7 / 50
第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#3
しおりを挟むそんな訳で、現在南の森へ向かって歩いております。とても長閑です。
老騎士の庵からハティスの街へ来る時も、こんな感じで歩いていたけど、やはりどこか気が張っていたのか、こんな呑気に歩いてはいなかった筈。
道中、ウサギを見つけた。…木札害獣討伐系の依頼でウサギ狩りがあったけど、受けずに狩って良いんだろうか? …良いんだろう。駄目だと言われたら困るけど、ばれないように〔無限収納〕に放り込んでおけば良い。〔無限収納〕内では時間は経過しないんだから。
取り出したのは、紐ひもを編んで作った、真ん中あたりが駕籠かご状になっているもの。子供時代から愛用の、投石紐スリングである。
☆★☆ ★☆★
「スリング」といっても、Y字型の道具でゴムの張力で石を飛ばすパチンコではない。そして、子供の時代から使っていたからといって、子供の玩具おもちゃといえるものでもない。
前世では、「番狂わせ」の意味を持つ「巨人殺し」という言葉の元ネタとなる、小兵ダビデが巨人ゴリアテを倒すときに使用した武器が、このスリングなのだ。
使い慣れれば命中率も高く威力も十分。通常の獣相手なら何ら不足ない武器になる。
★☆★ ☆★☆
そして、南の森に着いた。道中の猟果は、ウサギ×4、シカ×1。これをどうするかは、あとでゆっくり考えよう。
その森の入り口付近、薬草屋のおばちゃんが言っていた泉の近くに、幾種類かの野草を発見。採って片端から〔無限収納〕に放り込むと。
見つけました、毒消し草。
植生を見ながら野草を摘み、毒消し草を特定してからはそれが多いところの植生を改めて確認する。水辺で、風通しが良く、また陽射しが柔らかいところに多く自生しているようだ。
そして、泉。ここで湧いた水は、小さな川となって森の中へと流れている。
なら、その川沿いにも毒消し草は自生している筈。
この泉の周辺の毒消し草の質が悪いというのなら、川を辿りながら探せば、より良質の毒消し草が見つかる筈。
そうして森の中へと足を踏み入れ数時間(体感)。毒消し草や、その他いくつかの薬草類が自生しているコロニーを発見した。周辺に人の足跡はない。なら、あまり知られていないのだろう。
このコロニーで、採集依頼のない薬草類も多く採集した。とはいえ採り尽くすような愚行はせず、3本に1本ずつの割合で採集することで、このコロニーを保護する。
本当に知られていないのなら、割の良い狩場になるし、また他の季節には今はない種類の薬草類が育っているかもしれない。これからもちょくちょくここに来ることにしよう。
◇◆◇ ◆◇◆
薬草採集のついでに食べられる野草や木の実なども採集し(山育ちだから一通り知っている)、日が傾き始めた頃、ようやく森を出て街へ戻ることにした。
その時、泉のあたりに見覚えのある大男が。
「探したぜ、クソガキ」
「たしか、噛ませ犬さん、でしたっけ?」
「セマカだ。テメェのおかげで旅団から追放された。ガキに転がされるような男に、パーティの前衛は任せられない、とよ。この落とし前は、テメェの命で贖ってもらおうか」
本気で厄介なことになった。セマカの目には、殺意より狂気が勝っている。これは話してわかる状況じゃない。
セマカの武器は双刃大戦斧。その膂力に任せて薙ぎ払う武器だ。そしてその眼差しに、侮の色はない。前回のように戦斧を大上段に構えるのではなく、所謂脇構え。つまり、棒状武器で連撃が出来る構えともいえる。
ギルドでは、内懐に飛び込んで、小内刈りで一本を取った。けどそれは、相手に侮りがあったから出来たとしか言いようがない。柔道の達人なら、この状況でも組んで、投げることも出来るかもしれないが、俺は達人じゃない。この状況で内懐を狙うのは、文字通り自殺行為である。
従って、取り出したるは本日出番の多い、スリングである。
そして、弓手(左手)にスリング、馬手(右手)に小剣を持ち、言葉通りの「巨人殺し」に挑戦する。
◇◆◇ ◆◇◆
先制はセマカ。その颶風を以って相手を弾き飛ばさんとばかりに、大薙ぎしてきた。
身を伏せて刃を躱し、刃が戻ってくる前に踏み込んで一撃を、と思った瞬間、戦斧の石突が俺の下腹部に突き刺さった。
正確には、刺突と見紛う角度での打撃だったが、横薙ぎの勢いを殺さず打ち込まれた石突の一撃は、文字通り体が吹っ飛ばされるほどの威力があった。
俺はまだ体が出来ていないからと、防具で鎧ってはいない。結果、刃のない石突でも、十分な被害が発生してしまうのである。
そして追撃は、斜め上方からの打ち下ろし。身を捻り、無様に転がるように回避し距離を取った。
下腹部の鈍痛は無視出来ず、力も体から抜けていくように感じる。〔肉体・操作〕で体を支えるが、これではもう長いこと立っていることさえ出来ないだろう。ならこの距離で。
スリングが巨人殺しの武器たり得る理由。それは、その威力が腕力に拠らないからである。
だから、子供の力でも十分な威力がある。痛みに力が入らなくても、十分な威力を発揮出来る。
そしてこの世界に存在しない武器ゆえ、柔道と同じく対処方法がわからない。
セマカからは「石をぶら下げた紐」にしか見えないから、警戒はしても対応は出来ない。
その「紐」から飛び出した石は、セマカが反応する前にその眉間に吸い込まれた。
更にもう一撃は人中へ。ようやく地に伏したところで、馬手に持った小剣をセマカの首筋に当て、躊躇いなく刃先を押し込んだ。
◇◆◇ ◆◇◆
前世の平成日本なら、歴とした殺人事件である。証拠があれば、裁判で正当防衛を主張出来るかもしれないが、それだけだ。
しかし、この世界では基本、自分の身は自分で守らなければならない。
街の中で起きた事件なら、自警団や治安騎士団が裁きを下すだろうが、外では誰も守ってくれない。
ところで、今回の原因は明らかに俺にある。俺が、ギルドでもう少し上手く立ち回っていたら、セマカと殺し合うことなどなかったろうし、事ここに至っても、彼を殺さずギルドに報告し処分を委ねるという選択肢もあった。
けれど、俺は殺すことを選んだ。俺が正義だからではなく、俺自身が死なない為でもなく、勿論誰かを守る為でもなく、ただそう決断し、実行した。
それが、正しいことなのかどうかはわからない。ただ、もし俺が間違いなら、いずれ俺を誰かが殺すだろう。
今日、ここで、俺は、初めて、人を殺した。
そのことは、生涯忘れない。
0
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【無双】底辺農民学生の頑張り物語【してみた】
一樹
ファンタジー
貧乏農民出身、現某農業高校に通うスレ主は、休憩がてら息抜きにひょんなことから、名門校の受験をすることになった顛末をスレ立てをして語り始めた。
わりと強いはずの主人公がズタボロになります。
四肢欠損描写とか出てくるので、苦手な方はご注意を。
小説家になろうでも投稿しております。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる