルドのように特定の技術を要求される訳でもありませんが、登録すれば出来ることが多くなります。
悪事に利用したいと思う連中は、だから商人ギルドを選ぶんです。
商人ギルドも、それを踏まえてその事業を営むに値する知識や技術、或いは経験があるかどうかを確認する必要があるんです」
「昨日まで商人ギルドを知らなかったくせに、どうしてそんなに詳しいんだ?」
「知識としてはありました。ただ、何処まで厳密に対応するのかは知りませんでした。
質の悪いギルドだと、相手の素性も確かめずにギルドカードを発行することもある筈ですから、こちらの窓口の方の最初の一言で、このギルドは厳正に商人たちを管理していることがわかったんです」
「お褒め戴き光栄の至り。
私としても、説明の手間が省けて助かります」
「いえこちらこそ。こちらの知識は書物から得た知識に過ぎません。間違っていたら正してくださると助かります。
で、ギルドからの確認事項についてですが、
商会名:『セラの孤児院』
店舗所在地:ハティスの街南区画『セラの孤児院』内
事業内容:1.服飾事業の下請け・卸、2.食肉加工の下請け・卸、3.動物由来素材の卸、4.魔獣由来素材の卸、5.薬草・香草の卸・小売り、6.特定燃料等の製造・販売、7.学校事業、8.その他前各号に附帯する一切の事業
役員:セラ、アリシア、アレク
代表役員:セラ
出資者:アレク
事業内容一覧の裏書きは、服飾事業に関しては【ミラの店】、食肉加工に関しては【テッドの食肉店】、動物由来素材・魔獣由来素材に関しては冒険者ギルド、薬草・香草等に関しては【ナラク婆の薬草店】、特定燃料等に関しては鍛冶師ギルド、がそれぞれ行ってくれる筈。学校事業に関しては裏書を頼める相手がいないから、事業を本格的に開始する際は監査の対象になることを承諾する。
会計報告は年一回。年が明けて、月が二巡りした後。最初の会計報告はカナン暦698年春の二の月末。
役員の解選任等は役員会で決議の後ギルドに登録することを以て効力を発する。
……こんなところですか?」
「……色々と聞きたいことが出てきましたが、取り敢えずこちらから確認しなければならないことは全部入ってますね。
実際役員の解選任等の規定を報告する商人などいませんし、事業内容の裏書なども特殊な場合しか求めませんよ。
あ、でも冒険者ギルドと鍛冶師ギルドの両方を裏書人に指名するってことは、それらのギルドにも登録なさっているんですか?」
「あ、そうでした失礼しました。こちらが冒険者ギルドのギルドカード、こちらが紹介状です。鍛冶師ギルドは純粋な取引相手であってギルドメンバーではありません。ギルドマスターにアレクの名で問い合わせれば確認が取れると思います。またここで挙げている特定燃料等は鍛冶師ギルドの秘匿事項に関わってきますので、詳細は鍛冶師ギルドに問い合わせ願います」
「ギルドカードと紹介状を預かります。おや、銅札ですか。
事業形態は……基本的に卸売りですね。市場に店舗を持ちますか?」
「今日昇格したばかりですけどね。いえ店舗は必要ありません。薬草等の小売りに関しても、冒険者相手を想定していますから」
「わかりました。
それから、会計報告が春の二の月となっていますが、当ギルドでは春の三の月までとなっていますので、それほど急がなくて大丈夫です。
それから、会計士――会計帳簿作成担当者――をギルドから派遣することになりますが、指名はありますか?」
「必要ありません。これが予測最初事業年度収支報告書、これが事業開始時点財産内容報告書、これが開業準備期間仕訳帳でこちらが同期間総勘定元帳です」
「……確かに、ギルドの様式に似ています。確認させていただいても宜しいですか?」
「はい、提出用に持参したものです」
「ですが貴方自身についても確認する必要がありますね。アレクさん、貴方はどの商人からこれを学びましたか?」
「誰からも」
「そんな筈はないでしょう? だってこれは……」
「商人ギルドの秘儀、ですか?」
「そうです。門外不出の秘術です。それを知っている貴方は一体」
「先程事業内容の説明で、鍛冶師ギルドの秘匿事項を扱う、と私は申し上げました。
その件も同様に鍛冶師ギルドで問題になりました。だから鍛冶師ギルドと同様のやり方で返事をしましょう。
先程、私の作った帳簿書類をギルドで確認する、とおっしゃいましたね。
存分に精査してください。おそらく、貴方がたの知らない単語や用語、知らない計算方法や概念が出てくる筈です。
知識というモノは、それを教えた誰かより多く蓄えることは出来ません。
商人ギルドが知らない知識は、即ちギルド以外の場所で生まれた知識ということです。
帳簿の書き方が商人の秘匿事項だというのなら、商人が知らない帳簿の書き方について『知的所有権』を主張したいですね。
はっきり申し上げまして、商人ギルドと喧嘩するつもりはありません。寧ろ、私の帳簿の書き方で気になることがありましたら聞きに来てください。吸収したいことがあったら学び取ってください。
私もまた、ギルドの商人たちのやり方を学びたいと思っています。
お互いに知識を交換しながら、より優れたものを生み出すべきではありませんか?」
「わかりました。ではこれらの書類は預からせていただきます。
それから、『セラの孤児院』に対するギルドカードの発行は、これら書類の確認が終わるまで留保させていただくことになりますが、ご理解願います」
「当然ですね。では知識に関する裏書人として、【リックの武具店】のシンディさんを指定します」
「かしこまりました」
そして、冒険者ギルドのギルドカードは返却され、三日後の来訪を予約して商人ギルドを退去することになった。
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